74.衝突後・壱
衝突後・壱
「お久しぶりです、エクトル警部」
「全面戦争開戦の火蓋は、ここで落とされました。証人はエクトル警部、貴方だ」
午前四時、オルムンド城外壁にて――――――サンチェスと国家警察、衝突
「―――ッ! 逮捕だァ!!」
エクトル警部の声が張り上げられる。
警官隊が一斉に動き出した。
サンチェスは、華麗に一礼するとどこからやら、煙玉を取り出し、地面に投げつける。
ボフン、と軽い破裂音、白い煙が警官隊を覆った。
「慌てるな!! サンチェスは超能力者じゃない、煙に乗じて人間が逃げようとしてるだけだ!!」
エクトル警部は叫びながら、自らの上着を脱ぎとり、大きく扇いで煙を霧散させようとする。
近くにいた警官らもエクトル警部を見習い、煙幕の出たところを円状に包囲しながら煙を消そうとする。
しかし、煙が消えたとき、そこに残っていたのは虚無だった。
「クソッ、逃げたのか……急ぎ、対敵班と連携、サンチェスの出現を共有しろ!!」
「はっ!!!」
エクトル警部は警官らに指示を出してから、一人悩む。
サンチェスは、どこに逃げたのか――――――。
警官らは煙玉に比較的早く対応した。
すぐに煙幕から脱出・包囲した。サンチェスが警官らの間を通り抜けて逃げようとしたのであれば、誰かしら警官が気付いたであろう。勿論、そんなことはなかった。
では、どうやって――――――。
そこで、エクトル警部はある一つの仮説を打ち出す。
今までにも何度だって使われてきた方法、それは――――――
「警官だ!! サンチェス及びその徒党を組むものは警官に扮している!!」
はじめ、サンチェスと三駒は警官に扮して近付いてきた。
そして、サンチェスが煙玉を投げたとき、その煙幕は警官らを覆ったのだ。
つまり、その隙に煙幕を包囲した警官らに紛れることは容易かっただろう。
その実、簡単に過ぎる手品だ。しかし、これまでも、そして今回も、サンチェスはこの手段で国家警察を欺いた。
心理学の一つの要素に、「ドレス効果」というものがある。
自らの来ている服装に精神が左右されることを示す、逆も有り得る。
警察官の制服を着ている人を安易に疑うことはないように、エクトル警部を含む警官らは同じ警察の制服を着ているサンチェスと三駒を、無意識に仲間だと認識していたのだ。
サンチェスは何も、エクトル警部らに理解できないことをやってのけているわけではない。
理解することは易い。基本的には実行だって不可能じゃない。
それなのに、実際に行われてしまえばその手品のタネを理解することは難しい。
それが、サンチェスの手法だ。
「オルムンド城に侵入した方法も……多分」
エクトル警部は悔しそうに呟く。
全てはサンチェスの思い通り、自分たちは掌で踊る踊り子だ。
サンチェスの思考に打ち勝つために、何も新しいことを考えて迎撃する必要はない。ただ、冷静に思考を回すこと―――ただそれだけで、サンチェスには打ち克てるだろう。
サンチェスは何も、目新しい方法を使って向かってくるわけではないのだから。
「エクトル警部!! 遊撃班がサンチェスを発見、オルムンド城南西尖塔付近とのことです」
警官が報告に来る。
またも、二人――――――
「成程、余程仲良しに見える。初めは冷静さを欠いていて見逃したが―――警官らには単独行動を命じている。最近は忙しくて人手が足りなくてな」
エクトル警部が、警官の手首を掴む。
「それは知りませんでした。備えが足りませんでしたか」
警官は、まさしくサンチェスと三駒だった。
「何故、わざわざ私の元に戻ってきた……?」
エクトル警部は警官二人を睨みながら問い質す。
警官ら―――サンチェスと三駒は手首を掴まれ、他の警官らに囲まれた状況で、抵抗の一つもせずに佇んでいる。
エクトル警部は、サンチェスの行動の意図にあてがあった。
しかし、これは最高機密のはずだ。エクトル警部、プロフォンド警部補、そしてエドワード警視以外の誰も知らない―――はずだ。
エクトル警部の心臓に冷や汗が滴る。
「エクトル警部、問いに問いで返すことをお許しいただきたい。何故、貴方方警部補級以上の刑事たちはそれぞれの配置場所が離れているのに無線機を所持していないのですか」
その問いは、エクトル警部の予想を裏付けてなお余りあるものだった。
サンチェスは確実に、エクトル警部らの狙いに気づいている。
「『無線機の電波から居場所を特定させない為』でしょうか……。ですが、だとしたらなぜ」
エクトル警部は、サンチェスの後ろにじりじりと迫りくる死神を見た。
鎌を構えていつでも首を虚無に挿げ替える用意が出来ていると言わんばかりに威圧感を放つそれは、本来ならば優位であるはずのエクトル警部の精神的優位性を覆すには十分だった。
「貴方方は、警官たちには『サンチェスの狙いが明確でない』と伝えつつも、本当は私たちの狙いには気づいている。そして、その対策も万全―――だったはずだ。そうでしょう?」
頷くことは、絶対に許されない。
しかし、ここで頷いてしまいたい、という欲求が激しくエクトル警部を揺らした。
実際、そうなのだ。
警官たちには国家警察が想定している『サンチェスの本当の狙い』はまったく知らされていない。
その情報を警官たちに伝えることのリスクの大きさが、国家警察上層部の動きを牽制したのだ。
上層部の必要最低限の妥協によってエクトル警部ら―――警部補級以上の刑事らには国家警察の考え、そして関連する真実についての情報が開示されている。しかし、警官らにはそれが伝えられていない。
この事実は、国家警察全体の信頼を揺らがすことも有り得る程のことだ。
サンチェスが、そこを目的としてこの情報を警官らにもわかるように開示したのかは分からない。サンチェスのことだ、本来の目的の副産物的な扱いとして警官たちにも知らせたのかもしれない。しかし、国家警察としてはこれ以上ないほどの痛手になった。
「どうしたのですか、エクトル警部。私の言っていることが全て間違っているのなら、ただ否定すればいいだけ―――そのはずでしょう。否定すればいいのです、この警官たちの見守る中で」
サンチェスはエクトル警部を追い詰めるように言葉を重ねる。
サンチェスとしても、今の状況は全くの想定外であり、エクトル警部に変装に気づかれ、手首まで掴まれるとは、予想していなかった。
だからこそ、手札の一つをここで切らざるを得なかった。
本来ならすべてが終わった最後に切るはず―――作戦内では使わないはずだった切り札を。
サンチェスと、エクトル警部が睨み合う。
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