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大怪盗サンチェスの冒険記  作者: 村右衛門
サンチェスと海外観光
64/104

63.サンチェスと駒 漆

サンチェスと駒


サンチェスの脳内は今、特に活性化していた。

既に立てていた計画には含まれない、三駒という要素を組み込み、もう一度計画を立て直す必要が生じたからである。

独りならば逃亡するために使用できる道でも、二人になると狭い、という場合もある。

そして、今なおサンチェスは三駒をどれだけ現場に利用するかということには頭を悩ませていた。


『私自身はどのようなリスクでも負いますが』


サンチェスは三駒が言っていたことを思い出す。

「そうはいってもなぁ……」

確かに、三駒に泥棒としての素質はあるように見えた。サンチェスから掏り上げたのだから、そこそこの技量はあるだろう。

しかし、現場で必要なのはそれだけでは決してない。すべてが計画通りにいくわけもないのだから、その時という一瞬の判断能力は必須だ。

それに、今回は長谷川警部や県警と言った未確認要素もある。

三駒を現場に使用する、という選択をするのはかなり難しい部分もあった。

獅子の子落とし同様に、一度は危険な場所に放り込む、という方法もなくはないが、サンチェスはそんなことが出来るほど冷酷ではない。

サンチェスは今日で何度目になるか、呻きながら頭を抱えた。






時は遡る。

サンチェスが盗聴器を仕掛けている、ということに気づき、幾つか誤った情報を与えて、レオパルドと長谷川警部は適当に理由を盗聴器に向かって語り、応接間を退室した。

適当なことを話しながら紙に重要なことを書く、という動作はかなり疲れるものらしい。

丁度資料庫から戻ってきた佐々木警部も合流し、一旦部屋を別に移した。


「外城田氏に関する資料だが、探せば意外にも大量に出てきた」

そう言って机の上に資料を山のようにして積んだ佐々木警部は疲弊していた。

この量を運んできたのか、とレオパルドは佐々木警部を憐れむような眼で見る。

山積みにされた資料はバランスをとるためピラミッド型にして積まれ、机一杯に置かれていた。

一人で持ってこれない量でもないが、確かに量としてはかなり多い。


「お疲れ様です、佐々木警部」

レオパルドが労うと、これくらいなんともないように佐々木警部は快活に笑う。しかし、その笑顔の端々から疲労が見て取れた。

重い資料を運んだだけでなく、突然のサンチェス来訪を知らされてから、ストレスを積もらせ続けていたのだろう。そのようなことに対する労いも込めて、レオパルドは言葉をかけた。

「では、早速見ていきましょうか。時系列準に並べてありますので……」

そう言って机の端に置かれた資料を手に取り、佐々木警部はペラペラとページを捲った。

左右に目を通しながら、外城田氏に関連する見出しを見つけるとそのページを二人に見せる。

二人が覗き込むと、そこには外城田氏の基本的概要が載っていた。


「静岡県警では、ある一定の資産額を超えた資産家については事件に巻き込まれる可能性が高いので情報を集め、初動捜査を速める工夫をしています」

佐々木警部が補足的に付け足す。レオパルドは頷きながら資料の内容に目を通した。

住所や電話番号と言った個人情報も記載されている。これらも、事件が起こった時に現場到着を速めるためだろう。

佐々木警部が、二人の視線の先を追いながら、大体読み終わったころにページをさらに捲る。

そこには、今回サンチェスが言及した騒動のことが記されていた。


――2013年11月12日


「私は城門氏よりカサンドラ・ダイヤモンドを買い取ったことをここに公表する」

上流階級の中で、外城田氏はそのことを発表した。

上流階級の間ではそのようなことは珍しくない。利益を考えて自らの資産の象徴を売り払うことも有る。また、それを自慢するために公表することも有る。

それは見栄と財産で構築された上流貴族だからこその習性とさえ言えるものだった。

今回のことも、カサンドラ・ダイヤモンドであるから少し話題性があっただけで、当たり前のこととして消化されようとしていた。

しかし、事件は起こる―――。


「こちらが、カサンドラ・ダイヤモンドです!」

外城田氏は公表の数日後、自らの邸宅でパーティーを催した。

その目玉となった行事はカサンドラ・ダイヤモンドのお披露目会だった。

城門氏はカサンドラ・ダイヤモンドの所有は公表していたが、その御披露目などは行っておらず、上流階級の中ではその姿を一目見ようと城門氏と密な関係になろうとするものさえいた。

