78.衝突後・伍
衝突後・伍
フィリアルの名乗りを聞いて、サンチェスと三駒は目の前の人物の見た目と名前が合致していないことに疑問を抱く。
「あぁ……、偽名じゃないわ。ただ役所を通していないだけよ」
それはつまり、偽名ということではないだろうか、と思いながらサンチェスらは指摘するのを控えた。
そのせいで話が進まなくなってしまっても困るのだ。
「では、お互いの名乗りも済んだところで、幾つかお尋ねしても?」
有無を言わさぬような言葉だった。
先ほどサンチェスに対する勝策を見つけられず、敗北を認めたフィリアルは今回こそは反駁も攻撃もしなかった。
「何故、私たちの目的を理解した上で、協力するような行動を?」
はじめから核心をつくような質問だった。
フィリアルの正体に、大きく近づくであろう質問だ。
「ああ――――――私も怪盗なのよ」
フィリアルの言葉に、サンチェスも三駒も同様に動きを止めた。
この場で、その言葉が出てくることを、二人とも全く予想していなかったわけではない。それどころか、そのような理由が出てこない限りは彼女の行動は説明できなかった。
だけれども、実際にその言葉が出てきてしまうと何とも信じられない、という言葉がまず脳裏に浮かぶ。
自分達だってそうだというのに。
「厳密には、〝元〟怪盗かしら。最近はしてなかったのよ」
フィリアルは、困惑で言葉を失ったサンチェスや三駒の代わりに言葉を紡ぐ。
「少しミスをして、逮捕された時があった。それを機に、こんなこと止めてしまおう、って思ったわ。でも、こっちに来て、貴方の情報を知って、面白いと思ったの。こんなにもグレーな怪盗もいたもんだ、って」
わざわざ助けたのは、ただの気まぐれよ、と続けながらフィリアルは笑いを溢す。
口調こそ、年相応だが、ふふ、と笑いを溢す様子は見た目よりも少し幼く見えた。
「では、怪盗の活動の一環として、先程の行動を行った、と……?」
サンチェスは先程とは一変、何ともはっきりしない声色で尋ねる。
怪盗の活動の一環、ってなんなんだろう、と怪盗の活動の一環として今ここにいる三駒は思ったが、話をややこしくしてもいけない、と口を噤んだ。
「少し違う。なんと言ったらいいのかしらね……怪盗の定義にもよるとは思うのだけれど……」
少し難しい話になってきて、フィリアルは自分が言い始めたことなのにもかかわらず自分で頭を抱えだす。
「難しいのなら深々とは聞きませんが、一つだけ確かめたいことが―――貴女は、私たちの敵ですか?」
敢えて味方ですか、とは問わずにサンチェスは敵ですか、と問う。
未だ、サンチェスはフィリアルに対して心を許してなどいなかった。
「そうね―――、少なくとも今は味方。そう答えておきましょうか」
フィリアルの答えもまた、曖昧なものだった。
言の葉の境界が溶けかけている。
お互いの視線が交錯する。
しかし、その拮抗は一瞬も続かなかった。
サンチェスが視線を逸らす。
「何やら不躾な客が来たようです。今日はこの辺りにしておきましょうか。どうせ、これからも何度かは会うことになりそうだ」
遊撃班であろう警官が近づいてきていた。
サンチェスは、足音などからその警官との位置関係を脳内で弾きだし、ここからの脱出ルートを探る。
数瞬にも満たぬ逡巡ののちに、サンチェスは小さく頷いた。
「では、またお会いしましょう」
サンチェスは一言を残して、三駒と共に一礼、その場から去った。
軽い破裂音が響く。
一瞬遅れて、フィリアルは今煙玉が使われたのだと気づいた。
漏れた煙が警官の視界に入ったのか、先程まで歩いて捜索を行っていた警官が走り出す。
ここは自分も脱出しないといけないか、とフィリアルは動き出した。
「本当に、グレーな怪盗さん」
誰に向けてというわけではない。
小さな呟きだった。
それが、自分の口から洩れたのだ、とフィリアルは遅れて気づいた。
* * *
