2.サンチェスと部下不要大作戦
サンチェスの部下不要大作戦
サンチェスは意気揚々と隠れ家に帰っていった。初めて予告状を出し、思いっきり姿を見せながらの窃盗だったため、さすがのサンチェスでも少なからず不安はあった。
しかも、オヌクール氏の邸宅に到着している国家警察の様子をうかがっていると、スペイン市内でもベテラン警部と有名な、エクトル警部がいるではないか。
今まではサンチェスの事件を担当していたのは警部ほどに偉い人ではなかった。
だからサンチェスも安心して泥棒することが出来ていた。
しかし、今回はエクトル警部だ。
エクトル警部に追われて逃げられた窃盗犯なんて一人もいないということはサンチェスも知っていた。だから、あきらめようとも考えた、のだが、
『僕は怪盗になる!』
昔、親友に怪盗になる宣言をしたときのことを思い出し、あきらめるのはいけないと思えた。
それで、覚悟を決め、捕まったとしても仕方がないと思いながら邸宅に潜入した。
そうしたら、自分でも驚くほどに計画がうまくいき、エクトル警部をだますことが出来た。
サンチェスにとって、〝初めての〟事件は大成功に終わったのだ。
スペイン国家警察にて
サンチェスが意気揚々と隠れ家に帰っていったのとは正反対に、エクトル警部は初めて犯人を逃したことに対し、落胆していた。
今までの実績はエクトル警部も自慢しないにしろ、誇りには思っていた。
だというのに、今まで全然目立ってこなかったサンチェスという泥棒にその記録を打ち壊された。
エクトル警部が落胆するのも不思議なことではない。
それに、エクトル警部の失態はエクトル警部だけの問題に収まらなかった。
「君は今まで犯人を逃したことがないことで有名だったではないか。」
今もエクトル警部の目の前に座り、エクトル警部を叱責しているのはエクトル警部の直属の上司であり、スペイン国家警察窃盗犯担当警視、エドワード警視だ。
エドワード警視はエクトル警部よりも権力があるだけではなく、実績もかなりあるため、エドワード警視にはエクトル警部も頭が上がらなかった。
そうして今も、何の反論もできないまま叱責され続け、時間が過ぎていっているのだ。
エクトル警部も、そろそろエドワード警視の説教に嫌気がさしてきたころのことだった。
「エクトル警部!あ、エドワード警視、お疲れ様です。またサンチェスの予告状が来ました。」
警官からの報告が入った。
エドワード警視も話題にしていた泥棒の話が出たことで、報告に来た警官のほうに向きなおった。
しかし、サンチェスという名もただの泥棒にしては一瞬で定着したものだ。
それほどにサンチェスの手口が驚くべきものだったのだろう。
「予告状を送ってくるなんて変わっているな。そんなもの送らないほうが泥棒もやりやすいだろう。」
エドワード警視がいまだ封筒に入ったままの予告状を観察しながら言った。
その通りだ。
予告状を送らないほうが、いつ泥棒に入るかや、どこに泥棒に入るのかを知られないで済む。
普通の泥棒なら予告状を出すような真似はしない。
しかし、サンチェスはただ泥棒をしているわけではない。目立ちたいのだ。
サンチェスは少なからず目立ちたがり屋のため、少しでも目立つためなら自分の立場さえ棒に振る覚悟もあった。
そして、もう一つの理由もあった。
まあ、それはまた今度にしておいて、今はさっき送られてきた予告状に注目しよう。
エドワード警視はエクトル警部に予告状を開けるよう指示し、エクトル警部はエドワード警視の指示で予告状を開けた。
サンチェスの予告状の内容
わたしはアマンシオ氏の所有する、アース・ルビーをとても気に入っております。もちろん今回も自分のものにするのでなく、様々な介護施設等に送らせていただきます。尚、前回のマジックショーでは友人の活躍が多すぎるとの声を頂きましたので、次は一切友人の手を煩わせることなく計画を成功させるつもりです。
私はあの量の警備で捕まるような男ではないこと、覚えておいてください
では、10月4日に参りますので、丁重にお迎えください。
エクトル警部とエドワード警視はこの予告状を読んで、
「「ばかにしている!」」
と、ほぼ同時に叫んだ。
周りにいた警官らはベテラン警部とその警部さえ従える警視が叫んだことで、「何事か!」というように二人の方に向き直った。
