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大怪盗サンチェスの冒険記  作者: 村右衛門
サンチェスと海外観光
59/104

58.サンチェスと駒 弐

サンチェスと駒


サンチェスは部屋に常備されている冷蔵庫の中に仕舞われていた、苺を一口頬張る。

「流石は苺の名を持つホテルだけあって苺の味は最上級だ」

満面の笑みでうなずくと、サンチェスは皿に残った最後の苺を口に運ぶ。

ここ、サンチェスが宿泊するホテル・フレッサは初代オーナーが苺が好きだったことを由来として――フレッサはスペイン語で苺――名付けられたホテルだった。

それから、静岡の中で品質に信頼を置ける苺農家とも契約を結び、苺をサービスとして提供し続けていた。


「さて、そろそろ長谷川警部御一行も日本に到着される頃だろうな」

サンチェスは苺のへたをごみ箱に捨て、時計を横目に見る。

サンチェスは、時針が三時の少し前を指しているのを確認し、机の上に用意していたクリアファイルを手に取った。

その中には一通の手紙が入っている。表面には静岡県警の住所、裏面にはサンチェスの署名があった。

その手紙を手品でもするかのように掌の上で動かしながら、サンチェスは脳内でこれからの計画を反芻する。

計画は完璧だ。何も不手際がない。ただ、懸念されることがあるとすれば、長谷川警部の予想外の動きだろうか。

長谷川警部は未だに未知数だ。本人の姿さえ見ていないサンチェスは、長谷川警部の動きを予想するくらいしかできていなかった。相手には地の利や人脈があろう。しかし、サンチェスは逆に不利点が多かった。

