76.衝突後・参
衝突後・参
現場は混戦状態だった。
先ほどまではサンチェスと三駒という犯罪者サイドとエクトル警部と警官らという国家警察サイドの対立、というように状況が明確だった。
だというのに、突然登場した謎の女性警官によって第三勢力の台頭、結果としてどことどこが対立しているのか、そして対立するべきなのか―――明確でない。
そもそも、女性警官の行動にはどのような意味があるのか……。
サンチェスや三駒との関係性はどのようなものなのか。
味方なのか、突然現れた第三勢力でしかないのか。
全てが、はっきりしない。
何がどうなっているのか、警官らは勿論のこと、エクトル警部やサンチェスでさえも理解できていなかった。
サンチェスは、元々このような状況を予想していたわけではない。
エクトル警部は彼女もサンチェスの計画の一部ではないかという仮定の下で思考を巡らせているが、実際にはサンチェスとしても彼女の思惑を測りかねているところなのだ。
そもそも、その正体さえ分かっていないというのに、思惑など測れるわけもないが。
「………ッ!?」
突然に、女性警官が懐から拳銃を取り出す。
しかし、それは誰にも向けられることなく、天空へと標準が定められた。
よく見れば、その拳銃は通常の拳銃とは少し形が違う。
銃口がいように太く設計されているのだ。
それが拳銃ではないと気づいたエクトル警部が、あっと声を上げる。
「ッ……、それを撃たせるな!!」
エクトル警部の叫びに反応できた警官は数名―――しかし、その叫び声を合図にするかのように、引き金は引かれた。
撃鉄の落ちる重い音ではない―――サンチェスの煙玉のような軽い破裂音だった。
彼女の持っていた銃から煙が上がる。
拳銃に見えたそれは、信号弾銃だった。黄色に着色された煙がもくもくと上がる。
エクトル警部は、それが何らかの合図になり得ると覚って銃を撃たせるな、と指示を飛ばした。
そして、エクトル警部の予想は的中する。
黄色い煙が上がったのを合図に、至る所から爆発音と水飛沫の上がる音が聞こえ始めた。
エクトル警部が海へと視線を向ければ、周りの岩礁一つ一つで水が破裂し、飛沫柱を作っていた。
そんなことをして、何の意味があるんだ、とエクトル警部は思考し、そこで行動の本質を理解する。
この行動自体には全く何の意味もない。それによって何か国家警察側に対する攻撃が成立するわけでも、防御が成立するわけでもない。
これは、視線誘導だ――――――。
ふと視線を戻せば、そこに先程の女性警官の姿はない。
壁下から、ポチャリと音が聞こえた。
少しすれば、モーターの駆動音も聞こえてくる。
エクトル警部は先程の女性警官が見事逃亡せしめたのだと覚った。
そして、サンチェスもまた、そこにはいない。
全て、してやられたのだ、とその場でエクトル警部は理解した。
「―――報告、サンチェス逃亡。繰り返す、サンチェス逃亡」
無線機を持たないエクトル警部に代わって、周りにいた警官が全体に報告を回す。
エクトル警部は自らの失態を悔やみながらもサンチェス捜索のために警官らを配置しなおしている。
サンチェスは既にエクトル警部の近くにいないだろう。
エクトル消え部の近くにいる必要があった先ほどとは違い、サンチェスらは既に目的を果たした。
謎の女性警官が、その目的遂行を手助けしたのだ。
エクトル警部らの中には、既にサンチェスと女性警官の間に仲間関係があるという認識があった。
それも当然のことである。
サンチェスが窮地に立たされた時に突然現れてサンチェスらの逃亡に手を貸し、サンチェスが秘密裏に目的としていた行動も手助けした。
後者について把握しているのは全ての実情を知るエクトル警部のみだが、前半だけでも証拠として十分だった。
「あと二つ、サンチェスが確認し終わるまでに捕獲せねば………」
エクトル警部は使命感に駆られてオルムンド城内部を見据えた。
「対敵班、状況は逐次報告、周りを常に確認しなさい!!」
プロフォンド警部補の声が響き渡る。
オルムンド城内、饗宴の間にて―――、シャンデリアが煌々と照り付ける中で、プロフォンド警部補の指揮で動く対敵班が索敵の目を光らせていた。
サンチェスが逃亡したという報告は既に届いている。
そして、謎の女性警官の存在についても報告が回ってきていた。
しかし、彼女は既に城外に逃亡し、一部の警官隊が捜索も行っていると報告が来ており、プロフォンド警部補はその女性警官については謎が残るものの、脅威ではないと判断を下していた。
この場で、対敵班に属する自分たちがすべきことは、謎の女性警官の正体について思考を巡らせることではない。
サンチェスから数々の宝石や貴重品を守り切る事、それが対敵班の最も重要な責務だ。
その事を、プロフォンド警部補ははっきりと理解していた。
だからこそ、はっきりと意識を切り替えていた。
プロフォンド警部補にとって、護るべきは既に決められている。
自分の持つ、最も最重要な任務について、彼女は理解している。
エクトル警部やエドワード警視と並び、国家警察側でこの情報が開示されているのはプロフォンド警部補もだ。
自分たちだけの極秘任務を聞いた時に、気が乗ったわけではない。それどころか、嫌気さえさした。
本来ならば、自分たちが受けるべきではない仕事。
しかし、受けなければならなくなってしまった仕事。
この真実が露見すれば、サンチェス云々の話では済まない。
それこそ、スペイン国家警察の威信にかかわる。
プロフォンド警部補らは、スペイン国家警察の管轄下にあるすべての地域の治安の為に、罪の隠蔽を行っているのである。
――――――罪が暴かれる刻が近づく…………
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