31.サンチェスと殺人犯
またも間が空いてしまってすいませんでした。
こんなことはよくあると思いますので、気長に待っていただけたらと思います。
サンチェス殺人犯
エクトル警部とレオパルドは作戦会議をするため、アーロン氏の邸宅の中の応接間に向かった。
アーロン氏はその存在も優雅であり、邸宅も上品さを醸し出していた。
そして、応接間に入ったレオパルドとエクトル警部は一旦そこで待たされることになった。
アーロン氏が一度席を外したからである。
アーロン氏が部屋に戻ってきた時には出て行く時には持っていなかった幾つかのかごを持っていた。
レオパルドやエクトル警部も、アーロン氏のかごの中身については推理するまでもなく分かった。
離れていても漂ってくる甘く、香ばしい匂いはかごにかけてある布をも通り越してレオパルドらの鼻に届いた。
アーロン氏は持っていたかごを机に静かに置くと、布を取り払った。
レオパルドらの予想通り、アーロン氏の持っていたかごの中身は上等の焼き菓子だった。
しかも、それらの菓子はアーロン氏の料理人が作ったという。
といっても、エクトル警部は職務中であるため、それを理由に菓子を断っていた。
エクトル警部が本当は食べたいのを我慢していたのはここだけの話である。
レオパルドは職務も何も、国家警察の人間でさえないため、菓子をつまんでいた。
その菓子は見た目に劣らず、味もおいしかった。
町で売り出せば簡単に完売してしまいそうなほどだ。
サンチェス対策の作戦会議ははじめ、談笑をするような雰囲気で始まった。
そこから、エクトル警部を中心に警備体制の敷き方についての解説が行われ、万事順調に作戦会議が終えられた。
まあ、毎回のことである。
この定着してしまった型が崩れない限りは国家警察も成長することはないのだろう。
そのままサンチェスが成長していけば、国家警察の大敗は目に見えている。
どうにかしなくてはならない。
エクトル警部は作戦会議を終えるとすぐに応接間を後にした。
サンチェス対策の現場確認に行ったのだが、菓子を前にしたまま我慢するのがそろそろ限界だったのかもしれない。
残されたレオパルドとアーロン氏は今も菓子を片手に談笑していた。
主に話すのは世間話だ。
しかし、レオパルドはただ単に話すのを楽しんでいるというわけではない。
アーロン氏から何らかの情報を聞き出せないか、と考えながら探りを入れているのだ。
「そういえば、アーロンさんの宝石店は近頃大丈夫なんですか?」
「大丈夫、とは?」
「あ、失礼しました。少し前に宝石店に難癖をつけた輩がいたでしょう。それで、二次被害はこうむっておられないのか、と思いまして。」
「ああ、それなら、大丈夫ですよ。私の店は。」
「ああ、その輩は前科者でしたね。すぐにでもばれそうですけど、なんでそんなことをしたんでしょうかね。」
「さあ、わかりませんね。犯罪者の考えなんてそんなものなんじゃないですか?」
「まあ、そうですね。」
傍から見ればただの談笑なのであるが、レオパルドはどうにかアーロン氏の容疑について話を進めようとしているのだった。
しかし、アーロン氏はそれらをうまく躱し、逃げ続けていた。
もしかしたら、アーロン氏は潔白なのではないか、少なからずレオパルドはそう思い出していた。
アマド刑事はアーロン氏の邸宅内を回り、証拠探しに勤しんでいた。
しかし、何の証拠も見つからない。
アーロン氏は証拠隠滅がかなりうまいのだろうか。
アマド刑事がそんなことを考えながらもう一周しようかと思いついたころ、周りが騒がしくなった。
アマド刑事は、まさかサンチェスが来たのか?と思い、騒ぎの中心に向かって行った。
国家警察の刑事が、ある女性を尋問している。
というか、事情聴取していると言った方が正しいだろうか。
といっても、その女性は今も泣き崩れていて話せるような状況ではない。
刑事もそのことには気づいているようだったが、聞かないわけにもいかず、質問を続けている。
刑事の前の机には様々な資料が広げられていた。
その中には医療用のメスの写真もあり、下にはその写真についての情報が書き綴られていた。
最終的に、その女性からは新たな情報を得ることは出来なかった。
「はぁ……」
