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大怪盗サンチェスの冒険記  作者: 村右衛門
サンチェスと海外観光
61/104

60.サンチェスと駒 肆

サンチェスと駒


「佐々木警部から突撃命令があった。総員、突撃体勢!」

サンチェスの潜伏しているであろう、ホテルを包囲している捜索隊の隊長を任されていた菱田警部補は佐々木警部からの連絡を受け、他の刑事たちに指示を伝達する。

全刑事の突撃準備が整ったことを確認し、菱田警部補は無線に指示を飛ばした。


「総員、突撃―――!」


既にホテル側には確認をとり、捜索の許可を得ている。躊躇なく、刑事たちはホテルに入っていった。


刑事たちは大まかに三つのグループに分けられていた。正面入口からサンチェスとの接触を試みるAグループ、裏口からの別ルートでサンチェスの退路を塞ぐBチーム、そして別動隊としてCグループである。


菱田警部補はAグループの刑事たちを率い、サンチェスが滞在していると言う306号室へと向かった。

ホテルの関係者には話を通したが、客には手を回す余裕がなかったため、客たちからの怪訝そうな視線が刑事たちに刺さる。

しかし、それに動じることもなく、刑事たちは淡々と任務を遂行するために階段を駆け上がった。


「警察のものです、扉の施錠を解いてください」

菱田警部補は306号室に到着し、扉を叩く。

しかし、返事はなかった。


「仕方ない、ホテルの人を呼んできてくれ。マスターキーで開けてもらう」

そう言って菱田警部補は一人の刑事を指名し、指示を与え……ようとした、ところで扉が開く。


「客人が来るとは、()()()だったもので……遅れて申し訳無い」

そう言って笑い、警察の方が何の御用ですか?と続けるのは日本人の中年男性だった。




佐々木警部は資料庫にて、外城田氏についての資料を集めている間に菱田警部補からの報告を受けた。

サンチェスのいるはずだった部屋には証言の通りの人物ではなく、中年の日本人男性が滞在していた、と。

勿論、それがサンチェスの変装である可能性もある。しかし、逮捕状もなにもない状況で変装している可能性があるから身体検査を……というのは難しい話だった。

サンチェスに関係しているかもしれない参考人として任意同行を申し込むのが出来る最大限のことだ。


「任意同行に応じることが出来るか打診しろ、少しでも可能性を溢したくはない」

佐々木警部は菱田警部補にそう、指示を送ると外城田氏についての資料を右腕に抱え、資料庫をあとにした。





「すみません、ある事件の参考人の可能性がありますので、任意同行をお願いしてもよろしいですか」

菱田警部補は佐々木警部の指示通りに男性に任意同行を打診する。しかし、結果は芳しくなかった。

「申し訳ないが、これから重要な商談があり、時間をとれそうにありません」

温厚そうな笑顔を浮かべ、申し訳なさそうに肩を竦める男性だったが、その雰囲気からは有無を言わせない圧が感じられた。

「そうでしたか、お時間をとらせてしまい、すみませんでした」

菱田警部補は諦めて軽く礼をしてから扉を閉めた。



「……ふぅ、危ない、危ない」

扉越しに刑事たちが去っていく足音を聞きながらサンチェスはふぃ~、と口笛を吹くように息を漏らす。

盗聴機から佐々木警部らの話し声を聞いていて、レオパルドが「そうか!」と叫んだ時に盗聴機の存在がバレた、と気付いた。

その後にホテルの捜索についてはもう少し後に、とレオパルドが発言したことから、すぐにでも捜索隊が突入してくるだろう、と思った。

そして、思った通りに捜索隊が来た……と、そこまではいいのだが、準備が整っていなかったからかなり焦る羽目になってしまった。

大急ぎで荷物からウィッグや付け髭などを用意し、流れをシミュレーションしていた十分前のことを思い出しながら、サンチェスはどこか自嘲気味に笑いを溢す。

しかし、これによってサンチェスの元々の目的は果たされた。


