53.サンチェスとセドリック警部
サンチェスとセドリック警部
「では、始めましょうか。」
煙が少しずつ晴れてきて、サンチェスの姿も黙視することが出来るくらいには視界が開けてきた。
セドリック警部は、サンチェスを睨みつけ、臨戦態勢である。
そして、セドリック警部に相対するサンチェスは、やけにのんきであった。
セドリック警部を敵とも思っていないほどの様子である。
セドリック警部に睨みつけられて、少しも動揺しなかった犯人などいないほどであるというのに、サンチェスはそんなことは気にしていないと言わんばかりに肩の力を抜き、きょろきょろと周りを見回している。
セドリック警部は、その様子から改めてサンチェスが強者であることを感じた。
サンチェスは、自分が強者であると信じ切っているわけではない。
ただ、サンチェスはいつであっても自分が強者である状況を作り出し、その場の雰囲気を操作することによって周りの人間に対しても自分が強者だと考えさせている。
それがどれほどサンチェスに相対するものに対して不安を与えるか、サンチェスは知っているのである。
サンチェスが、セドリック警部に睨みつけられて感じるはずだった不安を、サンチェスは跳ね返し、セドリック警部に与えている。
「どうやってここに侵入したかについてはわからないが、ここに入った時点で君は逃げ場を失っている。ここからどうやって逃げるつもりだ?」
セドリック警部が、サンチェスに尋ねた。
セドリック警部としては、常に気になっていることだった。
スペインでのサンチェスの事件を詳しくは知らないセドリック警部だが、流石にサンチェスを包囲することくらいはしたことあるだろう。
普通の犯人ならば、包囲されて逃げられるはずもなく、逮捕されるのがほとんどだ。
まあ、警官をなぎ倒して進み続けられるようなタフな犯人が相手ならば話は変わってくるが、そこまでの体力と力を持っている犯人など珍しいのである。
ならば、今までサンチェスは警官の包囲網をどうやって突破してきたのか。
普通なら突破できるはずがないのに、突破出来てきたのは何故なのか。
そして、今この状況でも、サンチェスはどうやって逃亡するつもりなのか。
セドリック警部は、サンチェスの返答を待った。
「まあ、逃げ場がないのなら作ればいいんじゃないでしょうか。作る術ならいくつか心得てます。」
サンチェスは、圧倒的に不利な状況に置かれても、余裕そうな表情を崩さない。
セドリック警部は、自分たちに隙があるかのようなサンチェスの言い方に、苦笑いで返した。
逃げ場を作る術
サンチェスが、今までに何度も事件を起こし、そのたびに逃げ切る経験を得て、確立させてきた方法だった。
サンチェスは、どれだけ状況が自分に不利であっても、逃げ道を作り出してきた。
その経験は、活かす場所があってはいけないような気もするが、今までに何度も生かす場面があった。
「ここから、逃げようと思えばすぐにでも逃げられるんですよ。」
サンチェスは展示されていた宝石を手に取ってからそう言った。
圧倒的にサンチェスの方が不利な状況だったはずなのに、サンチェスの方が有利な状況にも見える。
サンチェスは、不敵に笑うと懐から煙玉を一つ二つと手品のように取り出す。
そして、その煙玉をお手玉のように遊びだした。
「レオパルドが来ないうちに逃げますか。」
サンチェスは、そう言った。
セドリック警部や、その他の警官が見ている前で、サンチェスが遊んでいた煙玉がぽろっと床に落ちる。
そして、またもその場は煙に包まれた。
セドリック警部と警官は、何が何でもサンチェスを逃がすものか、と力を入れた。
セドリック警部は煙の中でもサンチェスの気配を探りながら手さぐりで動き続ける。
警官は、それぞれが守るように指示されている出入り口を守りきるために壁に張り付いた。
結果として、そこはサンチェスを閉じ込めた監獄となったのである。
煙が晴れて、視界が開けて。
サンチェスがそこにいるであろうとセドリック警部は予想していた。
予想していたのに――サンチェスはそこにいなかった。
見れば、いくつかある出入り口のうち、一つの出入り口を警備していた警官らが気絶して倒れていた。
セドリック警部がすぐにその警官らのところへ駆け寄ったが、その警官らはただ気絶しているだけで、死んでいるわけではなかった。
セドリック警部は、致命傷になっていないことに安堵しながら、救急車を手配した。
セドリック警部は、サンチェスがどのようにしてこの部屋から逃げ出したのかについてはすぐに分かった。
見たらわかるだろう。出入口の警官を気絶させてそこから逃げたのだ。
しかし、煙の中で、周りの様子を知ることが難しかったはずなのに、何故サンチェスは身軽に動き、警官に抵抗されないまま気絶させられたのか。
そのことは分からなかった。
まあ、そんなことは後で考えればいいことだ。
セドリック警部はすぐにサンチェスを探し出すために警官らを派遣した。
警官たちはセドリック警部の指示に従い、邸宅内をくまなく捜索し、サンチェスを探した。
しかし、サンチェスは一切見つからない。
「セドリック警部、Aブロックでは二度目の捜索でもサンチェスは見つかっていません。」
セドリック警部は、何度も報告に来る警官らを捌きながら、考えていた。
サンチェスはどこにいるのか、と。
警官らが総動員で探しているのだからそろそろ見つかってもいいはずだ。
なのに見つからないということは、それこそこの邸宅から出て行っているのかもしれない。
しかし、邸宅の出入り口はすべて封鎖している。
今のところ、どこの出入り口も突破されたという報告は届いていなかった。
なら、この邸宅の中に、邸宅のどこかにサンチェスがいるはずなのにそこにはいない。
セドリック警部は、明らかに矛盾していることに気づいていた。
「セドリック警部、報告があります。」
そう言って入ってきたのは、警官ではなかった。
フランス国家警察の制服ではなく、私服を着こなす男性は、レオパルドである。
レオパルドは、先ほどまで屋根裏の捜索をしていた。
それこそ、サンチェスが来ていたことも知らなかった。
屋根裏にいる時に、やけに下が騒がしいと感じて一旦下に降りてみたら、サンチェスが既にきて、行方をくらましたため、捜索しているのだと聞いたのである。
レオパルドは、サンチェスが来た時に現場にいられなかったことを悔しく思ったが、それ以上に大切な発見があったため、すぐに駆け付けた。
レオパルドは、ひとまとめの書類を持っていて、それが大切な発見だそうだ。
レオパルドは、不敵に笑いながらその書類をひらひらと振った。




