15.サンチェスと決戦 肆
サンチェスと決戦 肆
サンチェス、レオパルド、セフェリノ警部はアレキザンドラ社を討伐をするためにそれぞれにできることをしていた。サンチェスはアレキザンドラ氏の邸宅に盗みに入る準備を、レオパルドは自分の探偵事務所の情報網を駆使し、アレキザンドラ社の情報収集を、セフェリノ警部は国家警察のデータを基にしてアレキザンドラ社の情報収集を。三人が結託した今、その前に立ちふさがれるものはいるのだろうか。
「よく戻ったな…とでもいうと思ったか!アンブレシオ!」
アレキザンドラ社内、社長室にて、アレキザンドラ氏の怒号が響き渡った。アレキザンドラ氏の前に立たされているアンブレシオ氏は縮こまっていた。本当なら今にでも逃げたいとさえ思ったが、逃げたらどうなるかはわかっている。それに、逃げてせっかくの仕事を失うのは自分にとっても損だった。アレキザンドラ社にいる限り、アレキザンドラ社で行われる詐欺などで得た金の一部が配給される。数百人の社員が毎日のように詐欺に勤しんでいるのだ。その額は大企業の給料さえも超えてしまう。アレキザンドラ社の社員は社長であるアレキザンドラ氏の恐ろしさを知っているが、それでも多額の給料を手放せないのだ。アレキザンドラ社の社員のほとんどがそのような考えの持ち主だった。表では大企業として何かしらの仕事をしているが、裏では毎日のように詐欺の計画と実行をしているのだ。しかも、その詐欺が酷く残忍であるため、ほとんどの被害者はそのストレスに耐え切れず、自殺してしまう。アレキザンドラ氏は社長として社員を管理すべきだが、アレキザンドラ氏本人がそのように残忍である方法を好んでいるため、そのようなことをする社員を正したりはしない。まさに、三国志時代の董卓のようだ。部下に残忍なことをさせ、自分はそれらを管理するどころか推奨する。市民がアレキザンドラ社の裏の顔を知ったなら、スペイン国内は恐怖に包まれるだろう。しかし、アレキザンドラ氏はそのようなことを許さない。社員の動向は全員分チェックし、社員の住居はすべてアレキザンドラ社の傘下にあるマンション等を利用させている。社員からアレキザンドラ社の裏の顔がばれることはない。詐欺にかけた人も自殺するまでを見届け、自殺していなければこっそり暗殺する。それがアレキザンドラ社だ。実際、今のところアレキザンドラ社で詐欺にかけた被害者の生き残りはサンチェス、レオパルド、セフェリノ警部の三人だけだった。そして、アレキザンドラ氏は最後の生き残りである三人のことが邪魔でしかなかった。それでその三人の家を爆破したのだ。サンチェスの隠れ家は普通は見つからないものだが、アレキザンドラ社の情報網はとんでもなく広い。サンチェスの隠れ家、レオパルドの探偵事務所、セフェリノ警部の家、その三軒の所在地を調べ上げたアレキザンドラ氏はサンチェスの隠れ家を秘書であるアンブレシオ氏に、探偵や国家警察の警部として働いているレオパルドとセフェリノ警部の家をほかの社員に任せ、爆弾を置かせた。サンチェスらはそのことに気づかず、家が爆破されたのだ。しかし、アレキザンドラ氏にとっての大誤算があった。三人が作戦会議をしており、家にいなかったのだ。そして、レオパルドの探偵事務所の所員もちょうど長期休暇に入っていたため、探偵事務所内にはいなかった。そのため、アレキザンドラ氏はサンチェスら三人を殺せなかったのだ。
スペイン国家警察にて
エクトル警部は今か今かと思いながら頬杖をついて窃盗犯担当部署の部屋の扉をにらんでいた。セフェリノ警部からサンチェスが近日予告状を送ってくるということを言われていたため、毎日職務を終わらせたり、職務の合間の休憩時間になったりすると大体の場合そうしているのだった。そして、ついにその時は来た。
