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大怪盗サンチェスの冒険記  作者: 村右衛門
サンチェスと海外観光
63/104

62.サンチェスと駒 陸

サンチェスと駒


煙幕と共に、サンチェスの姿が消えた。

菱田警部補はすぐに県警本部にも報告を済ませ、サンチェスの逃亡したであろう方向に刑事たちを向かわせるべく、指示を飛ばす。

サンチェスの出した煙幕のせいで混乱した近隣住民に対する説明と、不安を除くための情報統制も行った。

そして、もう一度現場に戻ってきた時、菱田警部補は一枚の紙が置かれていることに気付く。

菱田警部補は軽く姿勢を落とし、腕を伸ばしてそれを拾い、近くの街灯の光で内容を見た。


「申し訳ありませんが、今日はあなた方の相手をしていられないので、またいつか」


走り書きしたのであろう、そのメモ書きは律儀ながら、明らかに挑発の意思があった。

菱田警部補はその紙を文字通りに握りつぶし、ギリッと歯を鳴らす。

犯罪者相手に自分は至らないなど考えないようにする、と決意したはずなのに、その決意を根本から叩き折るような、突き放すような言葉だった。

菱田警部補は、星の見えない空を見上げる。

刑事となってから、様々な屈辱的な経験をしてきた。犯罪の被害者の話を聞けば、感情に訴えかけてきた。そんな経験をしてきたからこそ、菱田警部補の涙など、疾うに枯れてしまっている。

それでも、今だけは自らの眼差しを涙で濁らせたいと、切に願った。






「こんばんは、本当に来られるか、心配でしたが……」

来たんですね、と言う男の黒い瞳が、月の光を映し出して怪しげに光る。


黒髪、黒い瞳、対照的に白い肌。

日本人()()()()所謂〝普通〟な体色だが、スペインに生を受けたサンチェスからはその姿が何とも恐ろし気に見える。


「ええ、折角のお誘いでしたので」

如何にも、余裕であり、今も冷静であるようにしてサンチェスは告げる。

しかし、男の要望も何も分かっていない、しかし自分の正体を知っている、という危険な状態にサンチェスも動揺はしていた。ただ、それを顔に出さないだけである。


「幾つか、試すようなことをして申し訳ありません。ですが、貴方はこうしてここに来られている。私としては大満足です」

〝試すようなこと〟と言われて、サンチェスは何故わざわざ初めに会った時に要望を伝えなかったのか、という疑問に答えが出たような気がした。

その頃は、未だサンチェスの来日が県警などに伝わったか否かの状況で、幾らでも自由に行動することが出来た。しかし、少しの間時間を空けることで、その自由を制限したのだ。

それでも、約束通りにこの場所に現れるかを見るために。

しかし、何故、試すようなことをしたのか、という疑問は残る。

その話題を出し、大満足、という評価を下すくらいには彼にとってこの試験は重要なものだったらしいが、その意図は汲めない。


「では、貴方の〝懇願〟の続きを、お聞かせ願いたい」


男の目的の何たるか、試すようなことをした理由の何たるか、それらを含めた、彼の意図。それを求めるように、サンチェスは問うた。

その瞬間、男の瞳は鋭い光を失い、どこか愛しむような、懐かしい思い出に浸るような感傷的なものになる。

しかし、彼は左右に首を振ってその雰囲気を振り払った。



「ええ……。私は、自分を貴方の怪盗業の仲間にして頂きたいのです」



………は?