「なんだ、緊張してるのか……」

自らの膝が小刻みに震えているのに気づき、サンチェスは自嘲気味に笑う。

実感は湧かなかったが、緊張しているのだろう。

これが武者震いか、とおどけた様子で笑いながらサンチェスは淡々と進み続ける秒針を眺めた。


「長谷川警部が到着されました!」

静岡県警に喧騒が下りる。刑事の中には長谷川警部の話を聞いたことのある者もいる。

若い新人刑事は噂くらいでしか知りえないが、佐々木警部のようにある程度の古株なら長谷川警部の名前はよく知っている。

インターポールの刑事としても職務を果たしたことがあるベテラン名警部。

長谷川警部はまさに伝説の刑事と言っても過言ではない。

「それに、発想が独特だから、関わった人間は忘れようとしても忘れられないんだな、これが」

初めて見た伝説の刑事を前にして、少なからず興奮している刑事たちに囲まれた長谷川警部に佐々木警部が声をかける。

「余計な情報は必要ないだろう!」

長谷川警部が突っ込みを入れるが、佐々木警部は動じることなく、不自然な流れのままで長谷川警部と同行してきたレオパルドを応接間へと招き入れた。


「――それで、準備は勿論、終わらせてあるんだろうな」

長谷川警部が佐々木警部を訝し気に睨み付ける。

佐々木警部は後ろに置かれたデスクに手を伸ばすと、そこに置かれていた一束の資料を手に取り、長谷川警部とレオパルドの前に差し出す。

「これは……なんだ?」

「そのサンチェスってやつが宿泊している可能性のあるホテルのリストだ」

佐々木警部は自分が優位に立ったように誇らしげな笑みを浮かべる。

長谷川警部は佐々木警部の表情を見て少し顔を歪めたが、すぐに差し出された資料を受け取った。

「この、印がついているところは何ですか?」

長谷川警部の持つ資料に横から目を通していたレオパルドが声を上げた。

スペイン人の顔で流暢な日本語が出てくると何とも不思議なもので、佐々木警部は少し固まってしまった。

先ほど、長谷川警部が到着した時に佐々木警部もレオパルドのことについては話を聞いた。

特別な事情でサンチェスの捜査に加わっている探偵であると。

捜査権は一切与えられていないが、捜査に関係する情報を知る権利と捜査に同行し、何らかの意見をする権利が与えられている、ということも聞いた。

だから、レオパルドの存在自体には一切の疑いは持っていないのだが、目の前で起きている矛盾が何とも不思議過ぎて佐々木警部の思考が追い付いていなかった。


「どうかされましたか、佐々木警部」

自分が質問した途端に口を閉ざしてしまった佐々木警部を怪訝そうに見つめて、レオパルドが問う。

「いえ、失礼しました。何とも美しい日本語の発音でしたので驚いてしまって……。その印のことでしたね」

佐々木警部は資料に視線を戻した。

「それは不思議な証言を得られたホテルです。客の中に顔の肌は色白な日本人肌なのに、緑色の瞳で、掌の皮膚は明らかに日本人のものではなかった、という」

佐々木警部から与えられた新しい情報に、レオパルドは大きく反応した。

「それは……明らかにサンチェスですね……」

緑色の瞳は世界人口の2%しか存在しない、希少なものだ。

しかも、そこまで怪しい証言がなされているのだから、サンチェス以外ならば誰がいるというのだろう。

「そんなことが分かっていて、何もしてないのか!?」

長谷川警部が佐々木警部に詰め寄る。

佐々木警部はどうどう、と言いながら長谷川警部の肩に手を置く。そのまま応接間に二つあるソファに無理やり座らせた。

「何もしないわけないだろ。既に何人かの警官にホテルの周りは見張らせてるし、怪しい人物の似顔絵も入手している」

「……手を打っているならまあいい」

長谷川警部は先ほど興奮したのが少し恥ずかしいのか、顔を少々右に反らしていた。

「……ですが…サンチェスならそんなミスをするんでしょうか」

レオパルドが、考え事をするように顎に手を添えながら言う。

長谷川警部と佐々木警部も確かに…と唸る。

「今、警官はいつでも突撃できるように待機させています。一旦ここは様子を見ましょう」

佐々木警部の提案に、残る二人は頷いた。

しかし、どうしてもサンチェスの手のひらでマリオネットとして踊らされているような気がして堪らない。

何とも不気味で、居心地の悪い気分だった。


コンコン、と。沈黙を打ち払うかの如く応接間の扉がノックされた。

「失礼します、佐々木警部。何やら怪しげな投函物が」

刑事の手に持たれた封筒を見て、レオパルドはその裏にサンチェスの署名があることに気づく。

「それは、サンチェスの予告状です」

レオパルドは冷静に告げる。長谷川警部と佐々木警部はレオパルドの言葉に驚きながら刑事の手から手紙を受け取る。


ダンッ、と突然にレオパルドが机を思いっきり叩いた。

佐々木警部は封を切ろうとしていた封筒を落としそうになって慌てて掴む。

「さっきの刑事、どこに!?」

レオパルドは叫びながら応接間の扉を開けた。勢いづけて開けてしまったことも有り、そのあたりのデスクにいた刑事たちからの視線が痛い。

レオパルドはそんなことを気にも留めず、近くにいる刑事に「さっきの刑事は?」と尋ねている。

しかし、どの刑事からも対した返事はもらえなかった。誰も、その姿をしっかりとは見ていない、と言う。

「……外に逃げたかッ…!」

「ちょっと待ってください」

今にも外へと飛び出していきそうなレオパルドの肩を長谷川警部がつかむ。

「落ち着いて、どういうことか説明してもらえますか?」

落ち着いた声音で、長谷川警部はレオパルドを諭すように言った。

「そうですね。すみません、少し興奮していました」

先ほどの刑事の顔が、その色白で、奥に緑色が覗く黒いカラーコンタクトをつけたその顔が、レオパルドの脳内で嘲笑っているようにさえ感じられた。

その幻覚を振り払い、レオパルドは応接間に戻る。


「先ほどの、予告状を持ってきた刑事こそ、サンチェスでした」

先ほどとは打って変わって冷静に述べられたその事実に、長谷川警部と佐々木警部は絶句する。

本当に何の言葉も出てこない。これが、絶句なのかと二人は思った。

「刑事の瞳は黒に見えましたが、多分あれはカラーコンタクトです。それに、耳が明らかに色白の人のものではなかった……!髪で隠れているから、影が落ちているのだと思いましたが、それにしても肌の色が不自然過ぎたんです」

レオパルドの説明を聞きながらも、二人の警部は驚きの表情を隠すどころか収めることもできていない。

「絶対にありえない。刑事に化けて静岡県警の中に入ってくるわけがない。そんな先入観の裏をかかれたんです……!」

長谷川警部と佐々木警部はここで初めて、サンチェスという男がどんな人物かを知り、思った。



何と、大胆不敵な男なのか、と――。

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