88.救援するは混迷極める警官
先週は突然投稿が出来なくなり、申し訳ありませんでした。
今週からは投稿再開します。
エネミーゴの凶刃が迫る。
この距離感、避けきれない―――!!
――――――ッッ!!!
せめて、急所だけは避けねばならぬと大きく身を捩ったセフェリノ警部は、ふと耳をつんざくように響いた音に顔をしかめた。
凶刃を手にしてセフェリノ警部に迫っていたはずのエネミーゴも、その音に不意を突かれたか、体をよろけさせ、一旦後退の姿勢を見せていた。
「―――今、のはっ!?」
セフェリノ警部が、音のした方へと視線を飛ばす。レオパルドとエネミーゴも続いた。
そして、セフェリノ警部とレオパルドの心中には希望の灯が、エネミーゴには絶望の灯が生まれる。
「まさか―――この場所に、救援が!?」
先ほど言ったばかりだ。
この場所は山奥。確かに少し下れば町もあるが、それでも人が多く通るような場所ではない。だからこそ、セフェリノ警部らは救援を期待することが出来なかった。しかし、目の前には確かに警官たちがいる。しかも、その数は小隊一つ程度。エネミーゴ一人を捕縛するには十分すぎる戦力だった。
「ここは、包囲されている!! 大人しく投降せよ!!」
「――――ッ」
警官隊が全員、姿を現す。
同時に、エネミーゴが一歩後ずさった。先程まで優勢だったはずのエネミーゴが大きく劣勢へと持ち込まれる。同時に、セフェリノ警部とレオパルドはエネミーゴの捕縛のために動き始めた。
体の衰弱というハンデのあった先程までが五分だった。であれば、更なる救援が来れば趨勢が大きく変化するのは当然だ。しかも、その救援の数はここにエネミーゴが存在しているということを既に知っているかのようだった。
―――いつ、誰が……?
エネミーゴの正体が露見してからの数分間、セフェリノ警部もレオパルドも国家警察に連絡を入れるような時間はなかった。エネミーゴは本物の医師ではない、と露見したのは本人の名札を見たからであり、それ以前にその事実を推測することは不可能だった。
であれば、誰がここに警官を招集したのか。これだけの数の警官を招集できるだけの人物だ。国家警察内部であれば警部級、外部からの通報であればその言葉にある程度の信憑性を持った人間。
どちらにせよ、範囲は絞られてくる。
「仕方ない……! ここは逃げるとしましょう」
エネミーゴがはっきりと逃げの姿勢を見せる。
しかし、それをみすみすと逃すような二人ではない。
警官隊の存在はあくまでも後ろ盾だ。圧倒的な優勢が自分たち側にあり、お前は劣勢なのだと、明々白々に知らしめるための後ろ盾。エネミーゴを捕縛できるのは、一番近くにいる二人だけ。それは変わらない。
「そう簡単には逃がさない」
「いえ―――、私は逃げると言いました。何よりも、私は『逃げろ』と言われているのです」
―――何を不可解なことを
自分が何を言ったかなど、この場では何の意味も持たない。
何よりも、この圧倒的な劣勢である状況を覆す程の力を、『言葉』は持っていない。
しかし、セフェリノ警部もレオパルドも、全く理解していなかった。否、『寄り添おうとしていなかった』が正確か。エネミーゴの立場に立って考えることが出来ていなかったのだ。
確かに、セフェリノ警部らにとっての『言葉』は現実の状況に干渉できるほどの力を持つものではない。しかし、エネミーゴにとってのそれは、自分の行動を変え、最早劣勢であろうと覆してしまうような大きな力を持っているのだ。
「逃げろと言われているからと言って……っ!」
「ですから、『逃げろ』と命じられているのです」
壊れたかのようにそれしか話さなくなってしまう。
しかし、少しずつ絶妙な表現の違いが生まれて言っていることに、レオパルドは気づいていた。おそらく、少しずつ具体的になっているのだ。ただ単純に『逃げろ』と言われているのではない。それは命令なのだと。そして、エネミーゴはその命令に反することのないように逃げなければならないのだと。
