3.サンチェスのライバル登場
サンチェスのライバル登場
「君は何者だね?」
エクトル警部は二度目にサンチェスを逃した後、ある男とカフェに来ていた。エクトル警部の前に座っている若い男は前回の事件でサンチェスの手口を説明した男だった。その男は若いだけでなく、顔だちも整っていたため、店に入った時点で何人かの女性の目を引いていた。エクトル警部はそのことに気づいていないのか、それとも気づいていても知らないふりをしているのか、始終平静を保っていた。エクトル警部はカフェの席について落ち着くと、さっそく本題に入った。サンチェスの手口を説明した時の男は明らかに常人を超える推理力だった。もともと探偵か何かやっていたのか、それともただ単に推理力を持っているのか、どちらにせよサンチェスの手口を見破れたということはエクトル警部らよりも推理力が高いということだ。エクトル警部もそれは悔しかったが、それを認めるしかなかった。しかし、それは国家警察にとってもうれしいことではある。もしこの男が国家警察に協力してくれたら大きな力になる。どうにか仲間に引き込めないものか、エクトル警部はそう思案しているのだった。そうして謎の男が放った言葉は、エクトル警部の期待を正面から叩き割るような返答だった。
「私はレオパルドです。近頃騒がれ出しているサンチェスの親友です。」
エクトル警部は驚愕のあまり声も出なくなった。こいつは何を考えているのか。エクトル警部の頭の中に最初に出てきたのはこの疑問だった。サンチェスの親友だなんて普通に他言するものではない。ましてや、相手はそのサンチェスを追っている国家警察のエクトル警部だ。そのエクトル警部に、レオパルドはサンチェスの親友だと言った。レオパルドはこれが爆弾発言だと気づいていないのか、驚愕しているエクトル警部を前にきょとんとした顔をしている。しかし、エクトル警部の予想は違った。レオパルドは少しして言った。
「まあ、驚かれるのも無理ないですよね。あのサンチェスの親友ですから。」
エクトル警部も体がうまく動かない代わりに心の中では大きく頷いた。まったくもってその通りだ。エクトル警部の固まった顔からもそう言っているのが分かるようだった。エクトル警部はどうにか声を出そうとし、
「サンチェスの親友なら、なんで先日親友の手口を暴くようなことをしたんだね。」
うまくいった。レオパルドはエクトル警部の質問にも平然として答えた。
「私はサンチェスと親友です。しかし、サンチェスに協力しようと思ったことは今までの一度もありません。」
エクトル警部は少し納得したようにゆっくりと頷いた。レオパルドはエクトル警部に納得してもらえたことに安堵しながら、サンチェスが怪盗になった経緯を話すため、そして自分とサンチェスの関係についてエクトル警部に知ってもらうために話を続けた。その口から紡がれたのは、サンチェスとレオパルドの壮絶な過去の話だった。
「私とサンチェスは田舎で育ちました。周りに家が一つもないほどに山奥で、近くにあった私とサンチェスの家はその分仲良くしていました。しかし、そんな私たちのもとに悲劇が訪れたのです。ある日、サンチェスの家はいつも通り、いい意味で平凡に過ごしていました。すると、とんでもなく山奥のサンチェスの家に訪問客が来たのです。私たちの家から都市部まで行くのには山道を通って車で七時間ほどでしたので、訪問客というのは珍しいものでした。サンチェスには親戚と言える人が都市部にいるわけでもなかったので、特に誰なのかと考えました。しかし、サンチェスやその母が誰が来たのだろうと考えている間にもサンチェスの父は来客の対応をしています。私の家は先ほども言ったようにサンチェスの家にとても近かったので、窓から眺めていても小さく声さえ聞こえてくるほどでした。そうして好奇心で覗いていた私でしたが、急にサンチェスの父が飛び跳ねるようにしながら家の中に入っていく様子を目にしました。