83.聞こえ来る謀略の音
◆◆
「出掛けるぞ、準備しろ」
そう声をかけるのは、本来なら唯々諾々と返事はできない相手である。しかし、声をかけられた青年は文句を挟むどころか、疑惑すら何もなしにその指示に従う。
それどころか、指示に従った青年自身がその他行を提案した張本人なのである。しかし、その提案を受理した老人は以前の契約の効果を確かめるようにして改めて青年に指示を出していた。
ヴェンガンザとエネミーゴがその表情に僅かな緊張を湛え、道を歩く。
可能な限り人目につく道は避けているが、それでも国家警察関連の人間がどこにいるかは想定できない。
検問に引っ掛かればその瞬間に彼らの計画は破綻するのだ。どうしても緊張感は拭えない。
彼らの不安とは裏腹に、目的地までは国家警察の検問にぶつかることもなく到着できた。
第一関門は突破した、と一先ずは安堵する。
ヴェンガンザとエネミーゴの視線の先には、少しばかり背丈の高いビルがあった。
と言っても、その場について何も知らず近づく人間はそうそういない。そこは、ある犯罪組織の塒だからだ。しかし、明確な証拠があまりなく、国家警察は実害を確認できていない。
そのため、厳密に言えばそこは犯罪予備軍組織の塒である。
とはいえ、明らかに合法でない男たちが屯するその場所に近付こうという無謀者はほとんどいない。
それこそ、ヴェンガンザらくらいのものである。
「よくいらっしゃいました、ボスがお待ちです」
「なんだ、最低限の礼儀はあるのか。知能のないごろつきばかりかと思っていたが」
ビルの中から出てきた案内役であろうスーツの男に対し、ヴェンガンザは当然のように神経を逆なでするような言葉を吐く。
スーツの男は一瞬表情を歪めたが、すぐに戻し中へと二人を案内した。
ビルの最上階、他の部屋よりも少し大きな部屋に通されたヴェンガンザらは複数のスーツの男たちに囲まれながらボスと呼ばれる男と相対する。
他の男たちと同様に黒いスーツを着てはいるが、その各所各所には金の装飾が施され、フチなしのサングラスをかけているその男は、風貌だけで威圧感を醸し出そうとしているようだった。どうしても、ボス然とした容姿を求めているのがまるわかりだ。器の大きな男ではないだろう、とヴェンガンザはあたりをつける。
周りにいる男たちも護衛のような役回りなのだろうが、その動きを見ても大して熟練しているわけでもなさそうだ。どうせは数集めだろう。
「それで、取引を所望のようだが、金は用意できたのか?」
「全く問題ない、ここに準備してある」
そう言って、ヴェンガンザはエネミーゴに持たせていたアタッシュケースを見せる。
その大きさと机に置かれた時の重厚な金の重み。それだけで相手方のボスは満足そうに笑みを浮かべた。その様子だけでも分かるボスの「慣れていなさ」にヴェンガンザは嘆息しそうになる。
こんな相手を取引相手に選んだこと自体を悔やみそうにもなるが、この取引相手を選んだのもエネミーゴの判断である。手下に据えて未だ日月も経たないエネミーゴだが、それでも彼の判断を信用しようと思える程には彼の頭脳が引き立っていた。
「其方こそ、当然の如く交換物は用意できたのだろうな」
「確かにここに、準備した」
渡された箱を手に取り、エネミーゴが軽く中を確認する。そして、ヴェンガンザに頷きを見せた。それがエネミーゴの判断であった。
ヴェンガンザがその頷きを確認して、ボスに視線を戻す。
「では、取引は成立ということで構わないな?」
「ああ、構わない―――と言いたいところだが」
ボスがそこで言葉を切る。
その視線の先にはヴェンガンザでもエネミーゴでもなく、先程ヴェンガンザから渡されたアタッシュケースがあった。
気持ちが急いたか、ボスは取引成立より先にそのアタッシュケースを開き、そこに横たわる軽侮を目にしてしまったのだろう。その瞳はサングラスに隠されていながらも赫怒の色を見せた。
「これはどういうことか」
「見ての通りだ。其方らの品格にはその虚無が相応しい」
またも、ヴェンガンザは相手の神経を逆なでするように言葉を紡ぐ。
相手の気分を害すると理解した上でそのような言葉を掛ける性格の悪さはヴェンガンザと言えど持ち合わせていない。ただ、相手の気分を害す様子を見るためだけにそのような言葉を紡ぐ性格の異常性を抱えているだけだ。
