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大怪盗サンチェスの冒険記  作者: 村右衛門
サンチェスと海外観光
68/104

67.サンチェスと解決・後

今回は解決編なので少々増量してお送りします。

サンチェスと解決


「総員、逮捕だ―――!」


佐々木警部の指示で、サンチェスが入ってきたのとはまた別の扉が勢いよく開き、警官の小隊が二つ、入ってきた。

彼らはサンチェスの捕縛を目的とした部隊であり、基本的にはこの部屋の周辺で待機、有事の際にはサンチェス逮捕のための自由な行動を許されていた。

彼らは統率の取れた動きで、警官隊はサンチェスと三駒を包囲する。

既に、サンチェスの入ってきた扉は騒ぎを聞きつけた退路を防ぐための小隊が封鎖している。

サンチェスと三駒は二人揃って包囲され、逃げ場を失う。


「いやぁ、素晴らしい動きだ。統率が取れている」

パチパチ、と。そこに、場違いなほど軽快な音が鳴る。

長谷川警部が訝し気な視線を飛ばすと、サンチェスは拍手を止めた。

「やはり、警官に変装するのは避けておいてよかった。小隊を組んでいるなら、二人部外者が紛れ込んだだけでもすぐに気づかれてしまう」

いやぁ、良かった。と笑いながら、サンチェスは周りを見回した。

しっかりと包囲されている。普通に考えて、これを突破するのは難しいだろう。煙幕を張ったとして、どれだけ相手を怯ませることが出来るやら。一歩間違えれば、すぐにつかまるだろう。


――全員倒してしまえば終わりだけれど、それもなぁ


体術にも力を入れているサンチェスと、運動神経を見せてもらったところかなり動けていた三駒ならば、苦戦を強いられるとしても警官隊相手にある程度の戦いをすることは出来るだろう。

しかし、サンチェスは義賊。無関係ではないにせよ、善人を傷つけるというのも気が引ける。


「しかし、ここで私たちを逮捕すれば、真実が分からないかもしれませんねぇ」

少し、時間稼ぎをしようか、とサンチェスは佐々木警部に水を向ける。

しかし、佐々木警部はサンチェスの言い分を気に留めている様子ではない。

「それくらい、逮捕した後で聞けばいいことだ」

佐々木警部はサンチェスの時間稼ぎを一刀両断し、警官隊にサンチェスの捕縛を命じようとする。



「まぁ、それもそうですか」

サンチェスは一言納得し、はらりと警官隊の上を飛び越えた。

トトンっ、と二人分の着地音が響く。

その時には警官隊に包囲されていたサンチェスと三駒が警官隊と佐々木警部らにはさまれる形で佇んでいた。

佐々木警部と長谷川警部はその圧倒的な運動神経に目を見張る。

唯一、レオパルドのみはスペインでサンチェスが警官らを飛び越える、という字面だけ見れば意味の分からないような事をやってのけていたことを知っているので、驚いていなかった。

ただしかし、サンチェスと並ぶ三駒の存在には驚いている。サンチェスと同様に彼も警官隊を軽々と飛び越えたことも勿論だが、サンチェスが仲間をつけている事が不思議でもあった。



