52.サンチェスと自信
一日ずれてしまってすいません。
サンチェスと自信
サンチェスは、既にフレデリク氏の邸宅に侵入し、行動の機会を探っていた。
レオパルドとセドリック警部が、常に広範囲の見回りをしているために、サンチェスだとしても簡単には表舞台に上がれないのだ。
レオパルドやセドリック警部が相手であっても、サンチェスには逃げきれるという自信があったが、出来ることなら完全に逃げ切れるという確信が得られてから登場したいのが本音だ。
レオパルドが急にフランスに来るということは予想していたサンチェスだが、実際に来てしまったのならしっかりと対策をしておかないといろいろと不具合が生じるだろうし、今からでも計画を立て直す必要があった。
サンチェスは、一旦計画を立て直すため、レオパルドとセドリック警部の様子も観察することが出来る邸宅内の中心で警察官のふりをしているのだった。
ここはレオパルドやセドリック警部が現れることも多い場所で、危険度の高い場所ではあったが、その点はセドリック警部が警官の量を多くしてくれたことがあって、解決された。
フランス国家警察とはそこまで深いかかわりのなかったレオパルドはもちろんのこと、長年フランス国家警察で働いていたであろうセドリック警部も、警官の名前と顔を完全に一致させることは出来ていないようだった。
実際、サンチェスが存在しないはずの警官に変装していてもセドリック警部は気づく気配を見せなかった。
それこそ、既に存在している警官に変装するよりも危険は少なかったかもしれない。
もしも、サンチェスが変装した警官がセドリック警部と特別関わり深い人間だったら、セドリック警部に感づかれる可能性があったからだ。
その点、もともと存在しない警官であれば、セドリック警部が違和感を感じても、しっかり覚えられていないだけだ、と思われるだろう。
サンチェスは、そこまで考えたうえで、存在しない警官に変装したのである。
「では、今のところはサンチェスは現れていないということでいいですか。」
レオパルドとセドリック警部が、サンチェスの目の前で情報共有をしている。
話題に上がっているサンチェスが自分たちの近くに近くでこの話を聞いているなど予想もできていないだろう。
やはり、気配を感じることが出来るというのは大事なのかもしれない。
こういう時には、サンチェスの気配を感じられた方がいいだろう。
「そうですな。まだ来ていないと考えていいでしょう。」
セドリック警部が、レオパルドに返事をしている。
既にきてるし、二人の目の前にいますけど。とサンチェスは突っ込みたくなるのを抑えた。
サンチェスの目の前で、レオパルドとセドリック警部は情報共有を終わらせ、別れてまた捜索に向かった。
サンチェスとしてはこの二人の行動が滑稽で仕方なかったのだが、二人は一切サンチェスに気づいていないのだから仕方がない。
レオパルドとセドリック警部がそれぞれ他の場所に見回りに行ったのを確認してから、サンチェスは動き出した。
警官の姿であるサンチェスは、誰にもとがめられることなく邸宅内を移動することが出来た。
これも、セドリック警部がある程度の警官の自由を与えてくれているからである。
サンチェスのように、対応力の高い泥棒相手であれば、警官全員が配置についているだけでは逮捕できない。
そのため、警官はサンチェス逮捕のために必要だと考えられたことならばある程度のことは自由に行動していいということになっているのだ。
流石に、明らかにおかしいことをすればとがめられるかもしれないが、サンチェスが行っているのはただ単なる移動であり、咎める理由がない。
「レオパルドさん! セドリック警部からの伝言です。『屋根裏の捜索をしてほしい。警官は近くにいるものを連れて行くように。』ということです。」
サンチェスの捜索をしていたレオパルドのもとに、一人の警官がやってきた。
セドリック警部は、フレデリク氏の話を聞いていて、屋根裏に広めの空間があるということを聞き出したのだ。
しかし、老齢であるセドリック警部は自分で上がるわけにはいかない。というか、上がること自体出来ない。
それで、レオパルドに頼むために警官を派遣したのだ。
これも、セドリック警部が直にレオパルドのもとに行こうとしたら時間がかかってしまうためだ。
レオパルドは、すぐに近くにいた警官――報告に来た警官も含む――を連れて屋根裏に上った。
レオパルドは少し広い空間だと聞いたのだが、実際に上ってみれば暗いからかもしれないが、空間の端が見えないほどだった。
もしかしたら、フレデリク氏のように大金持ちの人間の考えでは、このくらいは少し広い位の空間なのかもしれない。
レオパルドは、さっそく懐中電灯の電源を入れ、警官らに分担を伝えて捜索を開始した。
かなり広い空間だというのに、連れてきた警官の数は少し少なかったため、一人一人の分担する空間が広くなってしまった。
そして、レオパルドもサンチェスがどこにいるのか、ということばかり考えて捜索していたため、一人静かに屋根裏から降りる警官がいるのには気づけていなかった。
屋根裏から降りた警官、に扮したサンチェスは、そのままセドリック警部のいる場所へと向かった。
サンチェスが計算した通りであれば、サンチェスがセドリック警部のもとへ到着したころにはセドリック警部は宝石の展示室にいるはずだった。
宝石の展示室の見回りは、セドリック警部の管轄なのだ。
「ここが宝石の展示室だな。これで三回目の見回りか。」
セドリック警部の呟きは、広めの空間に吸い込まれていった。
三回目の見回りということで、そろそろセドリック警部も飽きてきたのだろうか。少し口調が棒読みに近い。
しかし、今回は退屈な見回りでは済まされないだろう。
ボンッ
セドリック警部は、突然聞こえた軽めの破裂音に、小さく反応した。
そして、音源の方に向き直る。
そこには、煙が充満していた。
この状況を見て、セドリック警部はすぐに状況を把握した。
「レオパルドさんを呼んで来い!……いいや、やはりこの部屋の出口を封鎖しろ。逃げられないように!」
セドリック警部はレオパルドを呼びだそうとしてやはりやめた。
ここでレオパルドを呼びに行っていれば、自分たちに隙が出来てしまう、と考えたからだろう。
今の状況を大まかには把握できているセドリック警部だが、細かい状況は煙のせいで分からない。
しかし、これだけはわかった。
――サンチェスが来ている
セドリック警部は、警戒度を一気に上げ、いつでも対応できるようにした。
セドリック警部も、老齢ではあるが、体力が少ないだけであって、今でも極められた逮捕術はそのままだった。
サンチェスを捕まえることが一度でもできれば逮捕するまであきらめることなく、動き続けられるだろう。
「では、始めましょうか。」
サンチェスの、やけにのんきな一言で、戦いの火ぶたが切られた。