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大怪盗サンチェスの冒険記  作者: 村右衛門
サンチェスと海外観光
65/104

64.サンチェスと駒 捌

サンチェスと駒


「これがサンチェスの言及している事件ですね」

資料を捲り終えたレオパルドが言った。

佐々木警部が頷きを返す。しかし、これでも資料の一部のみである。

「この事件以外にも外城田氏に関して何かあったんでしょうか? 資料の量からして事件はこれだけではありませんよね」

レオパルドはまだ手を付けていない資料の山を一瞥、佐々木警部に尋ねた。

ええ、と佐々木警部は答え、資料の表題を確認しつつ、一つの資料のファイルを手に取った。


―――No.203845 外城田氏―――


そのように題した資料ファイルの背表紙には「組対」と書かれたシールが貼られている。

「組織犯罪対策課――通称『組対』――は暴力団の関与する犯罪を取り締まるために結成されたものです。外城田氏に関することで、組対が動いたことがあるんでしょう」

その場で佐々木警部が日本の警察組織についての知識が乏しいレオパルドに対して補足を入れる。

また、レオパルドが他の資料ファイルを手に取ってみても、同じく背表紙には「組対」のシールが貼られている。時には「三課」というシールもあった。

「三課」ということは、窃盗や詐欺といった犯罪に関与していたのだろう。


組対、組対、三課、組対―――

一つ一つの資料ファイルに貼られたシールを見ながらレオパルドは半ば呆れたように顔を顰める。

外城田氏は、何故これほどまでに様々な事件に関わっているのか……。

レオパルドは何とも言えない違和感を感じながら資料ファイルを捲る。

佐々木警部と長谷川警部もレオパルドに倣ってそれぞれ黙々と資料に目を通した。

「三課」のシールが貼られたファイルについては、佐々木警部もある程度関与していることが多く、概要を理解していた。しかし、組対ともなると知っていることは少ない。

佐々木警部は「組対」のシールのファイルを中心に読み漁る。

それから十五分弱、三人の呼吸音とファイルの捲られる音のみが部屋に響いた。

沈黙を破ったのは、佐々木警部のポケットの中から鳴り響く電子音だった。


「佐々木だ」

ぱっと、片手で携帯を取り出すと、佐々木警部は通知画面を一瞥し、耳に当てた。

「ホテルに突入しましたが、既にサンチェスの姿はなく、別の男性がいました」

菱田警部補の声が聞こえ、佐々木警部は表情を歪める。

何とも不可解な状況に、今すぐにでも首を傾げたいところをどうにか抑えながら、佐々木警部は耳に当てていた携帯のスピーカーボタンを押し、机の上に置いた。

長谷川警部とレオパルドは自分たちも聞く必要があるのだ、と佐々木警部の動作から悟り、身を乗り出した。


「事情を一から説明しろ」そう言われて、菱田警部補は懐から手帳を取り出す。そして、それを読み上げるようにして説明を始めた。

「佐々木警部より指示を頂き、先ほどサンチェスの滞在しているという情報のあったホテルに突入しました。しかし、部屋から出てきたのは目撃情報や頂いていたサンチェスの風貌とは全く違う別人で……。任意同行も申し出ましたが、仕事があるから、と拒否され、ホテル側からもこれ以上は令状でもないと情報提供するのは難しい、と言われています」

報告を聞き、誰もがそれはサンチェスの変装だろう、と感じた。菱田警部補もそのことは理解している。しかし、令状がない今これ以上の捜査が出来ないことも同様に全員が理解していた。


