5.親友同士の再会
親友同士の再会
サンチェスが予告した日になってしまった。
エクトル警部は最終的にレオパルドに押され、現場に連れて行くことになってしまった。エクトル警部としてはレオパルドの知恵を借りれるということはうれしいことではあったが、いまだにレオパルドがサンチェスに情けをかけて逃がしたりしないのかという疑問は解消されていない。エクトル警部にとってそのことだけが不安だった。もし今回の事件でレオパルドがサンチェスに情けをかけて逃がしてしまったら、レオパルドはこれからサンチェスの事件にかかわることは出来ないだろう。国家警察も、そして市民もレオパルドを信用しなくなるに違いない。そうなればせっかくの頭脳も生かす機会が減ってしまう。そう考えると現場に連れてくるのではなく、間接的にかかわってもらった方が得策だったのではないか、エクトル警部はそう考えながら横目で隣にいるレオパルドのほうをチラ見した。レオパルドは自分に見られていることに微塵も気づく気配がなく、アルベルト氏の邸宅の観察を行っていた。今エクトル警部とレオパルドらはアルベルト氏に連れられて邸宅の案内をしてもらっていた。どこを見ても立派だ。しかし、それも当然だろう。アルベルト氏の財産のほとんどは正当なものではないのだから。皆はサンチェスが初めて予告状を出したときに狙われた、建築家オヌクール氏を覚えているだろうか。オヌクール氏は家を設計するときに抜け穴も設計して置き、のちに窃盗に入るという計画犯罪を犯していた。しかし、そのオヌクール氏にも共犯がいたのだ。そして、その共犯というのがアルベルト氏なのである。オヌクール氏とアルベルト氏のつながりはかなり深く、国家警察が疑うのは無理もない。しかも、アルベルト氏はオヌクール氏の設計する家専門のセールスマンをやっている。そこでアルベルト氏がオヌクール氏の犯罪を知っていて、それでも加担していたとすれば、この莫大な財産も説明がつく。オヌクール氏に協力する代わりに報酬をもらっていたのだろう。そうなればアルベルト氏ももちろんのこと逮捕対象になる。なのだが、その証拠は見つかっていなかった。それだけではない。アルベルト氏の事情聴取をしたときのことだ。
『私は、友人オヌクールに誘われて彼の設計する家を売っていました。オヌクールが犯罪を犯していたなんて知りません。でも…私がしたことには変わりありません。申し訳ございませんでした。』
この言葉によって、国家警察の見方は変わらずとも、市民からの信頼度は急上昇した。アルベルト氏は無罪だ。その雰囲気が今も流れている。国家警察としてもその雰囲気の中で強行手段はとりにくいのだった。そして、今そのアルベルト氏はサンチェスに狙われているのだ。エクトル警部としてはアルベルト氏が黒か白かはっきりさせたいというのはあったが、今はサンチェスに狙われているただの一般市民だ。〝今は〟守らないといけない。エクトル警部は自分にそう言い聞かせた。すると、
「次が宝石の保管室です。」
アルベルト氏の声が不意に聞こえてきた。やっとか、エクトル警部がそう思いながら部屋に入ると、そこは部屋というよりは大広間に近かった。そして、天井は二階建ての邸宅の屋根まで吹き抜けになっており、実際よりも広く感じさせていた。しかし、それだけではない。
「あれは、どういうことだ!?」
エクトル警部は思わず叫んだ。天井を見上げると二階の高さに展示台があるのだが、その台が宙に浮いているのだ。もちろん上から釣り下げられているわけもなかった。しかし、よくよく見ると…
「ああ、ガラスで二階が作られているんですね。」
エクトル警部の横からレオパルドの声が聞こえてきた。エクトル警部もレオパルドとほぼ同時にそのことに気づいた。レオパルドがつぶやいた時、エクトル警部はレオパルドのほうに向きなおった。すると、レオパルドのもう少し向こうに微笑を浮かべるアルベルト氏がいた。きっと自分やレオパルドが驚くのを見て少なからず面白がっていたのだろうな、とエクトル警部は思う。アルベルト氏はエクトル警部とレオパルドが驚いているのをこっそり面白がったのち、説明を始めた。
「今までのサンチェスの事件について調べたんです。すると、少し前の事件では部屋の中に細工をされていたんでしょう?部屋がガラスで仕切られていたら中の様子は丸見えです。しかもこのガラスは透明度が一番高いガラスなんです。」
エクトル警部とレオパルドはアルベルト氏の話に納得した。これほどに透明な部屋なら中で何か細工をしたりは出来ない。サンチェスの手口のうち一つが消えたのだ。しかし、サンチェスは一筋縄ではいかない。どのような計画で来るのだろうか。エクトル警部はサンチェスが来ないうちからそのことを考えていた。レオパルドも同じように考えていたらしく、軽く俯いて考え事をしているようだった。そのままエクトル警部とレオパルドはアルベルト氏と打ち合わせをするため応接間に進んだ。
