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大怪盗サンチェスの冒険記  作者: 村右衛門
サンチェスと海外観光
70/104

番外 警部である故

番外を投稿します。

本編で何やら過去のありそうだった長谷川警部と佐々木警部についてです。

是非、読んで見て下さい。

警部である故


「そういえば、気になっていたんですが……長谷川警部は佐々木警部とどのような関係だったんですか? 腐れ縁だとおっしゃっていましたが」


サンチェスと三駒が逃げてから、数日たって、レオパルドの帰国が決まった。

今はレオパルドの帰国準備をしているところだ。あと二時間もすれば、レオパルドは飛行機に乗ってスペインに飛び立っているだろう。

そんな、日本にいる最後の時間だからこそ、レオパルドは長谷川警部に聞いておきたかった。

佐々木〝警部〟という単語に明らかに反応していた長谷川警部は、何だか面倒くさそうな表情を浮かべていた。しかし、彼らの様子を見ている限り、因縁があったとか、そのような様子は見受けられない。

何があったのか、少しばかり気になるものだった。


「ああ、あいつとですか……まぁ、色々あったんですよ」

長谷川警部は歯切れの悪い言葉を溜息とともに吐く。

「いえ、答えにくいことなら……」

過去にあったことを掘り起こすのも悪いか、とレオパルドが遠慮するが、長谷川警部は「そういうわけではないですが」と一言切った。

「長くなると思いますよ」

「構いません。あと一時間半ほどは飛行機までに時間がありますし」

レオパルドは、答えながら、まとめていた最後の荷物の口を閉じて、机の上に置く。

とすん、と。荷物が置かれる音を皮切りに、長谷川警部は話し始めた。


「私たちは警察学校の同期でしてね―――」





『どっちが先に警部になるか、勝負な』

どっちからともなく、二人は勝負の約束を交わしていた。


「射撃訓練、十発中何発だった」

佐々木が、二段に重ねられたベッドの上に寝転びながら、下の長谷川に声を掛ける。

彼らは今日、二度目の射撃訓練を終えていた。

その最後に、十発中何発的の中心にあたるか、テストをされた。抜き打ちテストのようなもので、射撃訓練の教官はよくやるのだ、と先輩からも聞いている。


「何発だと思う?」

長谷川はにやにやと笑みを浮かべているのをベッドの天井で隠しつつ、問うた。

「0発だな」

本当に即答だった。佐々木は、先ほどの自分の質問も愚問であることを悟っていた。

これまでの経験上、佐々木が長谷川の記録を当てられなかったことはない。


「ある意味、正解か……。()()()()()()()()()()、0発だ」

「やっぱりな、因みに、俺もだ」

佐々木は満足げに、それでいて悔しそうにも見える表情で何度か小さく頷く。

彼らは事あるごとに、こうして成績を競い合っている。

しかし、差が生じたことは今までなく、常に二人は警察学校の同期の中でトップを維持し続けていた。

「ほんと、決着がつきそうにもないよなぁ」

「ま、警部になるのは同時じゃないだろ」

そんな会話をことあるごとに交わしながら、彼らは特に決着をつけることもなく、警察学校を卒業し、静岡県警に配属された。



「ここまで来ても決着つかないか……」

長谷川警部補の自宅であるマンションで、佐々木警部補はグラスに映る丸い氷をカラリカラリと回す。

こういう氷を使って酒を飲むのが憧れだったんだよ、と言いながら佐々木は突然、氷とグラス、それらしい酒をもって長谷川の自宅を訪れていた。

静岡県警に配属されてからは、それぞれ忙しく、こうやって酒を飲む時間さえほとんど取れていなかった。

「だけれども、もう五年、か……」

そう、彼らが静岡県警に配属され、立派な刑事となってから早五年が経った。

その間、特筆すべき点は何もなく、ただ単純に事件を解決へと導き続けた。

役職も、どちらかが昇進して相手に自慢すれば、その数日後には相手も昇進した。

「マジで、ここまで来たら神の悪戯の如しだよなぁ」

