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大怪盗サンチェスの冒険記  作者: 村右衛門
サンチェスと全面戦争
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80.衝突後・漆

衝突後・漆



 サンチェスの狙いは、エドワード警視だ!!



 国家警察がサンチェスの狙いに気づいてから、数分が経った。

 オルムンド城内は広大だ。エクトル警部や警官たちは走ってエドワード警視の元へと移動しているが、いまだに誰もたどり着けていない。

 今のうちに、サンチェスや三駒がエドワード警視のところへと到達していたら……それどころか、サンチェスと別行動をとっていた三駒がすでにエドワード警視の宝石を奪ったうえで、逃亡を試みていたとしたら。

 エクトル警部は脳内に浮かび続ける悪い想像を断ち切る。


 今は、とにかくエドワード警視のもとに急ぐしかない。

 最悪のパターンの対処についてはその最悪の事態になってから考えればいい。

 


「エドワード警視!! サンチェスの狙いが絞れました!」

 エドワード警視のもとに、エクトル警部が走ってくる。


「エクトル君、プロフォンド警部補に伝令は?」

「行ってきました。そこで、サンチェスが二つ目の宝石の確認を。あとはエドワード警視のもののみです。エドワード警視はまだ本物を持っていますか!?」

 警官たちも今こちらに向かっています、と続けながらエクトル警部は相手よりも先に到着できた、と安堵する。


「うむ、まだサンチェスと接敵はしていない」

「いえ!! 先ほど私が伝令に来たと思いますが、それがサンチェスだったのです! もしかしたら既に偽物とすり替わっているかもしれない……少し見せていただけますか、私はある程度の鑑定ならば……」


「―――その必要はない」


 その瞬間、エクトル警部の周りに警官が現れる。

 先ほどまで物陰に隠れていたのだろう。

 


「サンチェスが変装しているのは、君の方だろう―――エクトル君(サンチェス)


「どうして分かったのです?」


「私の部下は馬鹿ではない。極秘任務について話すのに、声量を全く落とさないなどあるわけないだろう」

 エドワード警視はぴしゃりと言い放つ。

 サンチェスの口角が上がった。サンチェスが煙玉を投げる。



「よくぞお分かりで」

 煙が晴れたとき、そこにはサンチェスと三駒がいた。

 

「もうすぐ本物のエクトル君とその他警官がやってくるだろう。君に逃げ場があるようには思えないな。投降してはいかがか?」

 エドワード警視は視線だけでエクトル警部がまだ来ていないかと確認する。

 しかし、未だ足音も聞こえてこない。


「御冗談を。ここまで来て投降するわけもないでしょう。それより―――」

 サンチェスは、そこで一度言葉を切る。



()()()()()に守る価値があるのですか?」


「っ……!」


 サンチェスが何を指し示してそんなことを言っているのか、エドワード警視はすぐに理解する。そして、うっかり共感さえもしてしまいそうになった。

 本来、エドワード警視は自分の気持ちを押し殺してでもこの重要かつ極秘の任務を遂行せねばならない。それでも、彼の正義感が気持ちの殻を破ろうとしていた。


「これ、は……国家警察の威信の為だ」

 エドワード警視の声には先ほどまであったハリがない。

 本来ならば、問答をしている暇はない。すぐにでも逮捕する必要があった。

 周りに警官たちもいる。ここで、話しすぎてあとから追及されても困る。だからこそ、ここで問答をすることは出来ない。

 


「そうですか。では、私たちは貴方たちの威信を潰しましょう」


 サンチェスの声は、冷ややかなものだった。

 その双眸にも、義憤の焔が燃えている。

 その瞳を見て、エドワード警視は言葉を失った。

 本来ならば、自分たちが正義で、サンチェスたちは悪であって然りだ。

 しかし、この場においては自分たちは悪になっている。サンチェスが抱いている義憤は、決して間違ったものではない。



「この宝石が、どれだけに価値がなくとも、それでも、義憤ばかり募らせる怪盗に渡すほどに価値がなくなったわけではない」

 エドワード警視はふと、視線を強くする。

 どれだけ自分が悪いと感じても、ここで自分がやるべきことは変わらない。

 

 サンチェスを、逮捕する。

 ただ、自分がするべきことはそれだけだ。



「ふむ、直接対決はどうしても不利になりますね」

 サンチェスは策謀を巡らせているが、対人戦においてエドワード警視に勝てるとは思えていない。どうしても、警官として格闘術を鍛えてきたエドワード警視の方がサンチェスより上にはなってしまうだろう。