わざと、ホテルのチェックインの際に怪しい点を残した。丁度、刑事からの電話がかかっていたらしく、これなら確実に警察に情報が行く、と確信しながら情報を残した。


わざわざ、リスクを冒してまで県警内部に潜り込み、盗聴機を仕掛けた。その時も怪しい点を残し、レオパルドに盗聴機の存在に気付ける余地を残した。


そして、ホテルにいるはずのサンチェスがいつのまにか消えている、という状況を作り出した。それによって県警では混乱が生じているだろう。



全ては、今日の夜を自由にするために動かしていた()に過ぎない。






―――遡ること、サンチェスの来日直後まで


サンチェスは静岡県内に足を踏み入れた。

日本という季節豊かな島国の情趣を感じながら歩みを進める。

タクシーやバスも行き交うこの場所で、それでもサンチェスは景色を眺めるため、と徒歩を選んだ。


時折、強い風が吹いてサンチェスの茶色がかった髪が舞い上がる。羽織っている上着も、風に煽られてひらひらと波打っていた。

このときは、一切の変装をしていない状況だ。未だサンチェスについての情報が県警に伝えられたか否か、というくらいで、捜索は行われていないだろう、というサンチェスの予想からであった。

そう予想していたからこそ、サンチェスはどこか油断した。自分のことを知っているものなど、いるはずがない、と確信していた。



「大怪盗サンチェス、かぁ……」

歩いていたサンチェスの顔の横に、サンチェスの画像が載った新聞記事を握る腕が伸びる。

反射的にサンチェスはその場を飛び退いた。

先程まで、誰もいないと思っていた路地の荷物の狭間に、一人の男が蹲るようにして座っていた。

「いやぁ、本当に来ているとは……」

そう呟きながら、男はよっこらしょ、と立ち上がった。

服が汚れていたようで、立ち上がる動作によって塵が風に舞う。

服についているゴミを手で払いながら、男はしっかりとサンチェスと向き合い、見据える。


「君は、どうして私のことを?」

サンチェスは自らが大怪盗サンチェスである、と指摘されたことを一切否定せずに話を進める。

男は、サンチェスの問いに対し、手に持った新聞をぴらぴらと揺らして見せた。

スペインで発行されている新聞だ。

「今の時代、お金さえ払えば外国の新聞だって手に入るもんですよ」

そう言って笑いながらも、男には隙がないように見える。こう話しながらも、サンチェスが飛び退いたときに開いた差を少しずつ狭めてきていた。

「それで、私がサンチェスだ、としてどうする」

サンチェスは男から目を離さない。

間合いを一定に保つように、サンチェスは男が近づくごとに後退って行った。

「そうですね、そも、あなたがサンチェスということでよろしいですかね」



「私こそ、スペインの怪盗、チャールズ・サンチェス・ロペスである」


サンチェスは自らの羽織るジャケットの皺をピシリと整え、宣言する。

威光を携えるその姿に、男は乾いた笑いを溢す。

「流石、思った通りだ」

男の笑みは、全てが枯れきってしまった様な、薄い笑いだった。

その笑みを浮かべたまま、男はサンチェスに近付く。

その表情が、どうしても儚げで、でありながらも強かで。サンチェスは後退ることも忘れていた。

男はそのままサンチェスに肩をぶつけながらサンチェスの背後まで通り過ぎる。


「明日の夜22時、ここに来てください」

ひらりとその身を翻し、男はサンチェスにパスポートを見せる。


"チャールズ・サンチェス・ロペス"


パスポートに記されたその名を見て、サンチェスは内心驚く。

確かに、辺りは日が暮れて既に暗闇に包まれている。

それでも、サンチェスから物を掏るとは……

流石のサンチェスも狐につままれた気分だった。


「これは、取引でも、脅迫でもありません」

男の口が言葉を紡ぐ。




「―――私の懇願です」


ぱさり、とサンチェスの手元にパスポートが戻り来ると同時、男の姿は消えた。

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