早くも氷を転がす遊びには愛想を尽かしたらしく、佐々木はグラスに入った酒を一口呷るとそのままグラスを机の上に置いてしまう。

そのまま、空っぽになった掌が寂しいのか、机の端を人差し指で叩きながらリズムを刻み始める。

「そもそも、警部になれるのかねぇ……俺らは」

自嘲気味に、佐々木が呟く。長谷川は反応しなかった。

いつまでも、長谷川は佐々木に背を向けてソファに背を凭れさせたままだ。

その無反応ぶりに、佐々木は長谷川が酒の酔いに眠りの底へと引きずり込まれたのでは、と疑う。


「どうした、雅?」

佐々木が長谷川のファーストネームで呼びかけるが、それでも返事はない。

そのまま、佐々木は酒のせいで右に左にと揺れる足を引きずって長谷川の方へと歩いた。

カーペットを擦る音を聞きながら、長谷川は何とも言えない感情を抱えていた。



―――嬉しさと、少しの罪悪感


長谷川は数日前、上官に宣告されたことを思い出す。

遂に、この時が来たのだと、はじめはそう思った。

しかし、それが何だか辛いことでもあった。


「………大事な話があるんだ」

はぁぁぁ、と意図的に音を出しつつ、長谷川は息を吐く。

胸の中に蹲る、曖昧な感情をすべて吐き出したつもりだった。

明らかに、ふざけた様子ではない長谷川の態度に、佐々木も表情を硬くする。




「先日、ある打診を受けた……」

打診、という単語に佐々木は肩をピクリと震わす。

その先の言葉を聞いていないのに、胸の内から悔しさがこみあげてくるような気さえした。

思いもよらぬほどその感情は大きく、佐々木の腹をチクチクと刺した。

言い知れぬ感情が喉の奥にせりあがってきて吐き気も感じる。

けれど、佐々木はそれを、押し付けた。


「ICPOからだそうだ。ICPOの警部として、働かないか、と………」

佐々木はこう頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。

確かに、長谷川はそれだけの実力のある男だった。それは、ずっと共に過ごしてきた佐々木が最もよく知っている。

だけれども、自分が負けた、というショックが何度も何度も、後頭部を金属バッドで殴りつけてくる。

佐々木は、悔しさと劣等感の重圧の中で、可能な限り取り繕った。


「良かったじゃないか! これでやっと、決着がつく」

「ICPO、って誰でも知ってるような重要な機関だしな」

「今回ばかりはその打診が俺にも来るなんてことはないだろ」

「これで、やっと決着がついた……」

佐々木は、長谷川に言葉を掛けるというより、自分を納得させようとするかのように言葉を重ねた。

その声が、どんどん震えてくる。

戻さないと。落ち着いた声音に、喜んでいる声音に、祝福するような声音に――――――。



「良がった……じゃん、かぁ………」

何時の間にか、佐々木は嗚咽を漏らしながら、祝福の言葉をかけていた。

大人になったというのに、これだけ成長したというのに。

犯罪者を何人も相手取り、強い精神力で事件を解決に導いてきたはずなのに。

それでも、佐々木の涙腺は決壊し、修繕の余地がないほどだった。


ひっく、ひぐ、としゃっくりの混ざったような嗚咽を漏らし、涙を流す佐々木に、長谷川は声を掛けられないままに戸惑いの表情を浮かべる。

ずっと、自分たちはどちらが先に警部になるか、という競争を中心として関係が続いていたように思える。

その共通の目標があって、お互いがお互いを越せるように、としていたから、ずっとこの関係が続いていた。それだから、どちらも警部になってはいけなかったのかもしれない。

どちらが警部になったとしても、この関係は潰えてしまうから。


「……やっぱり、今回は―――」

打診を拒もうか、と長谷川は何度も考えた。

そして、現在はその打診を何とか保留にしてもらっている。

何が何でも、佐々木と話してから、その決断は下したかった。



「―――やめんなよ!!」

突如として、佐々木が叫んだ。

酒のせいで理性を失った彼に、近所迷惑という文字は浮かんでこない。

