70.サンチェスとチラつく影
サンチェスとチラつく影
「さて、三駒君。君はもう気付いているかい?」
「ええ。既に、狙撃手が五人ほど。……東西南に一人、北に二人ですね」
サンチェスは、ガタリと音を立てて椅子から立ち上がる。
それに合わせて、三駒が視線を上げた。
「いやぁ、素晴らしい!」
サンチェスは、拍手を始めた。何とものんきな様に、三駒はこれがサンチェスなのだと改めて認識した。
「仲間が出来たらこれをやってみたかったんだよねぇ」
あー面白かった、と言いつつ、サンチェスは椅子にもう一度かけた。
三駒はと言うと、何とも言えない複雑な表情を浮かべている。
スペインに帰国し、国家警察の監視下にない隠れ家に到着して早々、行われたのは茶番劇だった。
何とも拍子抜けした三駒ではあったが、サンチェスはこうなのだと、印象付けられたものでもあった。
「―――で、だ。茶番劇は終わらせて……。とても重要な情報をお知らせしましょう」
サンチェスは肘を机に立て、祈るように絡めた両手に顎を乗せた。
「国家警察は、我々に対する特殊機関を設立した」
どうせ、また茶番劇のようなものをし出すのだろう、と安易に予測していた三駒の表情が明らかに強張った。
国家警察の特殊機関、それもサンチェスと三駒という二人の犯罪者に対してのみの専門性を高めた組織が設立された、ということはそれだけサンチェスが国家警察に重要視されているということでもある。
犯罪者の中での最高勲章を得たも同然だ。
「だが―――、三駒君、君はまだしっかりとは認知されていない。つまり、これが最後のチャンスだ。ここから逃げ出し、国家警察に駆け込めば、国家警察が保護してくれるかもしれない。信憑性が足りないというならば私の居場所を売ればいい。それだけでも、国家警察は君のことなど、気にも留めずにこちらに来るだろう」
サンチェスの表情は、真剣であった。
これまで、サンチェスは三駒を仲間として認めてからも何度となく考えた。
三駒は、サンチェスからパスポートを掏るほど、「そのような技術」に長けている。だが、精神まですべてが犯罪者となったわけではないということを、サンチェスはその感覚で感じていた。
彼の人生で何があったかについては、未だ聞くことが出来ていない。
だが、その出来事がなければ、彼がこのような状況に陥ることもなかったのであろう。
ただ一つの出来事、それによって彼の人生が狂わされた。
―――だが、まだ戻る。
サンチェスの仲間となる、という決定をすれば、そのチャンスさえも消え去るのだ。
サンチェスは、半強制的に彼の人生を狂わせる引き金を引くことだけは、したくなかった。
「ここで、選択問題だ」
「国家警察に逃げる、私のもとに留まる。―――さあ、どちらが正しい?」
「国家警察に逃げる」
即答だった。
その思考時間、一秒にも満たず。
サンチェスは笑みを浮かべた。
三駒も同様に、笑みを浮かべていた。
「ですが、僕は、もう既に正しくない人間です」
こうして、サンチェスは三駒を手放しに仲間として歓迎した。
☾ ☾ ☾
「やっと、だ」
紅い目が、ギラリと光った。
片手で長い黒髪を弄りながら、女は足を組みなおす。
「やっと、均衡が崩壊する」
現在、サンチェスと国家警察がそれぞれの攻防をすることで、均衡が保たれている。
しかし、彼女の存在によってその均衡は崩れるだろう。
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