「―――丁度、役者は揃ったようですし、お話しましょうか。事件の真相を――」

サンチェスの言葉に、全員の視線が警官隊の突入してきた扉の方向へとむけられる。

「騒がしいと思えば……。悪戯ではなかったようですな」

外城田氏が、その膨らんだ腹を揺らして部屋に入ってきた。

「ここは危険ですから、書斎に戻っていてください!」

長谷川警部が咄嗟に外城田氏を帰そうと声を掛ける。しかし、すぐにサンチェスに制止された。

「外城田氏も重要な役を持つ役者です。ここに居て頂かなければ」

その言葉の持つ、異様な威圧感に気圧され、長谷川警部は外城田氏を誘導しようとしたその手を止める。

サンチェスはその様子に満足げに頷き、話を始める。


「では、話を始めましょう。ところで、今回の役割を発表しておきましょうか」

サンチェスは握り拳を全員に見えるように掲げ、人差し指を上げる。

「まず、私たちは正義の使者であり、義賊」

サンチェスの言葉に、佐々木警部が反駁の言葉を飛ばそうとする。義賊だろうが何だろうが、それは正義の使者ではない、と。

「言いたいことは分かりますよ、佐々木警部。ですが、今は役割の発表中、少々誇張した表現はご容赦願いたい」

誇張が少々ではないだろう、とも言いたくなったが、それを言っていたら話が進まないと悟り、佐々木警部は口を噤む。


サンチェスが、二本目に中指も立てた。

「そして、貴方方は正義を執行する裁定人とでも言いましょうか」

サンチェスは佐々木警部、長谷川警部、レオパルド、と手で指し示しながら言う。

佐々木警部は今回の表現には不満はないようで、そのまま聞き流した。


最後に、サンチェスが薬指を立て、三を示す。

「最後に、外城田氏は―――」

そう言って、外城田氏に掌を向けるサンチェスの目には、鋭い眼光が宿っていて、外城田氏はその視線に射抜かれたような気分になる。

言い得ぬ妙な威圧感も感じながら、外城田氏はごくりと固唾を飲んだ。


「正義の鉄槌を賜る、罪人、と言ったところでしょうか―――」

そう言って、サンチェスは不気味に笑う。

外城田氏の肩が跳ね、その腹が揺れた。

佐々木警部は、その様子を見て、サンチェスの予告状に記されていた事件のことを思い出す。

外城田氏の持つ、カサンドラ・ダイヤが城門氏から奪われたものである、という事件だ。外城田氏の今の反応からして、その噂は事実なのだろう。



「まず、外城田氏のカサンドラ・ダイヤが城門氏から奪われたものである、という噂ですが、あれは嘘です―――」

は? と溢しかけ、咄嗟に佐々木警部は咳払いをして誤魔化す。

外城田氏の反応からして、その噂が事実である、という言葉がサンチェスの口から出てくるだろう、というのは佐々木警部に留まらず、レオパルドや長谷川警部、傍聴人のような立場で見ている刑事たち全員が思っていたことである。

その考えを真っ向から否定されては、肩透かしを食らったような気分にもなる。


「――しかし、それが〝まず〟なのか」

長谷川警部がサンチェスに話しかける。

サンチェスが長谷川警部に頷きを返した。

「この話は、まだ終わりませんよ――」


「――このままでは外城田氏に正義の鉄槌は落とされません」

「その事は、未だこれだけでは終わらないのです。外城田氏は、カサンドラ・ダイヤの事件とは全く違う、別のことで裁かれるのですから」


外城田氏が、今度こそ肩を跳ねさせ、冷や汗を顔に浮かばせた。

佐々木警部も、刑事たちも、全員がサンチェスを逮捕するより、サンチェスの話に聞き入り、サンチェスと、外城田氏の間に起こる事を見届けようとしていた。


「皆さん、一つ気になりませんか? 外城田氏と城門氏の過激派の間に揉め事があったのに、城門氏から何の干渉もない。普通、何かしら一言でもあるでしょう。」

確かに、と全員が納得した。

外城田氏の邸宅で行われたパーティー、そこで誰にも被害が及ばなかったものの、暴動事件のようなものが発生したのだ。しかも、その実行犯は城門氏の過激派だともいわれている。

そのような状況で、城門氏が何も弁解をしないのは不自然だ。

上流階級だからこそ、そのような風評被害は気にするはずなのに、何もなかった。

当時は、上流階級同士で起こった揉め事であることも有り、触れてはいけない腫れもののような扱いをされ、完全に消費されることもなく、消えていった。

警察も、外城田氏から被害届が提出されなかったことで、特に捜査を行うこともできず、放置しか選択肢を持っていなかった。


「城門氏は言わなかったのではなく、言えなかったのです。そう言った、命令だったのでしょうし」

〝命令〟というサンチェスの口から出てきた単語に、その場にいた誰もが反応する。

上流貴族である城門氏が命令を受けた、ということは命令を与えたのは更に上層にいる人間なのだろう。そのような人間は限られている。


「そもそも、皆さんの前提を覆しましょうか。カサンドラ・ダイヤは元より城門氏の所有物ではありませんでした。詳しいことを調べることは時間の問題上、難しかったのですが、正規の方法で手に入れたものではないのでしょう。そして、彼は約束通りに外城田氏にカサンドラ・ダイヤを渡したのです。売り払った、という形で」

前提条件を覆され、新しい情報を次々と与えられて、佐々木警部らが混乱の表情を浮かべる。

サンチェスが言ったことを真実だと仮定すると、外城田氏だけではなく、城門氏も事に悪として関わっているのだ。そして、サンチェスは直接的な表現は使わなかったが、〝約束通り〟という言葉は外城田氏と城門氏がもともと繋がっていたことを示唆しているのだろう。


「外城田氏は、多くの組織的犯罪に関わっています。これまでにも県警が疑いをかけてきていたはずです。それらすべてを把握するのは流石に不可能でしたが、それらのほとんどが証拠が足りなくて起訴出来なかっただけで、事実でしょう」


