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大怪盗サンチェスの冒険記  作者: 村右衛門
サンチェスと決別の刻
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87.迎え撃つは衰弱の者


 ガチャリと。

 病室の扉が開く音がして、セフェリノ警部とレオパルドはふと身を固くする。


「お機嫌如何ですか?」


 入ってきたのが医者であると分かり、二人は肩の力を抜いた。

 どうしても、自分たちの命が狙われているかもしれない、ということを自覚しているからこそ闖入者に過剰に反応してしまう。

 もしも入ってきたのが暗殺のための刺客であれば、と思えば入ってきた人物が誰なのか、ということを確認するまでは安心できないのである。


「―――待ってください、名札を見せていただいても?」


「レオパルドさん?」


「いえ、少し見慣れない方だと思いまして」


 言われて、医師はポケットから名札を取り出した。首にかけるための紐をまとめ、巻きつけた名札を。これでいいですか、と問いながら名札をはっきりとレオパルドに見せてみる。

 レオパルドはそれを観察し、ふむ、と一言。


「―――エネミーゴ先生、ですか。本名ですか?」


「どういうことです」


「いえ、本名なら大したものだと思いまして。この病院は特殊な患者も少なからずいますからね。紐付きの名札は患者の自殺を防ぐために禁止されているんですが……」


 レオパルドと、話を理解し始めたセフェリノ警部の視線が鋭く目の前の医師と名乗った人物に向かう。

 詰めが甘い。この程度であれば見破ってくれと言っているようなものだ。


「ご名答―――」


 医師が―――否、エネミーゴが、一歩飛びずさり、懐から一つのボタンを出してくる。

 そのボタンが何か、など知らない。

 しかし、そのボタンが押されるのを阻止せねば、と二人は直感的に腕を伸ばした。しかし、あと一歩というところで届かない。



 ボタンが押され、外から爆轟音が聞こえた―――。



「『先日のあまり』ですよ。ご安心を、花壇の中でしたからね、死んだとすれば花壇を踏み荒らす外道だけでしょう。しかし、誰も死んでいないとしても、状況の収拾のため誰もが現場に向かわなくてはならなくなる」


 花壇を踏み荒らすようなやつならば死んでも良し、と言わんばかりに口上を述べるエネミーゴを、二人が睨みつける。

 『先日のあまり』。その言葉が何を示しているのか、はっきりとわかってしまう。

 目の前の人物こそが、サンチェス殺害の実行犯なのだろう。爆弾を用いてサンチェスを隠れ家ごと爆破した、ヴェンガンザに与する者。

 改めて、目の前の人物がサンチェスの仇なのだと理解して、二人の視線も更に鋭くなる。


「私に与えられた仕事は貴方方の暗殺。それだけで全て終わりますからね―――ッ」


 言いつつ、小さなナイフを携えてエネミーゴが姿勢を低くして懐に飛び込んでくる。確かに急所を狙った動き。しかし、レオパルドやセフェリノ警部のように普段から格闘技を鍛錬している人間にとっては遅くも見える動きだった。

 と言っても、衰弱した彼らが互角に戦えるかは怪しい。


「ナイフ相手に素手では戦いにくいかと」


「二対一で戦うのも難しいだろうに」


 どうにかナイフを突き立てられないように体を動かし躱しながら、セフェリノ警部は現状が自分たちに優位なものではないことを覚っていた。

 何かしらの打開策を見つけなければ、体力を消耗して終わりだ。この病室には武器になりそうなものもないし、武器を持っているものに素手で立ち向かうというのは実際かなり難しい。そろそろ限界が来るだろう。


