69.国家警察の新星
サンチェスシリーズ、投稿再開しました。
〝絶死〟の権能シリーズは一旦投稿停止となりますので、ご了承ください。
国家警察の新星
サンチェスがフランス、日本を経てスペインへと帰国し、一旦国際的な犯罪は収束した。
しかし、スペイン国内では国家警察が大変なことになっていた。
スペイン国内での事件が国際的な事件に発展したことも有り、国家警察の要人たちはその事後処理に振り回されていた。
各所各所との連絡周り、書類上での情報共有と今後の事件防止のための計画書など。
数えだしたらきりがないほど、事後処理とは大変なものである。
「―――では、広域強盗殺人事件・合同会議を終わる、敬礼ッ!」
足を揃える音がザッ、と威勢良く響く。
刑事たちの敬礼は上官である捜査本部長の退室まで続いた。
上官の退室が完全に終わり切って、会議に参加していたエクトル警部は敬礼の姿勢を崩した。
同時にはぁ、と溜息が零れる。ここのところ、広域強盗殺人事件の担当を任されたことで忙しい日々が続いていた。
フランスではサンチェスが事件を起こしているということだが、スペイン国家警察に所属しているエクトル警部はフランスに赴くことは叶わず、レオパルドにすべてを任せるしかなかった。
また、サンチェスが日本を離れたという情報があってからはそちらの事後処理にも駆り出され、エクトル警部は常に働いているといっても過言ではない状況である。
サンチェスの事件を担当した経験がある刑事がそもそも少ないことも有り、今回についてはエクトル警部がほかの刑事に仕事を任せるということが出来なかった。
「――エクトル警部、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ」
行き交う刑事たちと軽く挨拶を交わし、会釈を交わし、自分の部署へと戻る道を行く。
その途中で、エクトル警部はふと歩みを止めた。
「エドワード警視、お疲れ様です」
「ああ、会議は終わったのか。お疲れ」
エクトル警部は足を揃え、直接の上官であるエドワード警視に敬礼をする。
「どうだ、最近は忙しいようだが、疲れはたまってないか?」
「ええ、どうにか首は回ってますね……」
「はは、どうにか、か。そんな君に、もう一仕事増やさせてもらいたい」
エドワード警視はそう言って、内心嫌がるエクトル警部を半ば強引に部署へと連れ込んだ。
すると、そこにはエクトル警部同様に何やら無理やり連れてこられた、というような刑事たちが三十人程度集まっていた。
エクトル警部とエドワード警視の帰りを待っていたという彼らは、部署ごとに与えられている会議室に並べられたパイプ椅子に座っていた。
それぞれ、これから何が行われるかについては聞かされていないらしく、お互いに目くばせしながら訝し気に視線を潜めている。
「エクトル警部! 緊急招集とは何事ですか?」
部屋に入ってきたエクトル警部に気づき、刑事の一人が声を上げる。エクトル警部もエドワード警視にほとんどの事情を聞かされずにこの状況に放り込まれたようなものだが、刑事たちはエクトル警部に召集された、というような旨を聞かされているようだ。
「いや……私にもあまり分からないのだが……」
しどろもどろとも取れる語調のエクトル警部に刑事たちの不審感は募る。
「―――よし、これで全員だな」
刑事たちが皆、当惑の表情を浮かべる中で、エドワード警視は全員の正面に立ち、全体を見回した。
その一声だけで、刑事たちの困惑の声はかき消され、消失した。
「では、これより窃盗犯担当部署の緊急会議を行う」
「ッ……!一同、敬礼ッ」
視線を投げかけられたエクトル警部が咄嗟に敬礼の号令を取る。咄嗟のことでも、熟練の刑事たちは反応して見せ、先程の会議と比べても遜色ない靴の音が鳴った。
「直れ。では、早速本題に入る。最近になって、サンチェスと呼ばれる窃盗犯が幾度に亘って事件を起こしているのは皆も知っている通りだ。また、我々国家警察はその犯人を逮捕できていない。直近のことであれば、追われる身でありながらサンチェスはフランス、日本と国を越え、犯罪を起こした。国家警察上層部は今回のことの要因として、捜査を担当する刑事の少なさを指摘してきた。エクトルはサンチェスの担当として事件に当たっているが、加えて他の窃盗事件の担当も受け持つことがある。このままでは、人員不足は否めない。」
そこでだ――、とエドワード警視はそこで一旦言葉を切った。
もう一度刑事たちを見回す。
「ここに、サンチェス対策本部を組織する」
エドワード警視の宣した言葉に、刑事たちはまたも当惑の表情を浮かべざるを得なくなる。
〝サンチェス対策本部〟という聞きなれない言葉に、首を傾げる者もいた。
そんな簡単に、組織を作るなんてできるものなのだろうか、と疑問を溢すものもいた。
その様子を満足気に見ながらエドワード警視は一旦話を止める。そして、騒ぎのほとぼりが冷めたころにもう一度話を再開した。
「これは、トランキーロ長官の判断だ」
トランキーロ長官。刑事たちの所属する国家警察の最高権力者である彼の名前が出たことで、刑事たちの纏う空気が一気にぴりつきだす。
「Sede de la Contramedida Sánchez」
エドワード警視は常備されているホワイトボードにその文字を書いていった。筆記体で書かれたその文字は美しささえ孕みつつあった。
「これが、組織の正式名称だ。略称としては頭文字をとった『SCS』や『サンチェス対策本部』などが考えられている」
エドワード警視が説明を続ける中、刑事たちは今更ながらにSCS発足への実感を高めていた。
トランキーロ長官の判断である、という言葉が彼らに実感を与えたのだろう。
「ところで、SCSにはエクトルの参入は半強制的に決定している。しかし、それ以外の人員については決定権が私に委ねられている。そこで、これからサンチェス担当刑事の選出を行いたいと思う」
組織の概要説明に移って少し緩み書けていた雰囲気がもう一度緊張状態へと持っていかれた。
三十人程度の刑事たちの、この中からサンチェスの担当となる刑事が選出されるのだ。緊張せざるを得ないのが普通だろう。
「では、まず……やりたい者は?」
エドワード警視は挙手を求めるが、刑事たちはお互いに目を合わせるだけで手を挙げようとする者はいない。
サンチェス担当刑事、というのはそう簡単な覚悟でなれるものではない。
そのことはエクトル警部が経験している激務を間近で見ている窃盗犯担当部署の刑事たちがよく知っている。
だからこそ。〝彼女〟が手を挙げたことに周りの刑事たちは驚きを隠せなかった。
一人、まっすぐに手を挙げた彼女は、最近警部補へと昇格した刑事だった。
「では、決定だな」
「プロフォンド警部補、SCSへようこそ」