それが出来るというのは、それだけ狂っているということに違いない。
言われたからそうする。
言葉で表現するのは簡単だが、そんなことがいつまでも続けられるほど、この世の中は易しくない。どこかで、人に言われたこととは別のことをしなくてはいけないタイミングが訪れる。
しかし、その世の中の常識を、エネミーゴは覆すのだ。だからこそ、彼の持つ信条はただ一つ。自らの主と決めた人間の命令は絶対。ただ、言われたことをそのまま為す。
―――本来は、二人の暗殺が『命令』だったが
為せなかったことは仕方がない。
既に老体であり、自ら現地で行動することの難しくなってきた主に代わって、自らが為さねばならぬことがある。それがある間は国家警察の手に堕ちるわけにはいかない。命じられたことを今すぐ、この場所で成すことが出来るかどうかよりも、五体満足でヴェンガンザのもとに戻ることの方が重要なのである。
ヴェンガンザの命令である、というその厳然たる事実が、エネミーゴに力を与えた。
応援のような純粋なる善意ではない。それでも、同様に力を与えうる言葉だ。
「また、会いましょう」
エネミーゴは懐からボタンを五つほど取り出し、その全てを起動させる。
同時に、爆発音が至る所から響いた。
どのボタンがどこの爆弾に通じているのか、その全てを理解しているからこそできることだ。自分の近くに爆弾を設置していなかったのかもしれない。しかし、それだとしても流石に早すぎた。躊躇いが無さ過ぎた。
エネミーゴが走り出す。同時にボタンをいくつか起動し、爆発音を響かせながら。
誰も、エネミーゴに追い縋ることが出来ない。もしも、途中で自分の足元で爆弾が爆発でもすれば、と考えるだけで恐ろしい。まっすぐに走りながらボタンを取り出し躊躇なく起爆していけるエネミーゴが狂っているのだ。本来なら、人間にそんなことが出来るわけがない。
自分の命を、大切にしていない証拠だった。
自分が死んだとしてもいいのだ。いや、命だけでなく、自分の持つすべてに対する執着が全くない。
―――エネミーゴの計画はどこか杜撰だった
もしかしたら、最初から自分の正体がばれてしまうことも、捕まることも、その全てがどうでもよかったのかもしれない。だからこそ、計画の脆弱性が生まれた。
最初から、計画を成功させる心算があったのかすら怪しいものだ。
「逃げてしまいましたね……」
「そうですね……検問を依頼しましょう」
「そして―――、やはりですか」
土煙の上がる方向を見て、エネミーゴが逃げ去ったことを確認する。
本来ならば今すぐにでも追いかけねばならないのだろう。しかし、それをするだけの体力が残っていない。自分たちに出来ることが何もない、ということは二人も理解していた。
そして、今考えるべきはエネミーゴについてだけではない。
「見ましたか? 先程の警官隊の先頭の人物……」
「ええ……やはり、ですよね」
先程はそのことを指摘する余裕がなかったが、今になってその時の違和感は確実なものになった。
警官隊が―――先程までここを包囲していた警官隊が、いつの間にやらどこかへと消えている。
そして、警官隊の先頭にいた、黒髪の女性警官。あれは、オルムンド城でのサンチェスの事件で姿を見せた、謎の女性警官の特徴と完全に一致している。相対したことのないレオパルドとセフェリノ警部だったが、あそこまで純粋な黒髪というのは珍しいもので、報告の通りなのだろうとすぐに直感したのだ。
「何がどうなっているのか……何やら、私たちの知らないところで何かが動いているような気がしますね」
「ええ……本当に」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
知り合いなどに勧めていただけると、広報苦手な作者が泣いて喜びます。
いいねや評価、ブックマークなどもあります。是非、気が向いたらボタンを押すなりクリックなり、していってください。