それでも見ることの叶わなかった雲の上の存在だ。それがこの一時だけでも地上に降りてくるのだから、ほとんどの上流階級の人たちが参加を希望した。

今も、カサンドラ・ダイヤモンドを出来るだけ近くで見ようと、人々が犇めき合っている。

それはもう、警備員が押し留めていないとカサンドラ・ダイヤモンドの展示されているショーウィンドウに顔を擦り付けんとするほどに。


「このダイヤモンドは―――」

得意顔でダイヤモンドについての紹介をする外城田氏を睨み付け、歯をギリ、と噛み締める男たちがいた。

そのうちの一人はまさに今にも外城田氏に飛びかからんとするほど血気づいていて、他の男たちが体調の悪い人を介抱する様子に偽装して落ち着かせている。


「狙い目は、ショーウィンドウの展示が終わり、片づけられる時だ。その時なら衆目も分散する」

理性的に、男の一人が分析する。しかし、その瞳は感情的に燃え滾り、外城田氏を睨み付けていた。


「―――では、展示はここで終わらせていただきます」

分析していた男が、今だ、と周りの男たちに耳打ちする。手に握っていた電話にも、合図を送った―――途端に、会場の電球がすべて光を失い、暗闇に包まれた。

「非常用電源を!」「停電か?」「落ち着いてください!」と様々な声が飛び交う中、男たちは衆人を掻き分け、片づけられようとしてたショーウィンドウに向かって手に持った鈍器を振り被った。


パリィィン、と耳を劈く破壊音が響き、場にいた女性からは甲高い悲鳴が叫ばれる。

混沌とし、騒然とする中で、男たちの一人が叫んだ。


「外城田氏のカサンドラ・ダイヤは、元の所有者である城門氏から奪われたものであり、城門氏は今回のことに認可を下ろしていない!」


その声明は場の喧騒を更に助長し、収拾のつかないほどに膨れ上がらせる。

せめて、今回の実行犯だけでも捕まえようと、外城田氏の警備員が暗闇の中を当てもなくうろつきだした。しかし、その度に他の客とぶつかり、小さな悲鳴が漏れる。

強くぶつかれば相手が倒れてドミノ倒しのように他の人にぶつかっては倒れていく。

暗闇からの衝撃に驚いて声を上げれば、その声に驚いた近くの人が腰を抜かして倒れ、ドミノ倒しが誘発される。

本当に、ただただカオスだった。


「非常電源がつくまで落ち着いてください!」「危ないのでその場を動かないで!」

外城田氏も何度も声を荒げたが、喧騒が収まりそうになく、自身も何が起きたのかわからず混乱していた。

暗闇に慣れだした目をパチパチと瞬かせ、微かな光を頼りにカサンドラ・ダイヤのところへと歩みを進める。辿々しいままに足元の硝子を避け、ショーウィンドウに近付いた。

カサンドラ・ダイヤの輪郭を視界に捉え、外城田氏は腕を伸ばし、それを掴む。

形あるそれを掌中に収められたことに安心し、外城田氏はその場に座り込んだ。


その瞬間―――、非常用電源が作動し、電気がつく。

開き切った瞳孔に一気に光が入ってきて、客は咄嗟に瞼を塞いだ。

そして、警備員たちは今回のことの実行犯を捕縛するために動き出す。

これほどの暴挙を犯したにも拘らず、犯人たちは直ぐに拘束され、カサンドラ・ダイヤも一切の被害を受けることはなかった。

その後、警察からの事情聴取で外城田氏は実行犯について「城門氏の派閥の過激派」であろう、と述べ、彼らの声明についても虚偽である、と発表した。


これらが、外城田氏のカサンドラ・ダイヤの所有について、人々に疑念を植え付けた事件である。

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