8.サンチェスは大胆不敵
サンチェスは大胆不敵
サンチェスはレオパルドに正体を気づかれたというのに落ち着き切っていた。まるで、これから何が起きるかわかっていて、それでもなお逃げ切る自信があるかのように。
ファンファンファン
サンチェスとレオパルドが互いに様子を見あっていた時、国家警察の警察車のサイレンが鳴り響いた。サンチェスは少しは驚いたようにしてどこから警察車が来るかを確認した。その警察車はそこまで時間がたたぬうちにサンチェスのもとに到着した。
「ただいま現着。マル被はマル報と一緒にいる様子。」
エクトル警部の聞きなれた声が聞こえてきたかと思えば、警察車からエドワード警視が出てきた。エクトル警部は警視直々の臨場に驚きながら、いつここにサンチェスがいるということを知ったのだろうか、と思った。エクトル警部はもちろん通報していない。レオパルドも通報するようなそぶりは見せていなかった。もちろん、サンチェスが自分のことを通報するわけがない。では、エドワード警視はどこから情報を得てここに来たのだろうか。エクトル警部がそんなことを疑問に思っている間にもエドワード警視は連れてきた警官らをサンチェスを囲む位置につかせた。これでサンチェスの逃げられる道はなくなった。レオパルドはエドワード警視が迅速に警官らを配置していく様子を見て感心しながら微笑を浮かべていた。エドワード警視にサンチェスがいることを伝えたのはレオパルドだった。レオパルドはサンチェスがいつかは脱獄する、ということはわかっていた。ルパン好きなサンチェスがわざとらしく捕まっておいて脱獄しないなんてことがあるわけない。サンチェスは自分が国家警察を出し抜くことは簡単なんだ、ということを示したかったのだろう。サンチェスは「自分の首を絞める」ということにならない。サンチェスは考えた計画を実行するときには、しっかりとその後のことも考えて計画を遂行するため、失敗することが少ないのだ。だからこそ、サンチェスはわざとレオパルドの取り付けた発信機に気づいてもそのままにし、自分の隠れ家を見つけさせて、自分を逮捕させた。そこまで手の込んだことをしたのは、そうでもしないと国家警察側にサンチェスを逮捕した、という実感が湧かないからだろう。サンチェスはそこまで考えて逮捕されるほどに余裕があったのだ。では、今のこの状況はどうだろうか。今までは鑑定士に変装していたり、警備員に変装していたりなどしていたため、警官らに包囲されることはなかった。しかし、今はサンチェスも何にも変装しておらず、周りにいる警官らやエクトル警部、レオパルド、エドワード警視もどれがサンチェスか分かっているのだ。さすがのサンチェスも、この状況を打破し、逃亡を成功させるというのは難しそうに思えた。エドワード警視とサンチェスを包囲した警官らは徐々にサンチェスとの距離を詰めていく。警官らもエドワード警視の合図があれば、いつでもサンチェスに飛びかかれるような準備はしていた。そして、ついにその時が来た。エドワード警視はサンチェスの様子を見ながらタイミングを見計らい、今だ!と思った。
「逮捕!!」
エドワード警視の声が辺りに響き渡り、警官らは一斉にサンチェスめがけて飛びかかった。すると、
ボンッ
軽い破裂音がしたと思えば、煙が出てきた。それは煙というよりも何かの粉のようで、警官らや近くにいたエドワード警視、エクトル警部、レオパルドらは真っ白になった。しかし、ここは屋外だ。風も吹いている。その粉は一瞬にして風に飛ばされていった。エドワード警視はすぐにサンチェスを探した。さっきまでは警官らに包囲されていたのに、そこにサンチェスはいなかった。そして、エドワード警視が軽く辺りを見回すと、数十メートルほど離れたところにサンチェスの姿が見えた。エドワード警視はその姿を確認した直後、走り出した。すでにエドワード警視もお世辞にも若いとは言えない年齢にはなっている。しかし、エドワード警視の運動神経はいまだ衰えることを知らず、若いころからの得意分野であった短距離走はオリンピック選手となってもおかしくないほどだった。そのエドワード警視がサンチェスを追いかけるのだ。サンチェスは逃げきれるのだろうか。サンチェスは今もまっすぐ走っている。エドワード警視はその後ろを追いかけ、エクトル警部やレオパルド、警官らはエドワード警視に続いた。サンチェスも走るのは速かった。一般人なら絶対に追いつけないだろう。それほどの速さだ。しかし、エドワード警視はもっと速かった。エドワード警視はサンチェスとの差をどんどんと詰めていき、あと数メートルで捕まえられそうだった。しかし、サンチェスはそう簡単につかまるような男ではない。
ボンッ
またもや破裂音がし、煙のような粉のようなものが出てきた。エドワード警視はその煙のせいで少し足止めを食らった。サンチェスはそのすきに横道の裏路地に入った。エドワード警視も煙が引いてすぐに追跡しようとしたが、サンチェスがごみ箱や様々な機械類が汚れたまま置いてあるような裏路地を身軽に進んでいくのを見て自分にはそこまでの身軽さはないと感じ、あきらめた。さすがのエドワード警視でもそこまでの運動神経はないのだろう。エドワード警視は警官らに撤退を命じ、エクトル警部やレオパルドのところへ戻って行った。エドワード警視がサンチェスを逃がしてしまったという報告にはエクトル警部やレオパルドも残念そうだったが、驚いている様子でもあった。二人ともエドワード警視がサンチェスに追いつきそうになったのを見ていたのだろう。そして、レオパルドは昔からサンチェスの足が速いのを知っていたため、そのことも併せて考えるとエドワード警視はかなり足が速いということになる。そのエドワード警視がサンチェスを逃がしたというのは少し驚きの事実であった。そして、エドワード警視はエクトル警部とほかの警官らに帰還を命じた。それで、エクトル警部はレオパルドに別れの挨拶をし、警察車に乗り込んだ。一応エクトル警部は今日は非番なのだが、サンチェスを見た人物の一人ということで、一応国家警察に出向くことになった。レオパルドもまた数日後、国家警察に呼ばれることになるのだろう。
「ダメだったか…」
レオパルドはエドワード警視やエクトル警部、警官らが帰って一般人も少しずつ通るようになってきた道路でため息とともにそうつぶやいた。レオパルドはエドワード警視らが去った後、何かサンチェスの手掛かりがないかとサンチェスが逃げて行った方向を探してるのだった。そして、少し行ったところであるカードを発見した。
カードの内容
レオパルド、あの煙玉覚えてる?
子供の時よくやったよね、〝小麦粉爆弾〟あれを少し改造して使ってみたんだ。
また、昔のように遊べる時が来るといいんだけどね。
そのカードはワープロで書かれていた。レオパルドはこのカードを読み、
「やっぱり、サンチェスのほうが上手だったみたいだ。」
そうつぶやいた。レオパルドはもともとサンチェスが脱獄するであろうと予想し、探偵事務所の所員にいつでも国家警察の出動を要請できるようにしていた。そして、その予想が当たり、作戦がすべてうまくいったことで、レオパルドもどこか慢心してしまったのかもしれない。しかし、サンチェスはレオパルドが国家警察の出動を要請していることも予想していた。そして、その予想が当たっていたのだ。
レオパルドの考えさえも読んでいたサンチェスの先を読む力はそこが知れない。