「しかし、証拠は……証拠はあるのか?」

外城田氏が、サンチェスに反駁して推理小説の定番台詞を吐く。

だが実際、一切の関係がなかった人物の証言、特には泥棒として追われている身のサンチェスの証言だけで県警を動かすことなど、不可能だ。


―――勿論、サンチェスは証拠を手にしているのだろう


「私は、証拠など持っていません」

全員が、そう思っていたからこそ、サンチェスのこの言葉には呆気にとられた。

「やっぱりそうだ! 証拠がないのに私を疑うなど……甚だ可笑しい話だ」

自分が優位に立ったと悟った外城田氏は、ここぞとばかりにサンチェスを責め立てる。

しかし、サンチェスはその優雅な表情を崩さない。


「そういえば、外城田氏は事件だ、探偵だ、というものが好きだとか……。その界隈ではまあまあ有名な話ですね。実際に起こった事件についての物品コレクターでもあると聞きました」

そうですよね、とサンチェスは外城田氏に視線を飛ばす。

それがどのように関係があるんだ、と言わんばかりの表情を浮かべながら、外城田氏は頷いた。


「貴方の悪事の証拠は、貴方が全て持っている。そうですね……貴方の書斎の本棚の裏側に隠された隠し部屋にでも、あるんじゃないですか?」

その途端、外城田氏がゴホンゴホン、と激しく咳き込んだ。

その反応を見て、図星なのか、と佐々木警部は刑事の幾人かに捜索に行かせた。

外城田氏はすべてを諦めたように、膝から崩れ落ち、頭を抱えていた。



「それでは、そろそろお暇しましょう」

サンチェスはそう言って、カサンドラ・ダイヤを取り出した。

突然出てきた優美なる輝きを放つそれに周りは驚愕する。

「いつの間に!?」「どうやって盗ったんだ!」

疑問が交わされる中、サンチェスは微笑んで煙玉を床に投げて破裂させた。

「では、皆さん、またいつか」

サンチェスの声が煙の中から聞こえ、扉の開閉音も響いた。


「サンチェスを追え! まだこの屋敷から逃げられてないはずだ!」

佐々木警部の怒号が鳴ると同時、刑事たちが駆け出し、それぞれサンチェス捕獲のために動き出した。

「サンチェスが逃亡した。現在地は不明、付近の小隊と連絡を取りながらサンチェスの捕縛を急げ!」

佐々木警部が無線にも指示を飛ばす。

サンチェスが予告状に記していたことも有り、刑事たちの連携を高めるための作戦は既に立てられている。


『こちら裏口担当Dグループ、サンチェスのものと思われる煙の発生を確認!」

「よし、近場のグループは急いで現場に向かえ!」

佐々木警部が全グループの報告を収集して各グループに指示を飛ばす。

はっきりとした指示塔役を立てることによって指示系統を統一し、わかりやすく指示を伝達することが出来るようになっている。


『こちら浴室前廊下担当Eグループ、サンチェスのものと思われる煙が充満しています」

「浴室前廊下……? 裏口から逃げていないのか?」

「確かに、位置関係としては妥当だとは思いますが……」

「分かった、全員、煙を追え!」


それから数分間、様々なところで煙の発生が確認された。

しかし、刑事たちが追ってもサンチェスの姿が確認されることさえなかった。

そして、少ししてからレオパルドがあることに気付く。

「サンチェスの煙が確認されている場所、この邸宅を一周していませんか?」

レオパルドの指摘を受け、長谷川警部が手元の端末で外城田氏の邸宅の見取り図を表示する。

そして、これまでに煙が発生したと報告があった順に印をつけていく。

すると、レオパルドの言う通り、邸宅を丁度一周したところだった。


「騙されたッ!」

佐々木警部は、床を蹴りつけ、地団駄を踏んだ。





「孔明は、死んだ後に自分の像を見せることで自分が生きているかのように演出し、敵である仲達が逃げるように仕向けた。けれど、僕らの場合は逆だったわけだ」

「逃げた後も時限式の煙玉を順番に爆破することで、警察にそちらを追わせたんですね」


―――死せる孔明、生ける仲達を走らす


―――逃げるサンチェス、県警に偽物追わす


「いやぁ、二人だと逃げるのに手間取ると思ったからこの作戦を準備したんだが、必要なかったようだ」

サンチェスは、三駒が逃げられるように工夫しよう、と今回の時限式煙玉の作戦を考えた。しかし、三駒は逃げ足も速かったようで、一切の苦労もなく逃げることが出来た。


「まぁ、すべてうまくいったようで良かったよ」

サンチェスは月夜を眺めながら呟いた。

ご読了、ありがとうございます。

是非、面白かったところ、ネタバレに配慮しながら展開の考察など、感想欄にて送っていただけると力になります。


評価やいいね、といった機能もありますので、もし良ければお願いします。

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