4.ベテラン警部の苦悩
ベテラン警部の苦悩
「サンチェスの予告状が来ました!」
警官の放った言葉で分かりやすくエクトル警部とレオパルドの表情が変わった。エクトル警部はレオパルドを置いて国家警察に戻ろうと考えた。しかし、
「私も行ってよろしいでしょうか。」
レオパルドは言った。エクトル警部としては部外者を国家警察に入れるわけにはいかなかった。が、レオパルドの推理力を考えると事件に間接的に協力してもらうのもいいと考えた。それで、エクトル警部はレオパルドの同伴を許可し、エクトル警部とレオパルドは警官に連れられて国家警察に向かった。
国家警察にて
国家警察の警官ら、刑事らは見たこともない人間であるレオパルドを見て新任の刑事かと考えたが、そんな知らせは来ていないため、だれが来たのかと思った。エクトル警部はそのままレオパルドを案内し、窃盗犯担当部署の自分のデスクに向かった。エクトル警部は警部なので、一つの個室を自由に使うことが許可されていた。エクトル警部はそこにレオパルドを招き、サンチェスの予告状を見ることにした。
サンチェスの予告状の内容
私はアルベルト氏の所有するサターン・エメラルドを気に入っております。
今回あなたたち側には強いカードがあるようですので、お手柔らかにお願いしたいと思います。
では、11月2日に参りますので丁重にお迎えいただけると幸いです。
レオパルドは初めて見るサンチェスの予告状に興味津々そうだった。それもそうだろう。サンチェスの事件に関わったことはあるレオパルドだが、サンチェスの事件の予告状を見たのは初めてなのだから。というよりも、今のところサンチェスの予告状を読んだことあるのはエクトル警部とエドワード警視だけだ。それ以外の人で読んだのはレオパルドが初めてだった。レオパルドはサンチェスの予告状を大体見終わると、次はエクトル警部のほうに向きなおった。本当はレオパルドもエクトル警部に質問したいことだらけだったのだろう。しかし、エクトル警部を安易に質問攻めにするのも気が引けたので、あまり質問できないでいた。しかし、
「何か質問はありますか?」
エクトル警部がそういった瞬間、レオパルドの顔はまたも興味に輝くことになる。レオパルドはエクトル警部に失礼のないようにしながらも、思っていた質問をぶつけていった。
「サンチェスが事件を起こし始めたのはいつからなんですか?」
「サンチェスは何か言っていましたか?」
「サンチェスは―」
レオパルドがした質問はすべてがサンチェスについてだった。エクトル警部はサンチェスのことにだけ興味を示すレオパルドの質問に答えながら思った。
やはり、仲が良かったのだな…
エクトル警部は今まで友人というような人がいたことがなかったため、少しうらやましく思った。学校でも優等生だったエクトル警部は有名にこそなったものの、あまり人との付き合いを好まず、自分の席で勉強をしていたエクトル警部に自分から話しかけるような人もいなかった。エクトル警部はそんな悲しい過去を思い出しながら、サンチェスのことを熱弁し出すレオパルドを微笑ましそうに眺めていた。そして、熱が冷めだすどころかどんどん白熱していくサンチェス談を止めるべく、声をかけた。すると、レオパルドは今更気づいたかのようにエクトル警部に謝罪し、少し俯いてしまった。エクトル警部的には、時間さえあればレオパルドのサンチェス談も聞いていたいくらいだった。しかし、今はサンチェスのことが最優先だ。エクトル警部はたった二回だけのサンチェス事件担当の経験を活かし、サンチェス対策を始めた。警備体制の敷き方から、サンチェスが現れたときの対処法など、エクトル警部はレオパルドにそれらのことを話したものの、エクトル警部はレオパルドを現場に連れて行く気はなかった。今のレオパルドの様子からして、現場に行く前提になっている気がする。エクトル警部はいつかはレオパルドに言わないといけないなと思いながら、タイミングを見計らっていた。言いにくい原因として一番大きいとすれば、レオパルドが白熱していったというのがある。次こそは言わないと。エクトル警部はそう思ったが、これからも言えるかわからない。なぜかはわからないが、レオパルドを見て、レオパルドの話を聞いて、サンチェスの話を聞くとレオパルドの思いを無下にしたくないという思いが強くなってくるのだ。それで、早めにレオパルドと別れようとした。どうやって話を切り出したらいいだろう。話を始めたらどうやってレオパルドに納得してもらうのがいいだろう。レオパルドの頭脳ではエクトル警部でも言い負かされてしまうかもしれない。そう考えるとやはりレオパルドにその話を切り出すのさえ躊躇われた。そう考えているとエクトル警部もどうしたらいいのかわからず、思わず頭を抱えた。レオパルドはエクトル警部が頭を抱えて考えているのも知らずにサンチェスについての資料を読み直したり、サンチェスのことについて頭の中を整理したりしていた。しかし、その作業にもひと段落つくと、エクトル警部が頭を抱えているのに気づいた。そして、エクトル警部が頭を抱え、考え事をしているためにほとんど動かないのを、レオパルドは寝ているのだと勘違いした。
「エクトル警部、どうしたんですか?近頃寝れてないんですか?」
レオパルドは純粋にエクトル警部を心配して言った。エクトル警部はレオパルドの言葉で我に返り、一度周りを見回した。目の前にいるレオパルドは今もエクトル警部が寝ていたのだという前提で話している。
「睡眠不足は体調不良の原因になりやすいんです。」
「睡眠をとらないと職務にも影響が出ると思いますよ?」
レオパルドがエクトル警部に睡眠不足から生じる悪影響について並べ立てている間、エクトル警部はレオパルドが何のことを言っているのかわからなかった。自分はただレオパルドについて考え事をしていただけだ。寝ていたわけではない。エクトル警部はそう考えるが、よくよく自分の行動を頭の中で整理していくと、寝ていると勘違いされても仕方がない様子だったと気づいた。エクトル警部は自分が職務中に居眠りをしていたという誤解を受けていたということに驚き、恥ずかしくなった。
「レオパルド君、もしかして君は私が居眠りをしていたと思っているのかい?」
エクトル警部が恐る恐ると言った様子で尋ねると、
「え?違うんですか?」
レオパルドが即答した。やはりか!エクトル警部は勘違いされていたことに苦笑いを浮かべながら事情を説明した。自分が考え事をしていたこと、悩むようなことだったため、頭を抱えてしまっていたことなどだ。エクトル警部はこの時こそレオパルドが現場には行けないことを言えるかと思ったが、最終的に言えなかった。レオパルドもエクトル警部の考え事については何も詮索しなかった。警察関係者の考え事と言えばいろいろあるからだろう。今担当している事件もサンチェスの事件だけとも限らない。ほかの事件でかなり悩むことがあるのかもしれない。そのようなことを一般人のレオパルドが知っていいわけがない。レオパルドはそのことを自分で自覚し、自制していた。本当なら好奇心旺盛なレオパルドは今までにエクトル警部が担当した事件の話なども聞きたいと思っている。エクトル警部はベテラン警部だ。そのベテラン警部と話せる貴重な機会なのだから。しかし、今はまだそのような話を聞ける立場ではない。そう、今は…