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大怪盗サンチェスの冒険記  作者: 村右衛門
サンチェスと決別の刻
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84.終に響くは爆轟の音



 ◆



 サンチェスと三駒が、同時に出掛けて家を留守にしたときのことだった。

 

 宵闇に、一つの怪しげな人影がさらなる翳りを落とす。

 それほど綺麗でもない姿勢、一挙手一投足のどれをとってもさして運動能力の高い人間ではないのだろう、と想像がつく。しかし、夜中、誰もが寝静まった頃合いを見計らって何か行動を起こそうとしている輩を運動能力の高そうでないからというだけの理由で見過ごせるかというと否である。


 ふと、周囲を確認しながらその人影が一つの家へと入る。

 周囲の音をその耳で拾いながら、家主が帰ってくる音が耳朶を打つことのないように、と迅速に作業を始めた。その行動自体に物理的な音はほぼ発生しない。しかし、隠しきれない策謀の音が辺りには響いていた。



「これで、第二段階終了―――」

 唯一残された、物理的な音は、それだった。



  ◇



「何から何まで、協力感謝するよ」


「アイドルの悪報を聞きたいファンがいるかしら?」


「それでもだ。本当に感謝する」


 そう言って、サンチェスがフィリアルに頭を下げる。三駒もサンチェスに倣った。

 フィリアルはその様子を見て微笑ましさを感じながらも、頭を上げるようにと声を掛ける。


「じゃあ、そろそろ作戦開始だね。三駒も、打ち合わせ通り頼むよ」


「ええ、勿論です」


「じゃあ、私は元々存在していなかった、ということで」


「うん、ありがとう」


 ひらひらと手を振りながら、サンチェスらを一瞥もせずに去るフィリアルに、サンチェスはそれでこそだ、と感じる。フィリアルとの関わりは大して増えていない。しかし、この短期間でもある程度の信頼関係は作れたのではないか、と思う。

 何より、フィリアルの瞳が真実以外の焔を燃やすことはなかった。


 さて、ここからが本番だ、とサンチェスは意識を切り替える。

 フィリアルの協力を得られるのもここまでである。ここからはサンチェスと三駒だけで作戦を遂行していかなければならない。



「ほら、三駒。今際の際だよ」


「そろそろ、語る時になりましたか」


「タイミングは君に任せるとも」


 フィリアルの去った隠れ家にて―――、サンチェスと三駒はお互いに紅茶のティーカップを持ち上げて口に運びながら言葉を二、三交わす。

 静謐とも言い難い。と言っても喧騒とは程遠い。ほんのりと紅茶の香りが立ち上る空間に、二人の視線が交錯した。お互いに、これから話される内容については明言することがない。それでいて二人ともが会話の目的語を理解している。


 「今際の際」という言葉を聞いても、三駒の表情には変化がない。その言葉が、確かに正しいのだろう、ということは理解しているのだ。

 これから、決別の刻が訪れることはサンチェスにしろ、三駒にしろ、理解していた。



「それで、何故私の味方になったのかな、三駒?」


「懐かしいですね……。日本での出来事でしたか」


 三駒は短く想起する。

 サンチェスが偶然にも日本に訪れたとき、サンチェスの動向を調査し、待ち伏せをする形で接触してきたのが三駒である。そして、サンチェスを脅す形で自分との会合を取り付け、加えて要求したのは自分を味方にすること。

 思い返せば、かなり怪しい行動をしたものだ、と三駒は反省する。しかし、怪盗を名乗っていたサンチェスに対してはある程度強気に出なければいけない、という不安もあったのだ。一時的にでも自分の優位を確立しなければ、サンチェスと会話することさえ出来ないかもしれない、と三駒は思っていた。


「正直、隠す意味なんてなかったんですけどね……簡単な理由ですし」


「そうなのかい? 話すべき時が来たら話すというからそれはそれは凄まじい理由があるのかと思っていたのだけれど」


「それほどでもないですよ、それこそ―――、理由としてはフィリアルさんに似ていますかね」


「彼女と?」


 ええ、と頷きつつ、三駒は紅茶を口に入れて音もたてずに喉を潤す。

 本来、優雅なティータイムを過ごすことの出来るような時間ではない。しかし、これが今際の際であり、決別の刻も近づいているのだから、と思えば紅茶を啜る舌も動くものであった。

 


