45.サンチェス、旅立つ
またも間が空いてしまい申し訳ございません。
サンチェス、旅立つ
ここは、スペインの車道を走る、車の中である。
サンチェスはスペインの国境を抜けようとしていた。
久しぶりに旅行に出るのである。
殺人犯であるアマドとの戦いによって疲弊したサンチェスは、外国で療養しようとしているのである。
そして、その行先はもちろん、フランスである。
その理由は単純明快。
サンチェスが憧れる、アルセーヌ・ルパンの母国であるからだ。
サンチェスは、フランスで療養をするとともに、スペインだけではなく、他の国でも、自分の名前を轟かせようとしていた。
それは、サンチェスの長年の夢であった。
母国で怪盗として名をはせるのは、サンチェスにとっては当然のこと。
サンチェスはさらにその上を目指すのだ。
そう、海外進出である。
「近頃、めっきりサンチェスの予告状減りましたよね。」
レオパルドは、エクトル警部にそう言った。
今日は、エクトル警部が非番のため、レオパルドとともに喫茶店に来ているのだ。
エクトル警部は、レオパルドの投げかけに頷きで返した。
サンチェスは、定期的にというわけでもなかったが、ある程度の間隔で予告状を送ってきていた。
しかし、近頃ではサンチェスは予告状を送ってこない。
それもそのはず。
サンチェスは、フランスへと旅立っていたのだ。
そんなことを知らない、エクトル警部やレオパルドは、サンチェスの予告が来ないことに不信感を抱いているのだった。
それこそ、次の事件のために力をためているのか、と思っているのである。
また、サンチェスの幼馴染であるレオパルドは、サンチェスが何らかの事件や事故に巻き込まれたのか、とも心配していた。
まあ、事件に巻き込まれるといってもサンチェスこそ窃盗犯なのだが。
なんにせよ、今のところはレオパルドもエクトル警部もサンチェスがフランスに行っていて、フランスで怪盗として何らかの事件を起こそうとしているなど、気づいてもいなかった。
サンチェスは、フランスの適当なアパートの一室を借りた。
ここにいる期間が分からないため、ホテルに泊まることもできなかったのだ。
それで、今はアパートの中でいろいろと準備をしている。
流石に、何にもない部屋だとサンチェスの気も落ち着かない。
サンチェスはいくつか持ってきていた家具を部屋の中に運び入れ、設置した。
数十分したころ、サンチェスは持ってきたすべての家具の設置を終わらせていた。
いつも使っている隠れ家には劣るものの、かなりきれいに整えられた部屋にできたはずだ。
サンチェスとしても、その方が過ごしやすい。
これから、何度か事件を起こしてその後にここに帰ってくるのであれば、いくらか休息を得られるような部屋にしておくほうが良い。
そうでなければ、しっかりとした休息も得られず、次の事件の時に支障をきたしてしまうかもしれない。
サンチェスはそんな、体調不良などが原因で国家警察に逮捕されてしまうような怪盗にだけはなりたくなかった。
サンチェスは、先ほど設置したソファに座ると、目の前のローテーブルにパソコンを置き、起動させた。
今までスペインで活動していたころとは違い、今いるのはフランスだ。
住み慣れていて、ある程度知識のあったスペインとは、まったく別の場所なのだ。
つまり、まずは土地を知り、ある程度の知識を得る必要がある。
そうでなければ、そもそも逃亡することなどが不可能になってしまう。
そんなことのないようにするためにも、サンチェスは地理などの知識を得ている必要があるのだ。
サンチェスは、三次元的に地図を見ながら、計画を立て始めた。
レオパルドは、スペインでのサンチェスの活動が明らかに減ったことを気にしていていた。
幼馴染として、ただ単にサンチェスが何らかの危険な状況に置かれているのではないか、という心配もあったが、エクトル警部と同様に、何らかの大きなことを起こそうとしているのでは、という心配もあった。
後者の心配の仕方はサンチェスの幼馴染としての考えではなく、サンチェスという怪盗を追いかける私立探偵の考えだった。
ところで、レオパルドはサンチェスの居場所を探るため、情報収集に勤しんでいた。
今まで、サンチェスの隠れ家が発見されたことはないが、サンチェスの代替の行動範囲なら探ることが可能だろう。
実際、レオパルドは今までにもサンチェスの行動範囲を半径一キロ以内まで絞ったことがある。
しかし、サンチェスの行動が一か所にまとまっているのではなく、分散されていたためにこれ以上は絞ることが出来なかった。
そのため、サンチェスの隠れ家については大体の見当しかつかなかった。
まあ、サンチェスなら幾人かには変装できるのだし、サンチェス本人の目撃情報があるということ自体がサンチェスが意図的な何かなのかもしれない。
サンチェスなら、本人だとわからないような変装をできるのだ。
つまり、サンチェス本人だと、サンチェスの顔など新聞くらいでしか見たことのないであろう一般人が分かるような状況が起こるはずがない。
そう考えたら、レオパルドが情報収集の末に見つけ出したサンチェスの行動範囲についても疑念が残る。
それが、本当に正しいのだろうか。
レオパルドも、そう考えたことが何度かあった。
しかし、それでもレオパルド以外に行動範囲を特定することが出来た人などいなかった。
レオパルド以外がないのだから、レオパルドを信じる以外の選択肢がないのだ。
サンチェスは、ある程度フランスの地理についての知識を習得した。
そして、狙うべき人物についてもあたりはつけた。
あとは、予告状を送って事件を起こすだけだ。
予告状を送るときにはもちろんのことフランス語で送る。
サンチェスは、フランス語も習得していた。
まあ、同じヨーロッパの国であるし、スペイン語と同じラテン系言語のため、習得するのは簡単だった。
レオパルドは、ヨーロッパ各国にまで捜査範囲を広げ、スペインの国境付近や、スペインからフランスに向かうのに通る必要のある国、フランスの国境付近でサンチェスの目撃情報があることを調べ上げた。
しかも、サンチェスの目撃情報はフランスで途切れている。
レオパルドは、その情報からサンチェスがフランスにいる、と断定した。
先述したように、サンチェスは変装することが出来るため、目撃情報が役に立たない。
しかし、この情報が間違っているという証拠だってないのだ。
今はこの情報を信じるしかないだろう。
レオパルドは、この情報をもとにしてサンチェスを不意打ちで逮捕しようと考えていた。
今のところ、不確定要素が多すぎるため、流石のレオパルドでも国家警察を動かすことは出来ない。
それでも、レオパルドを動かすのには十分な情報だった。
サンチェスがいるかもしれないのなら、レオパルドは行動を起こす。
幼馴染であるサンチェスが怪盗になるのを止められなかったのはレオパルドだ。
レオパルドは、その贖罪をしたいのだった。
一人はSで、一人はNだ。
誰かがくっつけようとするのではない。
それぞれが、もう片方に向かって行く。
磁力に引かれるそれらの二つの物体は、自らで磁力を発し、相手を引き寄せ、自分が引き寄せられるようにする。
まさに、彼ら、レオパルドとサンチェスは磁石だった。
双方の思惑が、フランスで衝突しようとしている。
このお話で、一年を終え、一年を始めたいと思います。
六月からの約半年間、大怪盗サンチェスの冒険記を読んでいただき、ありがとうございました。
また、今年も不定期であることは変わらないと思いますが、この物語が一年を少しでも彩れるように、そんな物語にできるように、頑張っていきたいと思っていますので、今年もよろしくお願いいたします。