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大怪盗サンチェスの冒険記  作者: 村右衛門
サンチェスと決別の刻
93/104

90.希望伝えるは死者からの手紙


「―――手紙、ですか」


 ヴェンガンザとエネミーゴが死者からの手紙を確認しているのとほぼ同時刻に、国家警察にも一通の手紙が送られていた。しかし、こちらは差出人の書かれていない手紙である。

 宛先は国家警察のエクトル警部であり、警官が手紙を見つけてからすぐにエクトル警部のもとに持ってこられた。その時には差出人が確認されないままに運ばれてきたので分からなかったが、エクトル警部が確認してみれば差出人の名前は書いておらず、それどころか国家警察の住所すら書かれていなかったのである。


―――では、どうやって国家警察に届いたのか


 恐らく、直接郵便受けに投函されたのだ。

 そこまでの手間をかけて、差出人を書いていない。それが、どれほど不可解なことであるか、推して知るべしである。日常的な動機では説明のつかないような行動。だからこそ、エクトル警部も多忙の中、職務を押してでもその手紙を確認することにした。

 

 ただ純粋に、不可解な手紙。

 しかし、そこにサンチェスの死亡事件が要素として加えられれば、その手紙の不可解さは跳ね上がる。そして、半分は希望となるのだ。

 しかし、その希望を抱えながらも、それを『希望』と表現してよいものか、とエクトル警部は逡巡する。自分がどうあるべきか、国家警察の汚点がサンチェスによって暴かれたオルムンド城事件の後からはエクトル警部も分からなくなってきているのだった。


―――サンチェスを単なる『犯罪者』として見ることが出来ない


 『犯罪者』であるはずのサンチェスを、あの時のエクトル警部は『正義の使徒』であるかのように幻視した。『犯罪者』であるのに、国家警察が過去と決別するための途を示す『正義の使徒』でもあった。その、曖昧過ぎるサンチェスの存在を相手に、エクトル警部は自分がどのような立場であるべきなのかが分からなくなったのだ。

 そんな矢先でのサンチェス死亡という突飛すぎる報せ。エクトル警部の精神をぐちゃぐちゃに掻き混ぜるには十分すぎる出来事だった。


「―――はぁ……考えることが、また増えたな」


 エクトル警部の視線が、もう一度手紙へと戻る。

 送られてきた手紙。その内容は、流石に簡単には信じられないような内容だった。だが、もしも本当ならば絶対に看過できない。この手紙の真偽を確かめねば―――。


「レオパルド氏を、呼んでくれ」


 近くにいた警官に一言指示する。

 この手紙について、自分だけで判断することは出来ない。だからといって、この手紙を相談するというのであれば、最適な人物はレオパルドともう一人以外に思いつかなかった。幸いなことに、この手紙は国家警察に送られてきたのではなく、エクトル警部個人宛である。国家警察の機密情報は簡単にレオパルドに伝えられないが、エクトル警部個人が得た情報ならば問題ない。

 もしかしたら、そのことまでが差出人の計画なのかもしれない。


「同時に、セフェリノ警部も呼んでこなければ……」


 手紙について相談するに最適な二人。レオパルドと、セフェリノ警部である。

 手紙の内容を軽く確認したエクトル警部は、この二人に相談するべきだと判断した。



  *



「急で申し訳ない。しかし、これはかなりの急用でね」


 エクトル警部のために用意された応接間に、セフェリノ警部とレオパルドが集まっていた。

 防音工事の施されたその部屋の中に、三人以外の人間はいない。完全に、情報を遮断しているのだ。周りの人間に、少なくとも今は情報を漏らす訳にはいかない。


「何かあったんですか。国家警察は今一番忙しい時期のはず。その中で言う急用というのは……かなりの大事件かと予想しますが」


「ええ、少なくとも普段の事務仕事一週間分と比べて余りあるほどですよ」


「その手紙、ですよね……何が書かれているのか」


 国家警察の忙しさを身をもって知っているセフェリノ警部だからこそ、エクトル警部の言う手紙の重要性が分かってくる。

 小さな手紙だ。普段の事務仕事で処理する書類の量と比べれば小瓶とバケツ以上の違いがある。しかし、それだけ小さな手紙の中に、恐ろしいほどの重要度が詰まっているのだ。


「『来る』らしいんですよ、この手紙によれば」


「『来る』? 誰がです?」


 セフェリノ警部とレオパルドの視線が、エクトル警部とその手の中にある手紙に集まる。




「―――ヴェンガンザが」




「「本当ですかッ!!?」」


 机が掌で叩かれる強い音が、二人分響く。

 エクトル警部は、静かに死線を上にあげた。先程まで視線の揃っていた目の前の二人が、今は上から息を荒げてこちらを見ている。


「すいません、すこし冷静さを欠きました」


「いえ、当然のことでしょう。そうなることを見越しての防音室です」


 レオパルドとセフェリノ警部は、もう一度椅子に腰かけなおす。

 しかし、その息はまだ収まらないようで、激しく吐き出され、同時に吸い込まれて、を繰り返していた。それも、仕方のないことだと言える。親友か戦友か、そのような人物を失って間もないころに、その人物を奪った仇敵が現れるという事実を聞かされるのだ。それはつまり、ヴェンガンザ逮捕の一番の以下道であると言えよう。

 その事実が、真実であれば、の話ではあるが。


「その情報は、信用できるのですか?」


「悩ましいのはそこでしてね……差出人が書いていないのですよ」


「それでは……」


 そんな手紙が、信用できるものか。

 言葉にはしないまでも、セフェリノ警部も、レオパルドも、二人が思っていることである。普段から信頼している情報源だったとしても、この報せは真偽不確かだ。だというのに、差出人が不明というのは―――。


「ですが、ヴェンガンザの脱獄について、知っているのはごくごく少数の人間だけなのです」


「―――っ、だとしても……!!」


 確かに、ヴェンガンザの脱獄は未だに一般的な公開はされていない情報ではある。

 しかし、人の口に戸は立てられぬというように、情報がどこからか漏れている可能性は捨てきれないのだし、情報漏洩によって得た情報だからこそ、差出人に本名を書けなかったのだ、と言われればそれ以上に反論は出来まい。

 ヴェンガンザについての情報である、という一点だけで信用することは出来ない。


 何より、手紙には動員できる最大限の警官を以て、ヴェンガンザを捕縛せよと書かれていたのだ。日時と場所を添えて。いたずらにしては手が込みすぎている。だからと言って、その場合は警官がほぼ総動員されるのだから、それだけ人手が足りなくなるということでもある。

 もしもこれが何らかの犯罪のための計画の一部だとすれば―――。そう考えれば、簡単に動けない。


「流石に、これを私たちだけで判断するのは―――」



「では、私が許可しよう」



「―――っ?!」


 三人だけがいたはずの部屋。

 しかし、そこに四人目の人間が入ってくる。そして、先程までいなかったはずの人物を、三人が視認して―――。全員が一斉に立ち上がった。そして、限りなく最大限の礼を以て迎える。それだけのことをする価値のある、相手だった。



「お疲れ様です、トランキーロ長官……!!」


 そこにいるのは、トランキーロ・サイナス・イェニス。

 国家警察における最高権力者であった。

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