「クソがッ!! お前ら、やれ!!」
「ごろつきと言えど最低限の礼儀は持ち合わせているかと思ったが……少々気が荒いな」
気の強い言葉を吐けども、多勢に無勢の趨勢は変化しない。
相手が熟練した技術を持ち合わせていないとしても、人数が人数である。ヴェンガンザらを囲むのは十人程度。それに対してヴェンガンザとエネミーゴで二人。流石にこれでは勝敗の天秤も片方に傾かざるを得ない。
――――――結果、
エネミーゴの一人勝ちであった。
エネミーゴは体術が優れているわけではない。運動神経も特に高くはなく、相手の技量を測る瞳こそ持っているが、それ以上のものは何もない。
しかし、彼には体術に頼らずとも勝算を得る方法があった。彼は、その頭脳を用いた。
人間には決して動かしてはならない部分、決して曲げてはいけない部分、決して刺激を与えてはならない部分というものが存在する。そのような部分を最低限の動きで殺したに過ぎない。医学知識も少々齧っているエネミーゴであるからこそできる戦法ではある。しかし、ある一定以上の達人には全く効かないだろう。適当なごろつき相手だからこそ通じた方策である。
「咬ませ犬にも程がありますね」
「と言っても、取引には真面目に応じようとしていたのだな。生真面目な奴ほど負けていくというものだが」
それぞれに言葉を残し、エネミーゴとヴェンガンザは倒れ伏すスーツの男達を一瞥することもなく交渉物の入った箱のみ持って帰路に就いた。
「さて、第一段階は終わりですか」
「ふむ、して次は?」
既にヴェンガンザの参謀役としての地位を確立したエネミーゴに対し、ヴェンガンザは次の作戦段階を確認する。
「第二段階に移るとしましょう―――」
エネミーゴの瞳は、既に第二段階に視線を向けてはいなかった。
◇
「成程、確かに興味深い話だったね」
サンチェスがフィリアルの話を一通り聞き終えて、頷きながらそう言葉を返す。
フィリアルの話は、確かにサンチェスや三駒にとっても非常に重要な話であった。だがしかし、どうしてもフィリアルのことを信用しきれないのも事実である。
フィリアルとは関わりが余りにも少なさすぎる。
オルムンド城における国家警察との全面戦争にて、謎の協力者として姿を見せ、サンチェスらのことを「グレーな怪盗」と評した女性警官。それがフィリアルである。そして、サンチェスらにとってフィリアルについての印象も知識も、それだけであった。それ以上はない。
「それで? 今日味方だった君は、どこまで味方なのかな?」
フィリアルの話が真実であり、その提案も本心からのものならば、フィリアルはこれからもサンチェスらに関わっていかなければならない。その上で、フィリアルが今日ばかりは味方であり、真実を話したとしてもこれからもずっと味方であるという保証はないのだ。
明らかに疑っている、と隠しもしないサンチェスの問いかけに対し、フィリアルは―――、
「正直に言いましょう。私は、貴方達のファンなのよ」
問いに対する直接の答えではない、と指摘しようとしたサンチェスだが、ふと止める。
フィリアルの瞳は、何かを隠そうという欺瞞の意図を全く孕んでいなかったのだ。それどころか、その瞳は真実の輝きを絶え間なく周りに振りまいていた。
「私は、どうしようもなく貴方達のファン。だから―――、」
「私が貴方達のファンであり続ける限り、私は貴方達の味方よ」
どうしても、その言葉は曖昧で信用できるものではない。
しかし、サンチェスはその瞳の清廉さを信じることにした。これだけ、熱い告白を受けて全く信用しない、というのは女性経験の少ないサンチェスであっても是でないと理解している。
フィリアルの言葉が、真実なのかは分からない。それでも、その瞳だけは真実なのだ。その瞳が嘘をついていないなら、フィリアル自身も嘘をついていない。
「なら、信じるとしよう。ファンを持つ者はファンに応える義務があるだろうしね」
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次回投稿
「終に聞こえるは爆轟の音」
2月10日午後7時投稿予定です。
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