「サンチェスはどのような計画で来るでしょうね。」
まず話し出したのはアルベルト氏だ。
「今までのサンチェスの事件はたったの二回だけですから、予想も立てにくいですね。」
アルベルト氏に返したのはエクトル警部だった。
「ガラスの部屋なのですから、中にサンチェスが入るのを阻止できれば大丈夫なのでは?」
「しかし、サンチェスのことですから何かしら妙計をもっているでしょう。」
「ではどうすれば…」
エクトル警部とアルベルト氏が話している間も、レオパルドは沈黙を貫いていた。もちろんエクトル警部やアルベルト氏を無視していたわけではない。ただ、考え事をしているのが明白だったため、二人ともレオパルドに話しかけなかったのだ。レオパルドは作戦の打ち合わせをしている途中、始終俯いていた。
予告日当日
サンチェスはまだ来ていない。すでに日は落ちているため、いつ来てもおかしくない状況だった。エクトル警部とレオパルドはガラスの部屋の扉を守っていた。そして、毎時にアルベルト氏が鑑定士を連れて中に入り、宝石が偽物でないかを確認しているのだった。いつの間にかサンチェスにすり替えられていることのないようにするためだった。しかし、今のところエクトル警部やレオパルドが見ているところではサンチェスは何もしていないはずだ。ガラスの部屋の中は丸見えなのだから、中で何かが行われているか何も行われていないかははっきりと明言出来た。そして、中にサンチェスが何もしていないだけではなく、アルベルト氏が毎時に入る以外は誰も入っていないことを証言しているのは国家警察のエクトル警部なのだ。それを信じないわけにはいかなかった。
「11時になったので確認しますね?」
アルベルト氏の確認の時間になった。そろそろサンチェスが来るはずなのだが、エクトル警部はそう思いながら中に入っていくアルベルト氏を見送った。すると、中に入ったアルベルト氏の傍らにいた鑑定士が変装を脱ぎ、本当の姿であるサンチェスの姿になった。
「あ、サンチェス!」
エクトル警部とレオパルドはすぐに叫ぶと中に入り、アルベルト氏に駆け寄った。エクトル警部は中に入った時からずっと警戒態勢だったが、レオパルドは逆に落ち着いているようだった。サンチェスと目を合わせ、意思疎通を試みているようにも見えた。
「やあ、サンチェス。久しぶりだね。」
「レオパルド、やはり君もここに来ていたんだね。」
「もちろんさ、僕が探偵になった理由を忘れたのかい?」
「僕を捕まえるため、だっただろう?」
「そうさ、君が捕まってちゃんと罪を償ってくれたら僕らもこんな風な再開はしてなかったと思うんだけどね。」
「まあ、仕方がないじゃないか。僕の選んだ道がこれなんだから。」
「そうだね、仕方がないといえば仕方がないのかもしれない。でも、これだけは言っておく。君がその道から降りない限りは僕が君を追いかけ続ける。親友同士でそんなことをするのは僕だってつらいんだ。頼むから、その道から降りてくれ。」
「…………………」
エクトル警部はレオパルドとサンチェスの会話を聞いていた。普通に聞いていればただの会話にも見えるが、その様子を見ているエクトル警部からすると、お互いに様子を伺い続けているようにも見えた。エクトル警部はどうすることもできず、ただ二人の会話を見守っていた。すると、
「ごめん、それは難しいかな。〝あいつ〟を倒すまでは。」
サンチェスはそう言うと展示台からサターン・エメラルドをとり、上の穴から出た。サンチェスはアルベルト氏が2階の一部分をガラスにする工事をしたときに工事員に紛れ、穴をあけておいたのだ。ガラスの透明度が高かったため、穴が開いていることにも気づきにくかったのだろう。サンチェスはいつの間に用意していたのか、外壁に立てかけてあった梯子を素早くおり、梯子を倒すと車に乗って逃走した。
「またダメか…」
エクトル警部は思わずつぶやいた。今回はレオパルドもついていたのに、そう思いながらレオパルドの方を向くと、レオパルドは微笑を浮かべていた。ライバルともいえる親友が自分を出し抜き逃げたのに、だ。エクトル警部は意味が分からなかった。やはりレオパルドはサンチェスが逃げたことに安堵しているのではないか、エクトル警部の頭にはその疑問がまた、浮かび上がった。エクトル警部はレオパルドのことを気に入っていたため、予想通りでないことを願いながら聞いた。
「レオパルド君、なぜ笑っているんだね。逃げられたのだぞ?」
すると、レオパルドは衝撃の事実を話し出した。
〝レオパルド・アルバ・モンテス〟
未来の名探偵であり、未来の大怪盗の大親友でもある彼の、
真骨頂が、垣間見える。