41.サンチェスは挑む
サンチェスは挑む
サンチェスはアーロン氏の事件を終わらせてから隠れ家に戻っていた。
サンチェスは二人か三人は座れるソファーに座って考えている。
目の前に置かれたローテーブルには様々な資料が置かれていた。
――国家警察 知能犯担当部署 アマド
アマド刑事の顔写真が載った資料もある。アマド刑事のプロフィールだ。
――連続殺人犯 捜査資料
国家警察の捜査資料も置かれていた。
その資料は本来なら国家警察の人間だけが入手できるものだ。
しかし、サンチェスにかかれば機密資料を盗み出すなんて簡単なこと。
実際、ここにその資料がある。
サンチェスは今、どうやってアマド刑事の裏の顔を暴くかと考えていた。
突然売られた喧嘩だ。
わざわざ買う必要もないのかもしれない。
しかし、今のままではサンチェスの命を狙うものが常にサンチェスの周りにいることになるのだし、何よりも打ってもらっているものを買わないというのも癪だ。
それで、サンチェスはアマド刑事の悪事を暴くため、何らかの方法がないかを模索しているのだった。
アマド刑事は一度サンチェスを本気で殺しに来た。
それで、サンチェスは様子見のためにアマド刑事との直接対決を控えていたのだが、そんなことをしている暇はなかったようだ。
サンチェスはアマド刑事に直接対決を挑もうと、アマド刑事が殺人犯であるという証拠を準備しようとした。
すると、スペイン国家警察のデータベースに凶悪殺人犯アマドの指紋のデータはすでになかった。
アマド〝刑事〟の指紋データは残っているのだが、殺人犯としてのアマドの指紋がないのだ。
これでは二人の指紋を照合することによってアマド刑事を犯人だと断言することが出来ない。
――証拠を見つけたときに何らかの方法で保存しておくべきだった。
サンチェスは今頃になって後悔した。
あの時はサンチェスもわざわざ保存する必要もないと思ったので何もしていなかったのだ。
その時はアマド刑事との直接対決のことをいったん計画がしっかりと出来上がるまで後回しにしようとしていたからだろう。
しかし、そのせいで今頃になって後悔することになっているのだ。
いつも計画を立てたら失敗などすることなく成功させていたサンチェスには珍しい失敗である。
まあ、自分が先攻できたいつもの事件とは違い、今回はアマド刑事が先攻だった。
サンチェスがいつも経験していることとはまた違うタイプだったというのもあるだろう。
しかし、そんなことで腕が落ちるようではまだまだ未熟である。
サンチェスはこれを機にさらなる向上を固く誓うのだった。
スペイン国家警察にて
エクトル警部は先日のサンチェスとアーロン氏事件を調書にまとめ、上司に提出し終えた。
そして、今自分のデスクに戻ってきたのである。
一旦コーヒーでも入れて休憩しようか、エクトル警部がそう思ったころだ。
「エクトル警部!サンチェスから予告状が来ました!」
エクトル警部は思わずがっかりした表情をしてしまった。
サンチェスの事件は数日前にあったばかりだ。
それなのに、またも事件を起こそうとしているのだろうか。
いつものサンチェスよりも事件を起こす頻度が高い。
まあ、エクトル警部としても思うところはいくつかあったのだが、一度予告状を開ける。
「…………!?」
エクトル警部はいつも通りの予告状だと思って中身を見ていたのだが、よく見ると明らかに驚くべきところがあった。
エクトル警部はこのことに関しては自分だけで解決してはいけないと思い、エドワード警視のもとへと向かった。
アマド刑事は周りに人がいなくなるのを待っていた。
そして、突如としてその時は現れる。
アマド刑事は周りに人眼がないことを確認してからそっと自分のデスクから立ち上がった。
アマド刑事は今日も国家警察のデータベースから自分に関するデータだけを消去するため、データベースに向かう。
データベースは一つのコンピュータで全体を操作することが出来る。
本当なら簡単にデータ消去などは出来ないはずなのだが、そのあたりはアマド刑事がすでにプログラムを変更してあるので出来るようになっている。
といっても、プログラム変更や、データ消去などが出来ているのも国家警察のデータベースに警備がいないことが根本的な要因である。
そうでなければ、そもそもアマド刑事は一切希望を見出さなかっただろうから、国家警察に入るよりも海外逃亡を先に考えただろう。
――何度やっても緊張する
アマド刑事はまた一つ、自分に関するデータを消去してデータベースにつながっているコンピュータの部屋から出た。
一気にいくつもデータを消去しようとして見つかるのは最悪だ。
だから、アマド刑事は毎回消すデータは一つだけと決めている。
どれだけ安全と思えてもだ。
アマド刑事は今まで殺人犯であるのにもかかわらず逃げ続けているだけあって、計画的な殺人犯である。
しかし、計画的な殺人犯は、計画的な窃盗犯に狙われているとは思っていないだろう。
計画的な犯人同士の直接対決である。
「アマド刑事、エドワード警視がお呼びです。」
アマド刑事は突然の呼び出しに驚いた。
先ほどデータベースのデータを消去してから五分とたっていない。
そのことがばれたのかと考えれば、アマド刑事の脳内は緊張で埋め尽くされた。
この状況で呼び出しを断れるほどアマド刑事は偉くない。
それに、今逃げだしたとして、逃げ切れるだろうか?
いや、警官らの本拠地であるスペイン国家警察にいるアマド刑事が逃げきれる可能性は無に等しい。
アマド刑事はすぐにあきらめた。
――しかし、何故エドワード警視なのだろう
アマド刑事は警官について行きながらもそう思った。
自分の直属の上司である知能犯担当警視ならばまだ理解できる。
部下がデータベースのプログラムに細工をして、時々データを消去していたのだ。
罰するのは当然だろう。
しかし、エドワード警視と言えば窃盗犯担当部署の警視である。
自分は窃盗事件でも起こしただろうか、とやはり加害者の立場で考えて行くアマド刑事だったが、その答えは得られなかった。
まあ、強行犯担当部署の警視に呼び出しを食らうよりかはまだましである。
強行犯担当部署ならば、自分の犯した犯罪である、殺人を担当する部署だ。
自分が呼ばれる理由なんて簡単に予想することが出来る。
そうであったら自分はどうなっていただろうか、と考えて身震いをするアマド刑事であった。
アマド刑事が警視室に到着した。
警視ともなると、個別の部屋が与えられるようになる。
警視によってはその部屋を飾り付けることもあるそうだが、エドワード警視はそのようなことにはあまり拘らないようで、一つか二つ観葉植物が置かれているだけだった。
アマド刑事は緊張のせいでそのような観葉植物を見ることさえできていなかった。
まず、アマド刑事は部屋の中にいる人を確認する。
そこに強行犯担当部署の刑事が一人でもいたら最悪の可能性が考えられるが、そうではなかった。
しかし、そこにいたのは呼び出した張本人であるエドワード警視、そして、サンチェスの担当刑事と言うイメージさえつき始めているエクトル警部、それ以外にも幾人か警官――あまり記憶になかったのでそこまでの功績は残していないだろう――がいた。
アマド刑事はその状況に裁判にでもかけられているような感覚さえ感じた。
――早く要件を述べてくれ。
アマド刑事がそう思っていると、それが通じたらしく、エドワード警視が口を開いた。
「君は少しばかり金持ちらしいね。」
エドワード警視は初めにそう言って話を始めた。