サンチェスの父親は優しく温厚な人でしたが、この時ほどに喜んでいるのは初めて見るほどでした。そして、サンチェスの家に来た男たちは私の家にも来ました。その男たちの話によると、少しお金を借してくれるということでした。私の両親も慎重だったので、できるだけ契約内容の確認をしたりしましたが、なにも怪しい点はありませんでした。私の家もサンチェスの家も、田舎で過ごしているわけでしたし、そこまで裕福な生活は出来ておらず、貧乏な生活でした。そこで低利息で金を貸してくれるというのはとてもいい話です。私たちの両親はその日に契約を締結させました。数日後、サンチェスの家も同じようにしたと言っていました。しかし、そのお金を使わず、まだ保管していたころ、サンチェスと私の家に盗賊が入り、お金をすべて盗まれたんです。そのせいで、私とサンチェスの家はお金を貸してくれた会社に返済を求められたときに返済できず、大きな借金を抱えることとなりました。しかし、その後も借金を返すことは出来ず、私とサンチェスの両親はストレスに耐え切れず自殺しました。」
レオパルドはそこまで言って黙りだした。エクトル警部は自分が言うように勧めたわけではないが、自分が言い始めたことが原因でレオパルドにつらい話をさせていると考えると少し申し訳なくも感じた。しかし、そんなエクトル警部を見てレオパルドも気を取り直し、続きを話し始めた。
「それからというもの、私とサンチェスは一人ずつで過ごすのも難しいということで、二人で共同生活を始めました。そして、私たちは二人で協力してどうにか生活し、今があるんです。しかし、二人の人生の分かれ目は今から五年前のことでした。サンチェスが自分は怪盗になると言い出したんです。確かに、サンチェスはルパンが好きではありました。しかし、だからと言って怪盗になるというのはどうかと思いましたので、私もどうにか説得しました。しかし、サンチェスは昔からかなり頑固でしたので、一切譲ろうとしません。最終的に私とサンチェスはすでに成人していたので、それぞれ分かれて生活することになりました。私もサンチェスも、昔からずっと一緒にいたので急に分かれるというのは悲しいことではありましたが、私にサンチェスを止める力がなかったため、仕方がないということになったのです。そして、私はサンチェスを止めるために、探偵になりました。もともとホームズが大好きでしたので、探偵になることに躊躇うことはありませんでした。」
レオパルドはそこまで言うとフゥーっと息を吐いた。これだけの長話を勢いよく話し続けたのだから仕方ないだろう。エクトル警部もレオパルドが落ち着くまで待った。しかし、その間にもエクトル警部はいろんなことを考えていた。レオパルドは信用できるかどうか。レオパルドの身の上話は同情するべきものだし、それが嘘だとは思わないが、それを理由にサンチェスを安易に敵にできるものかとも考える。サンチェスとレオパルドが親友だというのならば、特にサンチェスを逮捕したいなど思わないだろう。エクトル警部はレオパルドを仲間に引き入れるのは難しいかと考えた。親友だからという理由で逮捕するのを躊躇する可能性もある。そうなれば仲間にした意味もなければ、逮捕できたはずなのに逃してしまう原因にもなる。エクトル警部はそう考え、レオパルドを信用するとしても、仲間にすることはないだろうという結論を出した。のだが、
「すいません!ここにエクトル警部という方はいらっしゃいますか?」
こんなところまで何事だ、エクトル警部はそう思ったが、呼び出されているのに返事をしないわけにはいかず、自分がエクトルだと返事をした。すると、店員に案内されて警官が走ってきた。エクトル警部は今日は非番だったはずだ。しかし、もしも刑事らが足りなかったりしたら呼び出されることもある。緊急の事件かと予想を立てながら、エクトル警部は事情の説明を促した。
「サンチェスからの予告状が来ました!」
警官のはなったその一言で、エクトル警部とレオパルドの表情が分かりやすく変わった。