71.サンチェスと火蓋
サンチェスと火蓋
「さて、遂に私たちに仕事が舞い込んだ」
そう言って、エドワード警視は封筒をひらひらとはためかせる。
エクトル警部とプロフォンド警部補はそれが何かを悟り、固唾を飲んで次のエドワード警視の言葉を待つ。
それは、久しぶりに舞い込んだサンチェスからの予告状であった。
SCS発足から早一か月―――。
彼らの初仕事だ。
「では、中身を読み上げよう」
エドワード警視は封を開け、一枚の紙を取り出す。しかし、そこで一瞬動きを止め、顔を顰めた。
これ以外に何も入っていないのか、と封筒の中身を見るが、いやに広い虚空があるだけだった。
紙を裏返しても見たが、他に何か記述があるわけではない。
「翌週の満月の日、オルムンド城にて海戦の火蓋が切って落とされるでしょう。」
ただ、紙に書かれていたのはそれだけの一文だった。
今更になって、「満月の日」などと予告状らしい文言を使うようになったものだ、とどうでもいいことも考えながらエクトル警部は思考を巡らせる。
オルムンド城とは、スペインの古城跡だ。戦争で実際に使われていた当時は難攻不落の城として君臨していた。
オルムンド城が難攻不落の要塞として名高い所以には、その立地がある。
海と険しい岩礁に囲まれ、高い城壁を湛えるその城には侵入することさえ至難だ。
加えて、侵入可能な経路は一つだけ、味方の通ることのできる北西の門のみ。
その門を封鎖してしまえば、サンチェスと言えど近付くことは出来ない。船で近付けば勿論視認される。だからと言って、泳いで上陸するには明らかに距離がありすぎる。
オルムンド城は裏道や隠し部屋も多いことで有名だが、それらすべてが内々で通じているもののみ。オルムンド城に万一でも侵入された際、支配者を比較的安全に門まで連れていくために利用されてきたものだけだ。
流石のサンチェスであろうとも、今回ばかりは進入さえできないままに警察に捕まるだろう。
しかし、サンチェスのことを今まで何度も担当してきたエクトル警部は理解している。サンチェスは、予告状を出したということは何らかの勝機を見出しているのだ。
予告状を出したうえで何も行動しない、予告状とは別の行動をとる、ということは一切しない。
それが、サンチェスという人間だ。
良くも悪くも、これまで予告状が間違ったことなど無い。これでは、予告状というより予言だ。
「オルムンド城は国の所有物だが、この日は我々国家警察に全権限を譲渡してもらうよう、上が掛け合った。本来なら今日から準備を始めたいところだが、国も体裁を守らざるを得ないんだろう」
エドワード警視は、影で歯を嚙む。
上も上で国を立てて媚を売っておくことも必要だったんだろう。
一日だとしても、国家警察に全権限を譲渡してもらえるところまで持って行けたなら、それで及第点だともいえた。
一日だけ―――。
一日で、全ての準備を終わらせてサンチェスとの決着もつける。
エドワード警視は改めて覚悟を決めた。
「これは、サンチェス対策本部創設―――と言ってもそんなに時間たってないが―――最大の事件となる。皆、気を引き締めてかかるように」
「「はっ!」」
エクトル警部は敬礼を崩しながら、自らのデスクへと戻った。
目の前のコンピュータを立ち上げて「オルムンド城」と検索する。
以下はオルムンド城に関連する情報である。
「オルムンド城」
1787~89年間の××戦争にて使用された古戦場。
スペイン国内の代表的な海城として知られる。
その名称は、オルム海に位置することから名づけられた、とする説が有力である。
建城は1785年であり、××戦争において四つの主要な砦の一つとして指揮系統の重要部分を司る。
オルムンド城の城主となった指導者は時期によって変化しており、城主が何度も変わった城としても知られる。
終戦時にもオルムンド城が落城することはなく、その城主が自軍の劣勢を理由に降伏するまで城が敵の手に渡ることはなかった。
現在では国立の××戦争資料館として運営されており、××戦争に関連する資料が保存されている。
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