ため息を漏らす刑事のもとに、緊急招集がかかった。
国家警察強行犯担当部署での捜査会議である。
議題は先ほどこの刑事が事情聴取をしていた件である。
連続殺人事件。
それだけ聞けば、かなりの重要案件であることは想像がつくだろう。
そして、その事件を直接に担当しているのは、スペイン国家警察の中でもベテラン警部と呼ばれている警部だった。強行犯担当部署の女性警察官である。
しかし、彼女でさえもこの事件は簡単に解決できるような事件ではなかった。
それで、わざわざ捜査会議まで開いているのだった。
しかし、犯人のものと思われる指紋は発見された。
今はその指紋をもとに事件関係者の指紋と照合し、誰の指紋なのかを特定しようとしていた。
既に国家警察の持つすべての指紋データとも照合し、一致するものは見つかっていなかった。
今日の捜査会議も何の収穫もないままお開きとなってしまった。
それから数週間後である。
アマド巡査部長として、新しい警察官が編入されたのは。
アマド刑事はかなりドジな刑事であった。
新人だからと、見逃されてきたミスがいくつあったことか。
と言っても、その多くはどうでもいいようなことであったのだが。
そのようなこともあって、アマド刑事はドジな新人刑事というようなイメージが定着した。
よく何かに躓いてこけかけているし、そう思われてしまうのも仕方のないことだろう。
しかし、アマド刑事は職務はしっかりする刑事だったため、ミスがいくつかあったとしても、周りの刑事らに嫌われることもなく、いい後輩と言った感じに好感を持たれていた。
アマド刑事は、ドジな新人刑事でありながら、刑事の鏡のような人だった。
表の姿はの話だが………
サンチェスは、裏の情報網から事件の証拠である真犯人の指紋を入手した。
そして、その指紋を様々な人の指紋と照合したのだ。
もちろんのこと、警察でもなく、実権を持たないサンチェスがスペイン市民の指紋を採取することなどできない。
それで、手始めにすでに調べられているとは思いながらも国家警察の人間と指紋を照合した。
すると、驚くことに一致する人間がいたのである。
それが、アマド刑事である。
アマド刑事は近頃入ってきた刑事のため、その事件の時にはデータがなく、照合できなかったのであろう。
しかし、サンチェスが調べたときにはすでにアマド刑事はスペイン国家警察知能犯担当部署に所属する刑事であった。
何故、凶悪殺人犯が刑事になっているのかはわからない。
しかし、普通に考えてアマド刑事の国家警察編入は何らかの裏があるだろう。
事件が起きてから数週間でアマド刑事は国家警察に編入となったのだ。
それまでに試験を受け、しっかりと合格するなんてことはかなりの難易度であろう。
他の規定なども満たしている必要がある。
つまり、アマド刑事はある動機をもってスペイン国家警察に編入したわけである。
しかも、不正な方法で。
それを支持する何らかの力があったのかもしれない。
そうなれば、かなりの大問題である。
スペイン国家警察の権力者、またはそれに準ずるような人に凶悪殺人犯を匿い、支える人物がいるのだから。
まあ、そのような権力がなかったとしても、経歴書や、試験合格者のデータ改ざんなど、リスクを犯せばどうにかはなるかもしれない。
どちらかと言えば、後者の方がスペイン市民にとってまだいい方だろう。
いやまあ、そのようなデータ改ざんを許した時点でどうなのか、とは思うが。
なんにせよ、アマド刑事が凶悪殺人犯であることは確定事項である。
では、アマド刑事を逮捕すればいいだけではないか。
そう思うものもいるかもしれない。
しかし、そうもいかないのだ。
スペイン国家警察のデータベースからはすでに凶悪殺人犯の指紋のデータは消えている。
まあ、その代わりにアマド刑事という一人の刑事の指紋のデータはあるが。
そういうことで、アマド刑事を凶悪殺人犯であることの証拠はすでにないということだ。
といっても、凶悪殺人犯をそのままにしておくのはスペインにとってもいいことではない。
それで、サンチェスはどうにかしてアマド刑事を凶悪殺人犯として逮捕しようと考えているのだった。
「罪を犯して、野放しになるのは僕だけで十分だからね。」
サンチェスはそう呟くと微笑を浮かべるのだった。