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大怪盗サンチェスの冒険記  作者: 村右衛門
サンチェスと決別の刻
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85.反響するは悲劇の余韻



 ◆ チャールズ・サンチェス・ロペスは死んだ




「―――貴方にはいち早く知らせねば、と思いまして……」


 そう言って、表情を悲壮感に浸すのはセフェリノ警部である。そして、その面前に立ち、その表情からいかなる感情をも削ぎ落した悲痛の男こそ、怪盗サンチェスを最もよく知る男・レオパルドであった。

 

 これまで長らくスペインで名を轟かせた窃盗犯であり、怪盗であるサンチェスの死は、意外にもいとも簡単に確認された。

 炎で燃やし尽くしても、ナイフで滅多刺しにしても、どうやったとしても死なないような不死身感漲る男である。それでも、彼は人間だったのだ。



「レオパルドさん、これは国家警察の中でも重要機密です。貴方のケースは非常に稀な例なので、他言は無用でお願いします」


「分かりました」


 最低限の応答くらいはする。しかし、これまで多くの犯人の尋問を行い、その感情の起伏を読み取る術を得てきたセフェリノ警部は目の前にいる男の感情が驚くほど起伏のないものであることを見抜いていた。

 サンチェスの死がレオパルドに与えた衝撃など、考えるだけ無駄だ。

 幼馴染である彼らの関係性を表面上ですら深くは知らないセフェリノ警部には、レオパルドの心中を半分以上も察することはできないだろう。


「では、私はこれで失礼します。―――私や貴方も、危険なのに変わりはありません。どうか、お気をつけて」


「ありがとうございます」


 セフェリノ警部は小さく礼をして、レオパルドの家を後にした。

 セフェリノ警部は国家警察が非番である時間を利用して、レオパルドにサンチェスの訃報を届けに来た。しかし、サンチェスの死に加えて全面戦争における国家警察の最大の汚点の暴露などもあり、かつてないほどの混乱状態に置かれている国家警察において、非番なんて概念はもはや形骸化していた。




「セフェリノ君、気分は大丈夫かね?」


「エクトル警部こそ、顔色が優れませんよ」


 ここに相対するは窃盗犯担当部署と知能犯担当部署のベテラン同士。

 しかし、お互いの表情に余裕などなかった。


「何徹目? あ、予想しよう。隈の感じからして……2徹目だ」


「惜しいですね、3徹目です。ほんと、最近は猫の手を借りても忙しいですよ」


「はは、猫の手どころか、鼠も連れてこないと」


 はははははは、とお互い疲れた笑いを零す二人。会話の内容は最早ベテラン警部とは言えないようなものだが、どうしてもそんな会話しか交わされない。

 最近は毎日のように展開されるこの謎風景に、刑事たちは見て見ぬふりを敢行する。ベテラン刑事たちがどこか抜けているような会話を交わしていようとも、それはどうしても仕方のないことなのだ、と割り切るようにしているのだ。




「―――しかし、死んでほしくなかったよ」



 ふと、それまで上手く思考の回っていないような言葉ばかりを紡いでいたエクトル警部の声音が真剣なものへと変わる。刑事たちは、無意識的にその言葉を聞かないようにした。

 エクトル警部の表情の変化は、誰も見ていない。しかし、セフェリノ警部はわざと視線を逃した先に、エクトル警部の表情がどのようにしてあるか、ある程度は理解していた。そして、理解していながらその表情は誰もが見てはいけないと感じる。


「サンチェスは、我々国家警察が逮捕するべきだった。―――決して、意味の分からない復讐劇に巻き込まれて死ぬべきではなかった」


 そう言うエクトル警部の視線の先には、今日の朝刊があった。

 この新聞社には、手数料を少し払えば自分の書きたいことを百文字以内で新聞に載せられるコーナーが存在する。普段は空欄のまま印刷されることも多いそのコーナーだったが、今日の朝刊のコーナーは文字で埋まっていた。



『復讐劇の始まり―――第一の被害者(ヴィクティマ)はチャールズ・サンチェス・ロペス』


 

 その文章ののちにはサンチェスの隠れ家らしい住所が書かれていた。まさかとは思ったエクトル警部だが、何やら嫌な予感がして非番だったにもかかわらず、その住所へと向かった。

 そして、明らかに異常事態であるその家屋の様子を見て、国家警察の応援を要請。調査が開始されたのである。


 黒く焦げた家屋だった木材と消火作業が終えられ、立ち入り禁止の看板の建てられた空間。その様子を見たエクトル警部は、昨日通報があったのを思い出した。

 確か、家屋が燃えている、という通報が昨日あったのだ。エクトル警部が電話はとったものの、窃盗犯担当部署が担当する事件でなかったためにほかに流した記憶がある。


「まさか、本当にサンチェスが死んだのか……?」

 エクトル警部の呟きは燃え尽きた家屋の陰に消え去った。



 エクトル警部は信じられない。

 

 これまで、サンチェスは国家警察の総力を挙げても逮捕できなかった窃盗犯である。

 だから、不死身であるなどと突飛な論の進め方はせずとも、簡単に死ぬような男だとは到底思えない。しかも、復讐劇などという陳腐な言葉選びをする小悪党などに殺されるとは思えなかった。


 同時に、言いしれない感情も抱く。

 サンチェスに対して抱く感情は、決して憎しみではなかった。だからと言って、友情や恋慕などとは程遠い。しかし、義憤だけでは説明のつかない感情が、エクトル警部の心中では渦巻いていた。


「なんにせよ、清々しい気分ではないな」

 そう言いつつ、エクトル警部は現場へと入っていく。

 見分を行っていた刑事たちがエクトル警部の登場に敬礼を返す。いつも通りの光景であるというのに、エクトル警部はこれも何か違うものかのように感じた。



「どういう状況か、教えてもらっても?」

 そういって状況の開示を求めるエクトル警部に、現場の刑事の中では代表格なのであろう一人の男が出てきた。エクトル警部の属する窃盗犯担当部署の刑事ではない。そもそも窃盗犯の事件ではないので当然だが。

 違う部署の刑事であっても、エクトル警部は名の知られたベテラン警部である。故に、違う部署だから無関係でしょう、と一蹴されることなく現状開示も快く受け入れられる。


「エクトル警部、お疲れ様です。―――現場ですが、御覧のとおりかなり倒壊してまして、調査に時間がかかっています。ですが、周囲の人の証言によると爆発音が聞こえたとも。ほとんどの人が働きに出ている時間だったので、詳しい証言は得られずでしたが……」


「成程、ありがとう。邪魔はしないようにするよ」


 そう言って一旦はその場を去るエクトル警部を敬礼で送り、現場責任の刑事は元の職務へと戻っていった。


 その直後である――――――。



「人骨らしきものを発見!!」


 調査を行っていた刑事が、そんな物騒な発見をしたのである。

 すぐに鑑識が鑑定のために向かい、少ししてからそれが本物の人骨であると判明した。

 そして、その人骨の付近には人間の皮膚片などであろうタンパク質も検出され、血液らしき液体も発見された。なお、これらは爆破と火災によって汚染されており、DNA検査による個人の特定は不可能だったという。



  ◇



「なんにせよ、私たち国家警察のすべきことは変わらない」


「ええ、そうですね」


 曇った表情から切り替え、エクトル警部はそう言って決意を見せる。

 セフェリノ警部も、その表情を真似るようにして表情筋を引き締めた。

 これこそが、セフェリノ警部が憧れたベテラン・エクトル警部の表情なのだ。その覚悟に惚れこみ、自分もそうあらんと行動してきたセフェリノ警部は、今もエクトル警部に憧れている。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


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