 突然、風が吹いた。冷たい風だ。


 今の状況を覚り、セフェリノ警部は成程、と頷いた。

 エネミーゴとうちあいながら、少しずつ後退していく。レオパルドとの距離も小さくなった。そして、先程レオパルドが開けた窓に近づいていく。


 ここは二階だ。

 飛び降りられない高さじゃない。


 レオパルドとセフェリノ警部は順に窓から飛び降りた。

 先程エネミーゴが起こした爆発によって、外には警官や医師が集まっていることだろう。ならば、助力を請える。

 レオパルドの咄嗟の判断だった。セフェリノ警部に声をかければエネミーゴにも悟られる。どうせ悟られるとしても、少しの時間を稼ぎたかった。

 だからこそ、賭けるしかなかった。窓を開ける、という一つの動作を以てセフェリノ警部が自分の意図に気づいてくれる、ということに。


 結果として、レオパルドは賭けに勝ったのだ。


 飛び降りながら、下で受け身をとる。

 上を見据えれば、エネミーゴが丁度飛び降りようとしているタイミングだった。自分たちと同じ場所に飛び降りてくる前に、とレオパルドとセフェリノ警部が後ずさる。



―――静かすぎる


 咄嗟の状況で、飛び降りた先の様子を確認することは出来ていなかった。しかし、実際に飛び降りてきて感じる違和感がある。

 明らかに、静かすぎるのだ。先程の爆発で、誰も集まっていないのか?


 ふと、エネミーゴから視線を外し、周りを見回してみる。

 ―――誰も、いなかった。花壇の辺りから煙が上がっている。一部燃えているようにも見えた。しかし、消化のために駆け付けた人間が誰もいない。


―――罠だったのか


 レオパルドは気づいた。もしかしたら―――いや、もしかしなくてもそうなのだろう。

 爆発を起こし、明らかにそこに人間が集まっているだろう、と予想できる状況を作り出した。そうすれば、自分たちは窓から飛び降りるなどして爆発のあった場所に向かうはずだからだ。その方が、誰かの助力を得られる。

 そうしてまんまと、この場所に誘導されていたのだ。


「ここにはいたるところに爆弾が仕掛けられています。先程爆発したものはそのうちの一個に過ぎません」


 脅しではない、と言わんばかりにエネミーゴが懐から先程と同様のボタンをいくつか取り出した。それぞれが別の爆弾に繋がっているとしたら、そして、それらの爆弾が自分たちを取り囲むいたるところに設置されているとしたら、自分たちに逃げ場はない。


「私の主人は用心深いので、今日もここにはいらっしゃらない。しかし、私一人で十分だ」


 そう言うと、エネミーゴは地面を蹴り、二人との距離を詰める。

 右手にナイフを、左手にはボタンを携え、エネミーゴが迫りくる。しかし、レオパルドとセフェリノ警部は距離を取ろうとしなかった。

 可能な限り、エネミーゴとの距離を詰める。近接戦に持ち込まんとする構えだ。

 しかし、二人は素手、対するエネミーゴはナイフという武器を持っている。普通に考えれば近接戦はエネミーゴに有利になるはずだった。

 勿論、そのことはレオパルドやセフェリノ警部も理解している。しかし、どうしても近接戦に持ち込む必要が、二人にはあった。


―――爆弾を、爆発されないため


 どれだけ威力を抑え、範囲を縮めたとしても、三人がある程度近づいていれば全員が爆発の範囲内に入ってしまう。それだけにエネミーゴとの距離を詰めておけば、自爆を防ぐためにエネミーゴは爆弾のスイッチを押せないのである。

 どれだけナイフが脅威であっても、近接戦という状況は必要不可欠なのだ。


 素手によって武器を持った相手を制圧する。

 その手段に関しては警察官になる段階で叩き込まれてきた。と言っても、日ごろの疲れが意外に自分の能力を下げている。やはり球速が重要というのは本当のことなのだ、と今更ながらに気づいた。


「ここは山奥―――療養目的か知りませんが、人里からは離れ、誰も救援には来られない」


エネミーゴの表情は勝ち誇っている。

 この人物が、今回の計画を立てたのだろうか。であれば、一部杜撰であるとしか言いようのない部分が目立つ。戦っていて、目の前の人物の能力が劣っているとは思えないのに、作戦自体は杜撰なのだ。

 何かがある。そう予想出来てしまって、恐ろしい。まだ、何か罠があるのかもしれない。


「そろそろ、終わらせましょうか」


 そんな言葉を吐いて、エネミーゴが地面を蹴りなおした。

 凶刃が迫る―――。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


知り合いなどに勧めていただけると、広報苦手な作者が泣いて喜びます。


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