―――これは、ほぼ同時刻、日本警視庁にて
「嶋野警部、お疲れ様です。資料室に長時間籠っていたようですが、何か探していらっしゃったんですか?」
「ええ、少し昔の事件を」
そう言って、嶋野警部と呼ばれた女性は一つのファイルを見せる。
「? その事件って、嶋野警部が解決したやつですか? 珍しい事件でしたよね……」
「ええ、まさか自ら怪盗を名乗る窃盗犯は珍しい。と言っても、情報統制であまり世間には知られていないけどね」
「なんでその事件を? すでに解決した事件ですけど……何か気になる点でも?」
「ううん、少し懐かしくてね」
「珍しいですね。嶋野警部って自分が解決し終わった事件にはあんまり興味ないのに」
「そう?」
* * *
「サンチェスのものらしき煙を発見したと報告がありました!! 発見した警官は話し声も聞いていたことからサンチェスらが今後の作戦を話し合っていたのではないかと」
国家警察にも動きがあった。
サンチェスの煙玉を発見した警官がすぐに報告、サンチェスのいるであろう場所に警官らが殺到したのである。
しかし、結果としてサンチェスも三駒も、その姿さえも確認することは出来なかった。
サンチェスが本当に隠れようとしてしまえば国家警察の精鋭と言えど見つけることなどできない。それほどに、サンチェスの隠密能力は高かった。
煙の目撃場所付近を捜索していた国家警察だったが、少し探しても全く発見できそうにないのでエドワード警視の指示によって捜索範囲が広げられることになった。
現在、戦況は国家警察側に不利に動いていた。
開門することによってサンチェスが外に逃げてしまうかもしれないという懸念があり、外部から国家警察の応援を要請することも、出来ない。
加えて、フィリアルという第三勢力によって現場が混乱してしまっているのもよろしくない。
警官らは状況が分からなくて困惑し、どうしても誤情報が錯綜し出すのだ。
そんな現状を憂えるエドワード警視のもとに、爆弾が投下された。
「―――? エクトル君、何故ここに」
本来ならば城壁周りで捜索班を指揮しているはずのエクトル警部が、オルムンド城の中央部分であるここに来ていた。
捜索班は、サンチェスの侵入を防ぐための班だが、サンチェスの侵入が明らかに確認された今でも、当然のことながら重要な役割を担っている。サンチェスが、オルムンド城から脱出するときの包囲網となる、という役割が。
いつサンチェスが脱出を画策するかは分からない。そんな状況で、現場指揮を一任されているエクトル警部が持ち場を離れているのは良いことではなかった。
エドワード警視は意図的に視線を鋭くしてエクトル警部にここに来た理由を問う。
「サンチェスのことで、私しか伝えられないことが」
その言葉を聞いて、エドワード警視は最悪のパターンを想定する。
というより、それ以外にはないだろう。
エクトル警部にしか伝えられないこと、と言われればそれだけしかない。
「まさか、バレたか」
「はい、サンチェスはこちらの極秘任務についても知っています。そして、報告が行っていると思いますが、女性警官も、その内容を知っているような素振りを見せました。私の宝石については確認されてしまっています」
連続して出された情報。
そして、その全てがエドワード警視にとって想定通りであり、最悪のパターンだった。
サンチェスがなぜ、国家警察の極秘任務のことを知っているのかは分からない。
しかし、知っている理由が如何であれ、国家警察にとっての不利がさらに極まったのは言うまでもない。
「プロフォンド君にそれは?」
「今からです。これは他の人に伝令を任せられなかったので」
「分かった。急いでくれ」
勝利の天秤が、サンチェス側に傾きかけていた。
オルムンド城での全面戦争は続く。
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