余りにも突飛な懇願に、サンチェスの思考はそれだけに塗り潰される。口から漏れ出なかっただけましだろうか。

この場で、サンチェスを何らかの方法で拘束し、警察に差し出せば報奨なども貰えるだろう。

特に、この男はサンチェスから物を掏るだけの技量がある。苦戦を強いられるとしても、拘束できる可能性は十分にあった。

そうでなくとも、そのような選択肢をチラつかせ、サンチェスを脅してサンチェスから金銭や物品を絞り上げる事も出来たはずだ。

しかし、男はそのようなことをせず、自分を怪盗業の仲間に、と申し入れてきたのだ。


―――突飛すぎて、何とも理解しかねる

サンチェスは困惑のままに男を見据えた。

どうしても、今の表情には驚きや困惑と言った感情がはっきりと映し出されていることだろう。最早、驚きさえも通り越して呆れてしまったサンチェスは既に取り繕うだけの余力を残していなかった。


「……理由をお聞かせ願おう」

沈黙が続き、夜の闇と共に辺りに充満する。

その沈黙をどうにか破って、サンチェスは問い掛けた。

男の意図を問うたはずなのに、未だそれは答えとして提示されていない。

曖昧を凝縮したような現状に、サンチェスは歯軋りをどうにか我慢した。


「それは……まあ、いつかお話ししましょう」


はっきりとしない物言いに、サンチェスは疑心を捨てきれない。

サンチェスは眼光を鋭く研ぎ澄まし、男を見据えた。

男が、その気迫に圧され、はは、と乾いた笑いを溢す。


「ですが、一つはっきりと言っておきましょう―――」

そう言って男は一度言葉を切る。

サンチェスと男以外に、廃れた裏路地に訪れている者はいない。

二人が黙った今、静けさのあまり、キィィィンと耳鳴りさえしてきた。



「私は貴方の敵ではない」



これまた、〝はっきり〟と言いつつはっきりとしていない物言いだ、とサンチェスは思う。

敵ではない、ではなく味方だ、と言えばいいのに。

何故、こうまでして怪しげな雰囲気を纏い続けるのか。

「貴方の情報を県警に売ったり、身柄を差し出したり、そのようなことは誓って有り得ない。そのことは分かっていただきたい」

そう言って続ける男の視線の先で、サンチェスは軽く姿勢を崩した。

緊張のせいで張りつめていた肩から力が抜ける。

まだまだ、信じ切れない部分は多い。それでも、「敵ではない」と口にしたときの眼差しは真剣だった。そして、はっきりしていないとはいえ、味方だと断言しない辺り、サンチェスとしては信頼できる。無駄に出来ないかもしれないことを出来ると明言するより、可能性をしっかりと考慮して口にしているのは嫌いではない。


――まあ、ある程度は様子見か


サンチェスは心の中で男に対する扱いを決定する。

男の意図については「いつか」話すといった。サンチェスとしても、男が信用に足るか否かの判断さえできれば、意図はどうでも良い。気になるかどうかで問えば勿論気になるが、掘り下げるまでするつもりはなかった。


「成程、事情は()()、話してもらおう」

サンチェスが、遠回しに男の懇願に対する答えを述べる。

「また」が自分たちの間に存在する、ということを示したのである。

男もその聡明さから、サンチェスの意図に気づいた。

男は顔を綻ばせ、喜びを見せる。その表情は先ほどまでの怪しい雰囲気とは打って変わって、何とも幼く、可愛らしい印象を与えた。


「つまり、仲間にしてもらえるということですね……?!」

男は、サンチェスからの答えが分かり切っていながらも、保険を掛けるように問いを重ねる。



「ああ、仲間として、歓迎しよう」



ここに、お互いの事情も何も知らない、それでも仲間であるという歪で、それでいて整合性のとれた関係が生まれた。


「そういえば、仲間になるならお互いの名前くらいは知っておいた方がいいか」

サンチェスがパッと思い出したようにして手を叩き、男に声を掛ける。

「改めて、チャールズ・サンチェス・ロペスだ。これからよろしく頼む」

サンチェスが改めて男に名を名乗る。先回ほど威厳や気迫は感じられない。それでも、兄のような安心感と、優しさのこもった声音だった。

そして――。今まで名乗らなかった男が、ついに名乗るために口を開ける。


「三駒 夏斗です。是非、よろしくお願いします」


二人は握手を組み交わし、お互いを見据える。



チャールズ・サンチェス・ロペスと三駒 夏斗。

怪盗業の仲間となった彼らは、未だお互いのことを知らない……

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