73.衝突
衝突
オルムンド城にて、国家警察が厳戒態勢を敷く中、少し離れてオルムンド海海岸線で―――
「本当に、一時間後でいいんですね?」
「男に二言はないさ」
「この場合は二言どころか三言、四言あっても判断が覆るなら気にしませんけど」
望遠鏡を覗きながら、不穏――とも違うがコミカルでもない――な言葉を交わす二人の人影があった。
オルムンド城に惹かれる国家警察の厳戒態勢―――それに対抗するためにはサンチェスらが厳戒態勢の敷かれる前にオルムンド城内に侵入する必要がある。
若しくは、警察関係者に扮して潜入しなければならない。
それだというのに、オルムンド城に厳戒態勢が敷かれようとする今、サンチェスと三駒はオルムンド城周辺海域にいるどころか、海岸線の岩場から動こうともしていなかった。
サンチェスが余裕そうに一時間後、というのに対し、三駒は現状の圧倒的不利を悟っていた。
サンチェスとて、三駒の言いたいことを理解していないわけではないし、何の確証もなく自分の不利になるように状況を操作しているわけでもない。
「まあ、今回はレオパルドがいないようだから、大丈夫だよ」
そう言うサンチェスに、三駒は小さく首を傾げる。
「貴方の幼馴染……でしたか。正直、今までの資料を見ては彼が特段脅威と思えませんが」
「まあ、確かにね」
「では何故―――」
「実際、レオパルドは体力勝負で僕に勝てたことがない。今までは大体が鬼ごっこみたいなものだったからね、正直、レオパルドに勝ち目はない―――。けれど、今回のように入り組んだ現場では、あいつが一気に活躍する」
「あいつ―――レオパルドは僕のことを今まで観察してきた。こちらの行動予測が活きる今回の現場では、あいつの独壇場なわけだよ」
サンチェスの言葉に、三駒は謎の説得力を感じた。
サンチェスの言葉は、どこかレオパルドを妄信しているように聞こえないでもない。しかし、レオパルドがサンチェスを今まで何度も観察し、分析してきた程には届かないとしても、サンチェスもまた、レオパルドをよく知っている。
〝幼馴染である〟という言葉は、偉大である―――。
幼馴染だから、サンチェスはレオパルドについて言葉をなせる。
幼馴染だから、三駒はレオパルドに関するサンチェスの言葉を疑うことが出来ない。
どうしても、幼馴染だからこその知識の差が生じてしまう。
三駒は、サンチェスとレオパルドが幼馴染であるから、サンチェスの言葉をただ妄信するしか、出来なかった。
「監視班、配置完了しました。現在、侵入を試みる者はいません」
「対敵班、配置完了です。現在異常はありません」
「うむ、遊撃班についても行動を開始した。現在は多くの班が索敵の補助を行っている」
エクトル警部とプロフォンド警部補、そしてエドワード警視が集まった。
各班の配備が完了し、その事を報告するためだ。
―――現在時刻午前4時、国家警察厳戒態勢
緊張状態――――――
サンチェスがいつ来るか、エクトル警部らは知らない。
どの警官も、サンチェスが約一時間前に適当な理由を根拠に侵入時間を決めたとは知らない。
知らない、という状況は人間にとって最もといっていいほど恐ろしいもので、警官たちは全員、緊張状態から抜け出せていなかった。
はじめは緊張を感じさせない働きぶりを見せていたプロフォンド警部補も、表情をこわばらせ、少しの物音にも反応せざるを得ないほどの緊張状態であった。
そんな状態での、爆発音―――――――――
監視班に緊張が走る。
轟、と鳴った爆発音は、オルムンド城より北北西、オルムンド城周辺海域からのものであった。
この状況、サンチェスに依らぬものとは思えない。
「エクトル警部! 監視艇の出航許可を!」
「ダメだ」
「何故です! あの爆発は自然的なものとは考えられません、そしてこの状況、サンチェスが出現したとしか………今行かなければ、居場所がつかめないままです!」
監視班の警官は、エクトル警部に詰め寄る。
しかし、エクトル警部は頑なに首を縦に振らなかった。
「今、外に出るために城門を開ければ、サンチェスがその隙に侵入しない、と何故言える? あの爆発が、陽動でないとどうして断言できる?」
エクトル警部のはっきりとした物言いに、警官は押し黙る。
しかし、エクトル警部の言う通りだった。この状況で、爆発がサンチェスによるものであることは明々白々だ。だが、爆発を起こす理由がない。
城門を破壊するためならいざ知らず、誰もいない海上で爆発を起こすなど、全くの無意味だ。
つまり、先程の爆発が陽動であるとしか判断できないのである。
今現在の状況は、サンチェスがオルムンド城にすでに潜入していることはない、という前提の上に成り立っている。サンチェスに留まらず、何者もオルムンド城内に入れないようにすることでサンチェスをそもそも城内に入れないのだ。
それなのに、城門を開けてサンチェスが入った「かもしれない」という状況を作ることは、絶対に避けなければならないのだ。
「すみません……、判断を急ぎました」
警官は、一礼してエクトル警部の前を去り、持ち場に戻った。
エクトル警部は、その視線を警官から先ほど爆発の起こった海上に移す。
その爆発は、突然のことだった。サンチェスが、爆発物を設置しに来たのならば監視班が発見していてもおかしくない。つまり、これは今日以前、少なくとも国家警察が監視班を配備するまでから準備されてきたものなのだ。
これまで、サンチェスは陽動などを作戦に組み込んだことは少なかった。
いつもいつも、馬鹿正直に真正面から国家警察にぶつかっていた。
それが、突然にこれだ。
〝決戦の日〟という言葉が、エクトル警部の脳内にフラッシュする。
サンチェスの言う全面戦争が、これから始まるのだ。
「エクトル警部!!」
突然、警官が二人、何かに気づいたのか、エクトル警部のもとに走り寄ってきた。
「お久しぶりです、エクトル警部」
「全面戦争開戦の火蓋は、ここで落とされました。証人はエクトル警部、貴方だ」
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