54.レオパルドと証拠
レオパルドと証拠
レオパルドは、自分の持つ書類をひらひらと振った。
セドリック警部はその書類が何なのか、と予想を立て始める。
レオパルドがレオパルドであることなど、大前提である。
「その書類が、大切な発見なんですか?」
セドリック警部は、サンチェスの捜索を速めに開始するため、早速レオパルドに尋ねる。
レオパルドは、ええ、と頷いた。
セドリック警部は、これは重要だと判断し、周りにいた警官に素早く指示を飛ばしてからレオパルドに向きなおった。
レオパルドは、書類を軽く整理し、今必要な書類を手元に置く。
そして、セドリック警部にその書類を手渡した。
「これは、フレデリク氏の会社の詳細情報……ですね。」
セドリック警部がレオパルドから渡された書類に目を通しながらつぶやく。
そう。レオパルドが持ってきたのはフレデリク氏が隠し持っていた会社の情報が記された書類だった。
実際、会社の情報は他の会社に対して隠されているだろう。
他の会社にその情報が渡ったら、不利な状況になってしまうかもしれないからだ。
しかし、会社の情報をその会社の中でも完全に秘匿することはあまりないだろう。
社長が隠し持っているのなら、その情報が外に出ればまずいのか、と疑われる要因となるだろうし、社員からの信頼も下がってしまうかもしれない。
そのため、普通ならばある程度会社で権力を持つようになった社員は、そのような情報を開示されている。
なのに、フレデリク氏はその情報を自分の邸宅の屋根裏部屋に隠していた。
会社に保管しておけばいいものを、自分の邸宅の中に隠していたのである。
これは何かあるのでは、と疑わないわけがない。
実際、レオパルドはそう疑ったからこそ、そしてもしかしたら何らかの新しい事実を見つけたからこそ、セドリック警部に報告するため書類を持ってきたのだろう。
「この情報の、どこかおかしいんですか…?」
ぺらぺらと紙をめくりながら、セドリック警部はレオパルドに尋ねる。
どこかおかしいからこそ、レオパルドが自分のもとに持ってきたことは理解していたセドリック警部だが、パッと見た感じでは普通に会社の情報である。
それが、屋根裏部屋にあったというのは少しおかしいかと思うが、まあ、ただそれだけである。
怪しいだけで、おかしいことはどこにもない。
しかし、レオパルドは気づいていた。この情報が示すおかしな点に。
「セドリック警部、ここを見てください。」
レオパルドは、一旦セドリック警部から書類を受け取り、ページをめくってあるページを開けてからセドリック警部に返した。
そのページは、会社の予算と、支出について記された表だった。
先ほどセドリック警部も一度目を通したところである。
しかし、セドリック警部はそのページのおかしなところには気づかなかった。
「ここの、支出のところをよく見てください。いくつか、同じ額が取り出されていることが分かりますよね。」
レオパルドが指示したところには、確かに一定額、それもかなり高い金額が何度か引き出されたという記録があった。
しかも、その回数は一度や二度のものではない。かなりのものだった。
「これは……何のために……?」
セドリック警部もそのおかしさに気づいたようだ。
首をかしげて理由を考えている。
レオパルドは、その理由をしっかりと知っていた。
ある国に行くのなら、その国のことをある程度知っていなければいけない。
これは、常識だ。そうでなければその国で生活するのが難しい。
レオパルドも、フランスに来る前にフランスのことをある程度は調べていた。
しかし、レオパルドの場合は少し普通の人と感覚がずれている。
普通の人が、その国の文化や言語、観光名所などを調べるのに対し、レオパルドはその国で今までに起こった事件や、その結果について調べる。
しかも、調べられる限りのことをである。
レオパルドは、今までにフランスで起こった事件をしっかりと調べていたため、フレデリク氏の会社の支出の理由に気付くことが出来た。
レオパルドは、フレデリク氏の会社から一定額が引き出されている日付に着目した。
そして、レオパルドの知る他の日付と当てはめてみたら、ぴったり一致したのだ。
「これらのお金が引き出された日付は、フレデリク氏の会社の社員が、労働時間が長すぎるといって起こした訴えを引き下げた日付と一致しています。」
レオパルドの言葉に、セドリック警部ははっとする。
そして、もう一度その日付を確認してみれば、本当にその通りだった。
「つまり、フレデリク氏は会社の金を利用して自分の罪を隠蔽していたのです。この書類の情報が正しいのかを調べ、しっかりと日付を照合すれば、立派な証拠になるはずです。」
レオパルドは、今までのことを軽くまとめ、そう言った。
セドリック警部は、その言葉を聞いて、部屋の外へと走り出した。
「フレデリク氏を連れてこい! 重要参考人だ、逃がすな!」
セドリック警部の指示で、セドリック警部の指示が届いた警官らはすぐに動き出した。
先ほどまではサンチェスの捜索だったはずなのに、いつの間にかフレデリク氏の逮捕劇となっていた。
数分後、フレデリク氏はすぐに見つかり、連れてこられた。
自分がしたことについて気付かれることはないと高をくくっていたのだろう。
しかし、捕まりそうになった時少しは抵抗したようで、服が乱れていた。
フレデリク氏は、捕まった今、抵抗する気も失せたようで、大人しかった。
セドリック警部に先ほどの書類を見せられても、動揺することなく、自分のしたことを認めた。
こうして、フレデリク氏は逮捕された。
事が収まったのち、レオパルドが再び現れた。
「セドリック警部、屋根裏の捜索は終わりましたが、サンチェスはいませんでした。」
レオパルドは、セドリック警部に報告した。
そこで、セドリック警部は違和感を覚える。
先ほどフレデリク氏の悪事の証拠を持ってきて報告した時にサンチェスが逃げたことは知らされたのに、このレオパルドは先ほどまでサンチェスを捜索していたかのような話ぶりだ。
セドリック警部は、そこでやっと気づいた。
先ほどのレオパルドは、サンチェスの変装であったことに。
セドリック警部は、レオパルドに先ほどのことを話した。
すると、レオパルドは驚くこともせずに、何度か頷いた。
それこそ、レオパルドがもともとからサンチェスの計画を知っていたと聞いても納得できるほどに落ち着いていた。
「つまり、サンチェスは既に逃げてしまったということですね。」
レオパルドの声は、静かだった。
セドリック警部は、レオパルドの声を聞いて、先ほどのサンチェスの変装が如何に精密なものだったかを改めて知った。
今回の事件では、フレデリク氏の悪事を暴き、逮捕することは出来たものの、本命であるサンチェスは逮捕することが出来なかった。