声の限りをもって、長谷川を怒鳴りつけた。

酒のせいで声がかれている。嗚咽のせいで声がどこか震えている。

それでも、喉から、腹から、はたまた別のところから、佐々木は声を出した。捻りだした。

長谷川も、この声量には流石に驚き、小さく肩を上下させる。


「こんな機会、そうねぇぞ! 俺のことで悩んでるなら、俺をここで忘れろ! 頭に強い衝撃を受けたら記憶が消えるらしいぞ、何なら俺が殴ってやろうか!?」

そう言いながら佐々木は近くにあった酒瓶を手に取って、おもむろに持ち上げる。

酔っているからか、握力は弱まっていて、今にも酒瓶が床に落っこちそうだった。

未だ酔いのまわっていない、長谷川が佐々木の手にある酒瓶を支える。


「警部になったからなんだ! 俺だってすぐに警部になってやる、すぐにだ! なったらお前を見下して、こき使ってやるからな! 覚悟しろよ!」

同じ警部になったら上下もないから見下すことも、こき使うこともできないだろ、と突っ込みを入れたくなったが、刺激を与えないために長谷川は黙っておく。

けれど、これでこそだと思った。

佐々木は警部になったからって、一気に関係を変える奴じゃない。というより、そんなことが出来る器用な奴じゃない。

そう思うと、これまで心配していたのが何だか噓のようだった。


「そうだな、そうだ………」

長谷川は呟いて、佐々木の持つ酒瓶を机にそっと置く。

その眼には、一粒だけ涙が流れていた。





数日後、長谷川は佐々木に正式に警部に昇進し、ICPOで働くことになったことを報告した。

今回は、佐々木も泣かなかった。


「いやぁ、お前が泣き出した時はどうなるかと思ったが、お前のおかげで決心も固まった」

長谷川は佐々木に言った。

昨日の佐々木の威勢がなければ、長谷川も打診を受ける、という判断を下せなかったかもしれない。



「ああ、あれか。俺、泣き上戸なんだよ」

「は?」

佐々木の突然の宣言に、長谷川は呆気にとられたような阿保声を漏らす。

「確かに、俺らって二人で酒飲んだこと初めてだったな……」

長谷川は、何だかどっと疲れたように感じ、はぁ、と溜息を一つついた。






「―――という感じでしてね」

「へぇ、良い話じゃないですか」

長谷川警部はそう言って話を終えた。

「何だか、泣き上戸って聞いて、お互い変な空気になって終わったんですよね……」

「それも良いじゃないですか」

レオパルドは相槌を打ちながら、はっと時計を見る。

出発時刻が近づいていた。


「では、そろそろ私は出ますね。いいお話をどうも」

「いえいえ、こちらこそいろいろとお世話になりました」

お互いに一礼して、レオパルドと長谷川警部は別れた。


レオパルドが出て行くと同時に、佐々木警部が部屋に入ってくる。

「お前、そろそろ警視庁に戻るんだよな、片づけは終わったのか」

「ああ、終わったが、まだあと二日くらいあるだろ」


「そこで、だ。酒を飲みに行かないか?」

長谷川警部は佐々木警部に打診する。

すると、佐々木警部は驚いた表情を見せた後、すぐに嫌がった。

「行きたくねぇよ。あの時みたいに泣いて終わりだろ」

「それが面白いから行くんだ」

長谷川警部が一刀両断する様に、佐々木警部はさらに嫌そうな表情を濃くした。



「はぁ、仕方ねえ。雅はこういう時に諦めが悪いもんな」

最終的に、佐々木警部が折れ、二人は酒場へと向かった。

長谷川警部と佐々木警部は、お互いが警部になってからも仲良しです。

因みに、長谷川警部が佐々木〝警部〟という言葉に反応したのは、警部になったことで散々自慢してくるんだろう、という予想から来る何とも平和な理由でした。



――――――――――――――

「殺すしか能がない最凶の権能を手にした令嬢」

の本編を同時に投稿しました。

作者のマイページに作品リンクがあると思いますので、ぜひそちらにも目を通していただければ嬉しいです。

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