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大怪盗サンチェスの冒険記  作者: 村右衛門
サンチェスと決別の刻
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91.近づき至るは対峙の刻



 トランキーロ・サイナス・イェニス国家警察長官。


 

 その圧倒的な手腕は国家警察の刑事たち全員が知るところである。

 当時の年毎最高逮捕件数を頭二つは抜けて踏破し、いくつもの難事件を解決したと噂される彼は、今でも刑事たちのあこがれである。

 そんな彼が、ベテラン警部と名高いとはいえ、未だ一介の警部のところに赴いている時点で稀有なことである。しかし、それだけにとどまることなく、彼は差出人不明の手紙の指示に従って多くの警官を動員する指示を出すというのである。


「し、しかし長官……!! この手紙は差出人不明のもので―――」


「そうです!! 流石に信用するのは―――っ」


「であれば、その手紙を信じよと指示した私を信じよ」


「「――――ッ」」


 トランキーロ長官の言葉一つ一つは、大きな意味を持つ。

 それまた国家警察の刑事たちの中では有名な話である。長官という立場に昇進することによって既に現場を引退した彼だが、未だにその鋭い観察眼と秀でた洞察力は衰えることなく、彼の一言が事件解決の大きな橋掛けになったこともあるというほどだ。

 その彼が、差出人不明の手紙を信用するように、と言っている。


―――正直言って、ありがたい……


 レオパルドやセフェリノ警部にとっては、ヴェンガンザが現れるかもしれないという情報はどれだけ怪しく、真偽不確かであったとしても重要だ。藁にも縋る思い、というのはこういうものを言うのだ、と改めて認識させられる。

 だからと言って、自分たちの個人的な判断では絶対に国家警察は動かせない。それは最早、出来る出来ない、やるやらない、の話ではない。してはいけないのだ。


 だからこそ―――。

 トランキーロ長官という強い権力を持った人間が許可した、という事実はありがたいものだった。

 レオパルドやセフェリノ警部、もしもそこにエクトル警部が加わったとして、動かせる人間は少ない。それでも、トランキーロ長官が声をかけるだけでその何百倍もの人間が一度に動けるようになるのだ。


―――ヴェンガンザを捕まえることが出来るのなら……!!


 差出人不明の手紙が何だ。その情報が正しいかどうかなんて、今更関係ない。

 今だけは、国家警察の本分を捨ててでも、この一筋の光を孕んだ藁をつかんでいたい。



「―――お願いします……お願いします、トランキーロ長官!! ヴェンガンザの捕縛を……!!」



「よくぞ言った」


 レオパルドの嘆願に対し、トランキーロ長官は鷹揚に頷く。

 そして、懐から無線機を取り出した。



『総員に告ぐ、極めて信憑性の高い情報が入った。これより、ヴェンガンザ捕縛作戦を実行―――窃盗犯担当、知能犯担当、両部署の刑事は即時、出立の準備をせよ―――!!』



「私の力を以てして、これが限界だ」


「十分です……!!」


「必ず、国敵ヴェンガンザを捕縛せよ―――!!」


「「「はッ―――!!」」」


 

 ―――本来、こんなことが可能であるはずがない。

 

 差出人不明の手紙に記されていた日付は、今日もうすぐ。

 一週間後だって、最早一か月後であったとしても、国家警察の刑事たちを動員することはほとんど不可能である。であるというのに、トランキーロ長官の一声でそれが可能になってしまった。

 それだけの力を持つのが、長官であるというわけではない。トランキーロ長官だからこそだ。その事実が、ただありがたく、同時に、恐ろしい。


「すぐに出立する―――!!」


「ええ、準備を!!」


 三人が、それぞれ支度をするために別れる。

 方々の思惑が、重なり合うのは、もうすぐの事―――。



  *



「―――ほんとに、どこまで考えてたの」


「そうだなぁ……殆ど、考えてなかった、と言ったら信じるかい?」


「信じるわけないでしょ」


「じゃあ、正直に言おう。―――全部だよ」


「でしょうね」



  *



「巨悪の跡地、でしたか―――」


「言いえて妙、だな」


 破滅の時が近づいてきている。そのことは、ここにいる二人ともが理解していることだった。

 何とも、理不尽なもので、破滅が近づいている、ということを理解しながらもそれを避ける術が見当たらない。今回の危機を抜けたら、ただ次の危機が舞い来るだけだ。それを繰り返していつかの時間切れを待つというのは、ヴェンガンザの性に合わない。

 サンチェスに制限時間がつけられているというのならまだしも、寿命という制限時間が近づいているのは自分の方だ。元々、無理な話だったのだ。脱獄が出来た時点で、奇跡以上の何かだった。全ては執念によって成し遂げられたものであって、それ以上の何もなかったし、その執念がへし折られれば、ヴェンガンザには何も残らない。

 何が起こったか、意味も分からないままに手に入れたエネミーゴという仲間にも、何の感情もわかない。執念という一つの強い感情を手に入れたがゆえに、それ以外の感情は全てを捨ててしまったかのような感覚だった。


「ここですか……貴方の、元活動拠点」


「そうだ、儂が既に捨てた名―――それを冠した会社、だった場所」


 アレキサンドラ社、跡地。

 アレキサンドラが逮捕され、その会社も犯罪組織であるということが判明して、一度に株を失い、頽廃する儘にその名を失っていった。今では、会社のビルごとが潰され、次何を建設するか、と相談が重ねられているころだそうだ。

 この場所が、誰の所有地になるのか、と問われれば一応は国である。と言っても、ここはあまり厳重な管理がされているわけではなく、警備員がいるわけでもない。入り込もうと思えば入り込めるし、時には不良たちのたまり場になっているのだとか。


「ここまで、落ちぶれたか―――」


 ヴェンガンザの目に、何らかの悔しさや怒りは見えなかった。

 しかし、それを失ってなお残る、何らかの感情の色だけは残っていた。


「ここが、決戦の地となるのですか」


「そんな高尚なものになるまい。私の地が舞い落ちるところになるだけだ」


「それは……いえ、それでも高尚なものかと」


「……そう、か」


 今更、ヴェンガンザは足掻かない。

 抗うこともしない。


 すべてを受け入れる、というのとは違うが―――、何もかもを諦めたのだ。

 自分が、これ以上何かを成し遂げられるとは露ほども思っていない。


 だからこそ、サンチェスだけは、殺す――――――。



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