79.衝突後・陸
衝突後・陸
全面戦争の趨勢は、誰が見ても分かった。
このままでは、国家警察はサンチェスに敗ける。
どうしようもないほど、国家警察は劣勢に追い込まれていた。
これも、すべては第三勢力として乱入してきたフィリアルのせいと言っても過言ではない。第三勢力の乱入によって状況は混乱し、その混乱に乗じて、サンチェスが全てをかっさらって行ったのだ。
「対敵班、サンチェスがどこから現れるかもわからない!! 常に注意を」
対敵班の混乱を最小限に抑えながら、プロフォンド警部補は声を上げて指揮を行う。
これまで、現場指揮の任についたことはなかったプロフォンド警部補だったが、事あるごとに他の警官らと関わりを持っていたのが功を奏した。対敵班は今回の現場の中でも、特に連携がうまく行っていた。
「プロフォンド君、伝令だ」
対敵班を指揮するプロフォンド警部補のところに、エクトル警部がやってきた。
先ほどエドワード警視に極秘任務がサンチェスにばれていることを報告し、そのままの足でプロフォンド警部補のところまで来たのだろう。鍛えられたエクトル警部だったが、少し息を切らしている。
「エクトル警部っ!? 監視班の指揮をされているのでは?」
プロフォンド警部補もエドワード警視と似たような反応を返す。
エクトル警部は私にしか伝令が出来ない案件だ、と答えつつ、周りの警官から距離をとった。
「まさか、あの案件ですか!?」
小声になりながら、プロフォンド警部補がエクトル警部に尋ねる。
極秘任務は、本来国家警察のごく一部の人間しか知らないような情報だ。サンチェスがどのようにして知ったのかは全く分からない。
しかし、バレているのならそれは重大な問題だ。
「エドワード警視には報告を?」
「いや、これからだ」
エクトル警部はプロフォンド警部補と言葉を交わしながら、緊迫感を募らせる。
このままでは、国家警察側にとって、考え得る最悪の状況が訪れてしまう。
「もう既に宝石がすり替えられていたり……プロフォンド君のは大丈夫か?」
「……多分、問題ないはずですが……」
「見せてくれ。簡単な鑑定なら私にもできる」
そう言って、エクトル警部はプロフォンド警部補から宝石を受け取った。
そして流れるようにそれを懐に入れ、代わりに煙玉を取り出すと、その場で床に投げつけた。
「……っ!!」
「素直に渡していただき、感謝します。私の探しているものとは違うようなので、お返ししますね」
その煙を見て、周りの警官たちも驚いてプロフォンド警部補のところに向かおうとする。
しかし、それは至る所から上がった煙によって妨害される。
警官に紛れて潜伏していた三駒が、サンチェスの煙玉を合図に様々なところに煙玉を投げたのである。時限式で煙を吹きだす装置も、幾つか起爆させた。
「ごほっ、サンチェス発見!!、」
プロフォンド警部補が叫び声を上げる。しかし、サンチェスと三駒はそのまま、煙の中に消えていった。
これで、趨勢はほぼ決したと言っていいだろう。
サンチェスはエクトル警部の持っていた宝石を確認した。
サンチェスはプロフォンド警部補の持っていた宝石も確認した。
そして、どちらもサンチェスの探していた宝石ではなかった。
であれば、必然的にサンチェスの探し求めている宝石はエドワード警視の持っている宝石ということで確定だろう。
エクトル警部がエドワード警視に伝令に行っているのを確認してそこから思い付いた計画だったが、意外にもうまくいった、とサンチェスは三駒と合流しながら笑みを浮かべる。
今回の計画は、三駒の発案であった。
三駒が意見を出し、サンチェスが細部修正を行いながら実際に成功させたのだ。
「いやぁ、上手くいった。お手柄だ、三駒」
「それはよかったです」
言葉を交わしながら、二人は走る。
エドワード警視が探している宝石を持っていると分かったならば、あとは簡単だ。
エドワード警視からその宝石を奪うだけで、サンチェスの勝利はほぼ確定する。
「プロフォンド君、伝令を―――」
「エクトル警部!! 申し訳ありません、サンチェスに確認されました」
「なっ……!! 遅かったか」
「どうしますか、エクトル警部!!」
エクトル警部は唸った。
この状況で、何かが出来るようには思えない。
何もかもが、サンチェスにとって都合のいいように動いているのだ。
最早、勝負の女神がサンチェスに微笑んでいるとさえ考えてしまう。それほどに、総てがサンチェスにとって都合がいい。
今、この状況での最善策は何か、とエクトル警部は思考を巡らせる。
すぐにでも、サンチェスがエドワード警視のところへ行くことを阻止しなければならない。
―――いや、難しく考えすぎなのではないだろうか
エクトル警部は逡巡の末に、ふと思い至る。
いつもそうだ。エクトル警部はサンチェスの計画を阻止しようとしていつも考え、考えすぎて結果として失敗してきた。
そこまでしっかり考える必要もないのではなかろうか。
本当は、もっと簡単なことなのではないだろうか。
深く考えすぎるからよくないのだ。瞬間的に考えたことをまずは実行する。
追い詰められている国家警察に必要なのは、間違いなく行動力だ。
「逆だ。サンチェスにエドワード警視を狙えばいいとバレたのではない。我々は、サンチェスの狙いがはっきりと分かったんだ」
エクトル警部が声を上げる。プロフォンド警部補もはっとした表情になった。
常に、サンチェスを相手取るのであれば発想の転換は必須だ。
サンチェスと同じ土俵に立つためには、そもそも発想を転換して考え方を簡略化していかなければならない。
「方法は問わない。サンチェスの目的がエドワード警視であることを警官たちに周知、対敵班はエドワード警視のところへ急行、遊撃班は軽く周りを囲ませ、監視班は万が一サンチェスが逃亡しようとした時の檻の役目を果たす!!」
エクトル警部が早口で捲し立てる。
プロフォンド警部補はその場ですべてを記憶して、警官たちに指示を出すべく、駆け出した。
「サンチェスの狙いが分かった!! 対敵班はエドワード警視のところへ急行!!」
プロフォンド警部補の叫び声が聞こえる。
対敵班の警官たちが動き出し、その流れに乗ってエクトル警部もエドワード警視のところへと急いだ。
「まだだ。まだ、国家警察は負けていない」
エクトル警部が小さく呟く。
趨勢は、サンチェスの勝利へと着実に動いている。
それでも。
国家の治安を守る平和の使者たる国家警察が、状況の有利不利に一喜一憂し、ましてや諦めるなど、あってはならないことだ。
エクトル警部は、ここからでも逆転できる方法を思いつくことは出来ない。
それでも、サンチェスが勝利することだけを防ぐため、少しでも行動する方法なら思い付くことが出来る。
何も、サンチェスを一手で仕留めなければならないわけではない。
サンチェスが一手を出すことを防ぎながら、小さな一手を出し続ける。
それだけでも、国家警察は勝つことが出来る。
全面戦争は、佳境へと差し掛かる。
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