「私も、貴方のファンなのですよ―――貴方がアレキサンドラを斃したその日から」



 その言葉を聞いて、サンチェスは三駒の意図を感じ取った。

 サンチェスも三駒と同じような境遇であった時代があるからだろうか。サンチェスは三駒が何故自分の味方になろうと考えたのか、少しは理解することが出来るのだ。


「成程、君もそうだったのか」

「ええ、アレキサンドラにはしてやられました―――スペインに用があって来ていた時のことですね」


 そう言って小さく笑う三駒の表情は既に過去とは決別しているようだった。

 しかし、残念なるかな、三駒は決別したはずの過去と、もう一度対峙しなければならなくなってしまったのだ。アレキサンドラの突然の脱獄によって。


「実際、苦しんでもなかったですよ。被害に気づいて、警察に届けを出して。何もかも淡々と終わらせましたし、ほんとに何もなかった。苦しくも悲しくもない。辛くもありませんでしたよ? でも―――、」


 そこで一度言葉を切り、三駒はサンチェスと視線を合わせる。

 見たこともないはずなのに、サンチェスは視線の先の三駒がある程度若い三駒と重ねて見えるような幻覚を得た。




「でも―――、アレキサンドラ逮捕の報せを聞いて、意味が分らない程涙が出た」


 三駒の泣く姿を、サンチェスは想像できない。

 関わりがやはり少ないのだと改めて理解する。しかし、その様子が想像できなくとも、その時の感情―――その一端さえも理解できないような無心の木偶人形になったつもりは、サンチェスにはない。



「私は、貴方が大怪盗だと信じます。だから、こうしてここにいるのです。貴方が貴方であり、大怪盗サンチェスが大怪盗サンチェスであるからこそ、私は私であり、ここに居るのです」


 三駒の断言に、サンチェスは耳を傾ける。

 ただ、静謐がその場を支配した。



「信じられたなら、信じ返すのが礼儀ってもんだ。僕も三駒を信じるよ。―――ここで、やっと私達は味方になれたわけだ」


 

「――――――少し、外の空気を吸おうかな」

 

 もう一度訪れた静謐に耐えきれなくなったサンチェスが、そんな提案をする。

 対話能力は比較的高いサンチェスにとって、このように沈黙がこそばゆい経験も少ない。初めて三駒との関係をはっきりと明文化出来るようになったのである。少しばかり雰囲気が気まずくなることも、ある意味セットなのだろう。

 対話能力が高いサンチェスだが、対話経験が多いというわけではない。レオパルドとの決別後、一人で暮らし続けたサンチェスは、ずっと孤独だったのだから。



「少し、外に出よう」


 そう言って、サンチェスが席を立つ。同時に、三駒もサンチェスを追うように席をあとにした。




―――トッ、カラ―――ピッ、ガタリガタ――――――ガチャリ




  ◇




 男が、暗い部屋の中でヘッドホンを耳につけ、耳朶を打つ雑音を拾っていた。

 少しの小さな言葉さえ、少しの小さな物音さえ、聴き逃がせば作戦が破綻する。その覚悟をもって、彼の者を()()()()()()()()()()





『―――うん、晴々と良い風だ。空気を紛らすには丁度いい』


 ふと耳朶を撫でる声音。

 男―――エネミーゴの寝不足で閉じかけていた瞳が電気を流されたかの如く開く。


 この音を、この声を待っていた―――!!


 エネミーゴは速る拍動を抑え、一度目を瞑る。鼓膜に直接語りかけるような音に集中し、その一切を聞き逃さんとする。



『おや―――?』


 エネミーゴの拍動が鳴りを早め、ボタンを握る指の筋肉に無意識ながら力が入る。


 聞こえてくるサンチェスの声が、その一言が何に対するものなのか、エネミーゴは理解している。

 先日ヴェンガンザと共に虚無の交渉に臨み、その結果得ることのできた交渉物。エネミーゴ自身がサンチェスらの留守を狙って設置したそれ。



『遂に来たか―――。三駒、爆弾だ』


『成程、時限式ですね。解体技術なら齧ったことがあるので、解体しましょうか』


『どこでそんな技術を、と問いたいけれど、一旦は頼むよ』


『分かりました』


 会話を聞きながら、サンチェスと三駒の二人が爆弾に近づいていることを理解する。急拵えの爆弾と盗聴器だからか、音質は良くない。それでも、エネミーゴはサンチェスと三駒の声を可能な限り追った。




 そして――――――、手元のスイッチを押す。



 ヘッドホンから接続切れの音が聞こえた。



 終に響いた爆轟の音―――、それをエネミーゴが聞くことは、無かった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。


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次回投稿

「反響するは悲劇の余韻」

2月17日午後7時投稿予定です。

ご期待ください。

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