66.サンチェスと解決・前
サンチェスと解決
サンチェスからの予告状が届いた。
佐々木警部らは疲れた体に鞭打ってサンチェス逮捕のために警官隊を編成し、外城田氏に事前の連絡を入れ、と数々の仕事をこなしている。
県警にとって、サンチェスは大きな脅威だ。警察の威信を大きく欠落させる可能性があるその存在は、上層部にとっても目の上のたん瘤のように忌まわしいものらしく、佐々木警部は何度か念押しされてサンチェスの逮捕を確実にするようにと言われていた。
無論、佐々木警部含め、三人は一切の妥協を許さない。しかしそこまでしても、サンチェスを逮捕できるという確証が得られるわけでもなく、寧ろサンチェス逮捕に対する疑念ばかりが募ってゆく。
―――これは、良くない
レオパルドは分かっていた。
佐々木警部や長谷川警部を見ていても、自分の状況を顧みても、疲労が蓄積されているのは一目瞭然だ。
それだけでなく、疲労によって考えも徐々に消極的になってきているように感じられた。
サンチェスがどこまで考えて行動しているのかは、幼馴染であるレオパルドにも測りかねない部分がある。時に何手も先を見据えた行動をとるサンチェスは県警にとって大きすぎる敵なのかもしれない。
ますます悲観的になっていることを自覚しつつ、レオパルドは思考を巡らせるのと並行して手を動かす。この手も、どれだけ動かし続けているか分からない。
佐々木警部はもっとだ。長谷川警部から幾らかの権限を与えられているとはいえ、県警の直接的な関係者ではないレオパルドに出来る仕事、というのも限られている。県警の代表である佐々木警部、サンチェスに関連する全権を与えられている長谷川警部と違って、関われる仕事が限られる以上、仕事量もしたがって少なくなっていた。
与えられていた仕事を淡々と済ませ、レオパルドはコーヒーを淹れる。
そのカップを静かに佐々木警部と長谷川警部のデスクに置きながら、レオパルドは自らの仕事に戻った。
「仕事量が少ないといっても、それでも多いんだよなぁ……。あのことも考えないとなんだけれど」
レオパルドは静かにスペイン語で呟きを溢す。
―――四日が経った。
県警の刑事で構成された警備隊は外城田氏の本邸に到着していた。
「今回、担当させていただく、警部の佐々木です」
佐々木警部は表面上の挨拶を行いながら、外城田氏を観察する。
軽く刺しても刃が通らなそうな程に膨らんだ腹、丸まった輪郭の顔、そして何より、県警に対する信頼感など欠片もないような嘲笑の目。
表面上は辛うじて笑顔を浮かべているが、どうしても態度は良いとは言えない。
佐々木警部にとって、印象は最悪だった。
「怪盗を名乗る輩からの予告状、でしたかな? それが悪戯の可能性は無いんでしょうな」
確認するような口ぶりだが、その口調は悪戯で騒ぐなよ、と言いたげだった。
いちいち鼻につく態度だ、と佐々木警部は心の中で悪態をつく。
「ええ、怪盗の来日についてはメディアには漏れていません。模倣犯は存在し得ない。断言しましょう」
佐々木警部が答えると、外城田氏はフンッ、と鼻を鳴らし「そうなら、いいのですが」と言う。
「事件だ、探偵だ、というのは私も好きだが、自分が被害者になるのなら別だ。これで本当に盗られたらどうするんだ」
ぶつぶつと溢しながら、外城田氏は自らの書斎に去った。
佐々木警部は肉を揺らして去っていく外城田氏の背中に舌を突き出したくなったが、どうにか抑えて身を翻す。
「警官隊は事前の作戦通り、五組に分かれて警備に当たれ。これより先、緊急の際は各グループリーダーの指示で動くように」
佐々木警部が指示を飛ばすと、警官隊はそれぞれ組に分かれて持ち場につき始める。
その場に残ったのは、佐々木警部、長谷川警部、レオパルドである。
佐々木警部は全体の指揮、長谷川警部は咄嗟の判断指揮、レオパルドはサンチェスの行動予測に基づく意見提供がそれぞれの役割として与えられている。
「さて、予告は明日。サンチェスが来るのが何時になるか分からない現時点ではこのまま徹夜が妥当か……?」
溜息と共につぶやく長谷川警部の表情は、四日前と比べれば良くなっていた。
佐々木警部とレオパルドも少し回復しているように見える。
レオパルドが過労による判断能力・思考力の低下を危惧し、それぞれ仮眠をとるなどして休息を得られるようにと工夫したのだ。
徹夜すればまた疲労はたまるだろうが、それでもあの時の過酷さと比べればまだましだ。
一度地獄を経験したものは、幾ら修羅の道を行こうとも、地獄に比べれば生ぬるい、と言い続けるものである。
午前零時―――ボーン、ボーンと零時を示す時計の音が本邸に鳴り響いた。
仮眠をとっていたレオパルドの意識が覚醒する。
はっと起き上がってみてみれば、佐々木警部と長谷川警部は既に臨戦態勢だ。
サンチェスは予告通りに来る。それはレオパルドの今までの経験上、確かなことだ。つまり、午前零時を回った今、ここから二十四時間以内にサンチェスが現れる。
それこそ、今すぐにでも―――。
ボンッ、と破裂音が響く。
――と同時に部屋に煙が充満し、佐々木警部らは咄嗟に目と鼻を庇った。
「こんばんは、皆さん。お揃いで」
優雅に微笑みながら、サンチェスが部屋の扉を開けて入ってくる。三駒はその後ろに付いていた。
最早、ここが事件現場であるなどと感じさせないような優美さに佐々木警部らの思考が一瞬止まる。
しかし、すぐに状況を確認した佐々木警部がサンチェスらを指さし、叫んだ。
「総員、逮捕だ―――!」
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