「―――奇術師は正面衝突をしません。そうだろう? 三駒」

「ええ」


 三駒が、その手に宝石を掲げる。

 エドワード警視が言葉を失った。咄嗟に自分の宝石を確認する。形自体はそこにあった。しかし、偽物とすり替えられたのだろう。



「では、これにて―――」

 サンチェスは煙玉を投げる。エドワード警視は、煙を吸わないよう口を覆いながら、足音が近づいてきていることに気づいていた。


 サンチェスと三駒が走って逃げていく。エドワード警視はその足音を聞きながら、どちらに逃げているのか、見失わないようにした。


 煙が晴れ始める。

 エドワード警視が逃亡したサンチェスと三駒を追うために走り出す。



「エドワード警視ッ!! サンチェスは!?」

 その時、エクトル警部が到着した。

 少し遅かった、と歯噛みするエドワード警視だが、それも仕方のないことか、と諦める。


「今先程逃亡した!! 私が追跡する!!」

「エドワード警視、服は!?」

「任せた!!」


 エドワード警視は、基本的に現場指揮を行うことすら少ない。

 だからこそ、服は運動がしやすいような服ではなく、しかも中には手錠や拳銃など、さまざまなものが入っている。

 サンチェスが逃亡し、エドワード警視が追跡を行おうとしている今、その服はただ邪魔なだけだった。

 エドワード警視が、エクトル警部に上着を放り投げて渡す。いつものことだった。

 中に入っているものもぶつかって困るものなど無い。

 いつも通りの備品以外であれば、既にサンチェスにすり替えられた、偽物の宝石があるくらいだ。



「くっ……やはり老いには勝てないな……」

 

 エドワード警視は言葉通りの化け物である。

 老いに勝てないなどと言いながら、三駒との差は今も縮まり続けているのだ。

 圧倒的と言えば、それで終わりだが、エドワード警視はそれにもとどまらない。

 


「―――奇術師は、正面衝突をしない、と先ほど言いましたね」


 三駒は、煙玉を投げた。


「毎回毎回、芸がない!!」

 

 エドワード警視は悪態をつきながらも煙玉を突破できない。

 毎回のようにサンチェスが使用している煙玉に、サンチェス対策本部として対応策を考えなかったわけではない。しかし、煙の吸引を行えるコンパクトな機械などは現在の技術では製造が出来ないのだ。

 国家警察は煙玉に対する対応としての有効打を持たない。これが、現状だった。


 しかし、文明的ではない方法だが、エドワード警視は煙玉による被害をある程度軽減する方法を確立していた。

 ただ、足音に耳を澄ます。ただ、それだけだ。


 煙玉が投げられると、どうしても無我夢中になって追いかけたくなってしまう。しかし、それではいけないのだ。まずは、静かにして足音がどの方向に向かっているかを聞く。

 そして、その方向に向かって追跡を行う。

 それが、エドワード警視なりの煙玉打開策だった。



「あと、ちょっと……!!」

 エドワード警視と三駒の差は先程よりもさらに縮まってきていた。

 しかし、ぎりぎりのところで煙玉を何度も使われ、結果的に追いつくほどには至っていない。

 ギリギリのところで躱される。それが続いていた。




「はぁ~あ、こんなことしても意味ないですね」



 

 突然、三駒が手に持っていた宝石を放り投げる。

 驚きの声を上げ、困惑したエドワード警視だが、まずは宝石の無事を確保することを優先した。

 三駒が投げた宝石が落ちてくるところを予測し、その地点で見事キャッチする。


「既に、私たちは本物を手に入れています」

 三駒はそう言う。

 エドワード警視は、三駒が何を言っているのかわからなかった。

 本物ならば、ここに在るのではないか。本物を手に入れている、とはどういうことなのか。


 そこで、自分の頭が冷静でなかった、とエドワード警視はふと思う。

 よくよく記憶をたどれば、何とも覆しがたい失態があった。


 何故、三駒が持っている宝石が本物だと断定できたのだろうか。

 それが、偽物だったりする、とは思わなかったのだろうか。

 ただ、偽物を取り出してすり替えた、と嘘を述べていただけではないか。ただ、それだけだったというのに、自分は偽物を追いかけていたのだ。



 しかも、本物はエクトル警部(本命であるサンチェス)に渡されてしまっている。

 


 冷静に考えれば、全貌が見えてくる。

 全てが、サンチェスの掌の上だったのだ。

 全て、操られていた。


 エドワード警視程の人が、操られていたのだ。

 何もかもを想定のうちに動かされ、都合のいいように動かされていたのだ。


 何もかも……!!

 エドワード警視は目の前に三駒がいるというのに、立ち止まって歯嚙みをする。

 しかし、エドワード警視の悪夢は終わらなかった。



 本来なら、位置を特定されないために持っていなかった無線機が、いつの間にかエドワード警視のズボンのポケットに入っている。


 その無線機から、声が聞こえてきた。




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