エドワード警視とエクトル警部はさすがに恥ずかしくなり、
「いや、何でもない。仕事に戻ってくれ。」
と言った。
いつもの威厳のこもった声ではなく、少し弱々しい声だった。
エドワード警視はコホン、と咳ばらいを一度して雰囲気を元に戻したのち、元の話に戻って行った。
「エクトル君、前はどれくらいの警備人数で行ったんだね。」
エドワード警視はまず気になっていることを聞いた。
サンチェスの予告状には、「あの量の警備で捕まるような男ではないこと…」というような文面があった。
つまりは警備人数が少なかったということか、サンチェスに〝しては〟少なすぎたかのどちらかだろう。どちらにせよ、前の警備人数よりは増やす必要があるのだろう。
エクトル警部はエドワード警視に言われて記録を見に行った。
エクトル警部も正確な数は覚えていないのだ。エクトル警部は早歩きで返ってくると、
「私を含めて十二人です。」
「は…?」
エクトル警部の返答にエドワード警視も驚いた。
「予告状を送ってきてるんだぞ!そんな少ない人数で対抗できると考えたのかね?!」
エクトル警部はエドワード警視の怒鳴り声にも臆することなく答えた。
「と言いましても、予告状を送ってきた時のサンチェスの力量なんてわかりませんでしたし、逆に、予告状を送ってくるほど軽薄な男だと考えたのです。」
エドワード警視は「まあ、それもそうか。」と呟きながら考えるようにして俯いた。
エクトル警部はどうすることもできず、ただただ考えを巡らせるエドワード警視を眺めていた。すると、
「よし!私もこの事件に同行しよう!」
エドワード警視が思いついたように勢いよく顔を上げ、言い放った。
警視直々の担当なんてそうないことだ。
普通ならもっと大事件だったり、警視になる前に追っていた事件だったりしないとほぼ無い。
エクトル警部は、目の前で「良案だろう?」と聞いてくるエドワード警視を前に、今度こそどうすることもできなかった。
エドワード警視が決めたことだし、警視正か、警視総監くらいしかエドワード警視の決定を覆せない。
だからといって、エクトル警部はエドワード警視の決定を喜ぶ気にもならなかった。
もう、どうでもいいやとエクトル警部は考え、準備を始めた。
アマンシオ氏の邸宅にて
アマンシオ氏の邸宅についたエクトル警部らはまず思った。
「広い!!」
エクトル警部はその優秀性から様々な大金持ちや貴族から指名を受けてまで担当刑事になることもある。しかし、そのような貴族らでもアマンシオ氏の邸宅ほど広い家は持っていないだろう。
そう思えるほどに広いのだった。
しかし、アマンシオ氏の財産も正しいものかはわからない。
アマンシオ氏には脱税の疑いがかかっているのだ。
今までにも二度ほど家宅捜索が入ったことがあった。
しかし、その二度とも脱税分の金品は見つからなかった。
エクトル警部は少しでも証拠をつかむため、アマンシオ氏に邸宅内の様々な部屋を案内させた。
普通の脱税犯なら、自分が脱税分の金品を隠している部屋や空間にいる場合、隠しているところを見てしまうか、少しは動揺している様子を見せるものなのだ。
しかし、アマンシオ氏はどの部屋に行こうともどこかを見つめていたりはもちろんのこと、動揺のそぶりも見せなかった。
エクトル警部はかなりのくせ者だと思った。
そして、そのまま作戦会議へと移った。まず、状況整理からだ。
「アマンシオさん、警備隊はどれくらい集まりましたか?」
まず最初にエドワード警視が尋ねた。
エドワード警視はサンチェスの予告状を読み、できる限り警備の量を増やそうと考えていた。
そうすれば、さすがのサンチェスでも逃げられないと考えたのだ。
しかし、国家警察の警備をサンチェスにつぎ込みすぎるわけにはいかない。
それで、アマンシオ氏にも協力を依頼し、警備隊を集めてもらったのだ。
「五十人くらいです。このくらいいれば十分ですか?」
アマンシオ氏の返答にエドワード警視は満足そうにうなずき、相槌を返した。
国家警察の警官らも合わせると、合計百人を優に超えてしまう。
かなりの警備量だ。しかし、アマンシオ氏の邸宅を基準に考えたら丁度いい量より少し多いくらいだろう。
残りの時間は、各警備隊をどこに配置するかを決めたり、ルビーの保管場所についての打ち合わせをした。
続きは出来次第、早めに投稿いたします。
ご了承ください。