「エクトル警部!サンチェスから予告状が来ました!」
エクトル警部がまたサンチェスの予告状は来ていないのか、と諦めて職務に戻ろうとした時に警官が叫びながら走ってエクトル警部のもとに来た。エクトル警部は思わず顔を上げた。エクトル警部は警官を労り、予告状を受け取った。そして、セフェリノ警部とレオパルドに伝言をしてから開き始めた。セフェリノ警部とレオパルドにそう頼まれていたのだ。サンチェスの予告状が来たら自分たちに報告してほしいと。エクトル警部は中に入っている紙を傷つけないようにしながら慎重に封を開け、中身を読んだ。
サンチェスの予告状の内容
私はアレキザンドラ氏の所有するネグロ・ジョヤを頂きたいと思っております。
もちろん、各地の児童施設などに寄付したいと思っております。
では、2月14日に参りますので丁重にお迎えいただければ幸いです。
サンチェス
サンチェスが予告日を2月14日にしたのには理由がある。2月14日はバレンタインの日。それはスペインでも同じだった。バレンタインで熱い思いが飛び交うのと同じように、サンチェスはアレキザンドラ氏に、そしてアレキザンドラ社に両親の仇という熱い思いをぶつけようとしているのだ。エクトル警部はそのことを具体的に気づくことはなかったが、サンチェスの予告状に何らかの気迫を感じた。エクトル警部はその気迫に負けないようにと、気合を入れて準備を始めた。
「ついにサンチェスが動き出しましたね。」
「ええ、これでアレキザンドラ氏の邸宅に探りを入れられます。」
レオパルドとセフェリノ警部はサンチェスの隠れ家の一つで話していた。サンチェスはあまりこの隠れ家を使う予定を立てていなかったため、照明も十分に整っておらず、レオパルドとセフェリノ警部もそこまで気にしていなかった。今は夜になって月明かりだけが頼りだ。月明かりに照らされる中、レオパルドとセフェリノ警部は今後のことを話しあった。サンチェス対策でエクトル警部率いる警官隊がアレキザンドラ氏の邸宅に配備される。セフェリノ警部とレオパルドはその警官隊の中に隠れるのだ。セフェリノ警部はサンチェスが予告状を出す宣言をしたあたりから国家警察でもアレキザンドラ社の不穏な噂を探したり、少し前に逮捕したはずのアンブレシオ氏とアレキザンドラ社やアレキザンドラ氏の関係の証拠を探し、アレキザンドラ氏の邸宅の捜査権を手に入れた。そして、上官にレオパルドを同伴させる許可も取った。レオパルドがサンチェスを逮捕した実績を持っていることや、すでに国家警察とも関わりが深いこともあって上官を説得するのは簡単なことだった。セフェリノ警部はレオパルドが積極的に国家警察の事件に関わっていてくれたことに感謝さえした。そうしていなければ国家警察の信頼は得られておらず、ともに敵討ちをするのは難しかっただろう。上官を説得するにもまずはレオパルドが信頼できる人物であるということを伝えなければならない。それどころか、レオパルドがサンチェスの事件によって有名になっていなければアンブレシオ氏の事件にかかわることもなく、レオパルドと自分の接点はなかったのだと、セフェリノ警部は思った。レオパルドも同様だった。自分が国家警察の事件にかかわる選択をしたことを喜んだ。それこそ、過去の自分を褒めてやりたいほどにだ。そうでなければどうなっていただろうか、と考えれば寒気もした。セフェリノ警部が自分のことを知らなければ、自分にアレキザンドラ社の存在を伝えることもなく、今頃セフェリノ警部一人でアレキザンドラ社に立ち向かっていたのだろう。
偶然にもサンチェスは怪盗に、レオパルドは探偵に、セフェリノ警部は警部になり、偶然にもレオパルドがサンチェスの事件に関わったからこそ、偶然にセフェリノ警部と関わり、アレキザンドラ社のことを知れた。
このことを奇跡と呼ばずして何というのか。