「成程……。仕方がない。現時点ではその人物がサンチェスであるという確証は得られない。よって、令状は難しいだろう。今回は諦めるしかないか……?」

佐々木警部が唸る。ここで諦めれば、唯一サンチェスと繋がっているこの手掛かりを失うことになる。県警としてもそれだけは避けたいところだ。

しかし、はっきり言ってこれ以上出来ることがない。


「分かった。では、捜索隊は一旦撤退して―――」

佐々木警部が菱田警部補に命令を出そう、とした時、口を挟んだ者がいた。

「少し、私の提案を聞いていただいてよろしいですか?」

そう言って優雅に笑みを浮かべたのはレオパルドだ。


「まず―――、」

と、話し始めるレオパルドの視線は佐々木警部の携帯電話に向かっているはずなのに、その瞳はすべてを見透かし、その先の未来を見ているようだった。


「――捜索隊には正面突破を目指したAグループ、裏から退路を断とうとしたBグループ、そして情報統制と交渉を担当したCグループがいましたね。」

レオパルドはまず、佐々木警部、そして電話の先にいる菱田警部補に確認するように尋ねた。

佐々木警部が頷き、「そうです」と菱田警部補からも返事が返ってくる。


「その内、A・Bグループの顔はすべて割れているでしょう。」

予想の口調ではあるが、どこか言い切っているようにも感じるレオパルドの口調に、話を聞いている三人がなっ、と小さく声を漏らす。


「確かに、Aグループは実際に顔を合わせたので、顔が割れていてもおかしくは……。しかし、Bグループは急遽予定を変更したのでサンチェスとは顔を合わせていません」

菱田警部補は補足情報を加えながら、レオパルドの考えを否定する。

しかし、レオパルドは表情を歪めるようなこともなく、穏やかに反駁の言葉を返した。

「いえ、サンチェスとはそういう男です。自分を追ってくるであろう相手のことはすべて調べ上げている。――ですが、逆に自分を追ってくる気配のないような者に対しては警戒心が弱くなる傾向にあります。Cグループについては一切関知していないと考えられます」


「――ですから、A・Bグループについてはサンチェスに関知される状況下で撤退、Cグループのみ残りましょう。そうすれば、サンチェスは油断するはずです。警察は帰ったのだ、と」

何処からともなく、感嘆の声が漏れる。

何とも、理路整然とした考えだった。サンチェスを竹馬の友とする、レオパルドであるからこそ立てられた作戦である。


「少しまとめますね。サンチェスは変装を巧みに利用します。令状がない以上、現時点では確かめようがありませんが、捜索隊の突入の際に居た人物がサンチェスである可能性もあります。一旦、サンチェスに存在を認知されているA・Bグループは撤退、Cグループはサンチェスが動く時まで待機していただきましょう。帰還の様子を見せれば油断して次こそは――」

〝次こそは〟の意味を理解した佐々木警部は咄嗟にレオパルドに制止の意味を込めて腕を伸ばす。

ゲホッゴホッ、とレオパルドが咳をして菱田警部補側には少々の音割れが生じる。

「失礼、そうすれば、サンチェスを確保できるかもしれません。」

どうでしょうか、と佐々木警部に確認を得ながら、レオパルドは話を切る。

佐々木警部はここまで、会話のイニシアチブを自然にレオパルドが握っていたことを改めて認識し、それを取り返すように咳ばらいを一つ、そうですね、と同意を示した。

「その方向で行きましょう。菱田、聞いていた通りだ。A・Bグループはホテルの客室から見える道を積極的に使って撤退、Cグループには待機と潜伏を命じろ」

ほとんど、方針が決まった。


「少し、よろしいですか」

一人、決まりかけていた方針に異議を唱えたものがいた。

通話越しに見えるはずもないのに、片手を挙げながら、菱田警部補は声を上げる。

「何か、質問でも?」

レオパルドの穏やかな声音に安心したように、菱田警部補は話し始める。

「私はAグループです。しかし、Cグループの指揮についてもいいでしょうか」

勿論、リスクは承知です、と続けながら、菱田警部補はごくりと固唾をのむ。

会話に参加している四人の中で、自分だけが至っていない。他は圧倒的な才能と能力に恵まれた人たちで、自分は追いつきたくても追いつけないような凡庸人。それを理解しているからこそ、菱田警部補はこの場での残留を望んだ。




「―――いいだろう」

菱田警部補の意図も聞かず、佐々木警部が了承の返事を出す。

望んだ結果が得られたにもかかわらず、菱田警部補は困惑の声を上げた。


「現場指揮はお前に一任する」

佐々木警部の有無を言わさぬような声音に、菱田警部補は我に返ったようにはっ! と返事を返した。

ご読了、ありがとうございます。

是非、面白かったところ、ネタバレに配慮しながら展開の考察など、感想欄にて送っていただけると力になります。

評価やいいね、といった機能もありますので、もしよければお願いします。


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本作以外にも、幾つか小説を投稿しています。

軽くあらすじを乗せておくので、ぜひ気になったものがあれば作者マイページより、読んで見て下さい。


「殺すしか能がない最凶禁呪を手にした令嬢」

―――最強で最凶の権能である禁呪には壮絶な過去が秘められている。

チトリス・クラディエルはその過去を紐解き、世界の行く先と闘う。

※現在、一話のみ先行投稿しています。本編開始には少し時間がかかるので、ご了承ください


「憎悪の警棒」

―――常にぼんやりとした性格の刑事の脳内を覗き込む。

脳に蹲っている少年の顔を上げさせろ。

※本作は短編小説です

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