97.サンチェスと近づく終幕
煙幕の中を、ただ駆ける。
少しずつ空気を覆う白色も薄れてきて、目の前を行くヴェンガンザの姿が見えてきた。
同時に、エネミーゴがヴェンガンザと合流している様子も見える。
―――ここまで、全ては想定通り
サンチェスの想像できていなかった展開など、殆どない。
それこそエネミーゴが最後の最後に限りなく少なかった爆弾で抵抗してきたこと。ただそれくらいのもの。しかし、それもサンチェスの計画の一部に即時、組み込まれた。
すべては、サンチェスの張った予防線だった。何らかの可能性が実際に起こってしまったときに対策できるように、と準備していただけのものだ。ただ、その可能性が全て現実になっただけの事。
「最初から、君達は詰みだったんだよ」
そんなことを言っても、相手は逃げるのに夢中で聞いていないだろう。
実際、自分だって国家警察から逃げているときはそちらで話していることをあまり聞けていなかった、と自分の経験も思い出しながらに思う。
まさか、国家警察から何度も逃げてきた自分が今回は仇敵を追いかける側になるとは、誰も思っていなかっただろう。サンチェスだって、予想はしていたが、実際にそうなっているというのが今だって信じられない気分だ。
「裏路地、か―――住宅街の奥まった場所で逃げるのなら確実にそこを選ぶ」
焦った人間の行動というのは予想しやすくて助かるね、とサンチェスは笑う。
ヴェンガンザとエネミーゴが咄嗟に逃亡するのであればその裏路地を通るであろう、ということは予想していた。実際、自分だってそこを通ろうとするかもしれない。
「でも、その選択は完全な、悪手だ―――」
サンチェスはふと、足を止めた。
同時に、空を見上げてみる。
「じゃ、最後は頼んだよ、フィリアル」
ヴェンガンザとエネミーゴを、突然現れた男たちが取り囲む。
警官ではない。適当に集めたような人員でもない。統率の取れた動きとそういうことには慣れているのであろう手際。
「流石ね、サンチェス―――使えるものは使い倒す、尊敬するわ」
「誉め言葉として受け取っておくことにするよ」
警官隊だけでは、アレキサンドラ社跡地の完全包囲が限界だった。それなら、他の場所の待ち伏せ要員を準備するよりも、他で待ち伏せ要員を固めたほうが効果的であるとサンチェスは考えた。
そこで、協力を求めたのがフィリアルである。
フィリアルは、サンチェスとは違い、大勢の仲間を引き連れて協力者として用いることで窃盗を成し遂げてきたような人間だ。実際に、フィリアルは日本で怪盗をしていたときに「フィリアル軍団」と称して人員を集め、組織していた。
利害関係だけではなく、忠誠心でつながったような、理想的な集団。だからこそ、怪盗業からは手を引いたフィリアルの要請でも、もう一度今回のためだけに集まってくれた。
「お疲れ様、これでお終いかしら?」
「うん、何から何まで、協力感謝するよ」
「私たちは丁度通りかかって脱獄していた犯罪者を捕まえただけの一般人ですもの」
「そうだったね、改めて、感謝するよ、一般人諸君」
「そう言われるとムカつくわね」
「難しいな……」
手際よく、男たちがヴェンガンザとエネミーゴを拘束する。
二人とも、既に抵抗する意思を失っているのか、全く身動きもせず、言葉も発さなかった。
二人を拘束し、逃げる手段がもう残っていないことを確認して、フィリアルと仲間の男たちはその場を後にしだした。
その様子を、サンチェスはただ深く腰を折って見送っていた。
「―――やぁ、レオパルド、遅かったね」
「誰もが君のように煙幕の中なんか走り慣れてるわけじゃないんだよ」
「そりゃごもっともだ」
「それで……捕まえた、んだね」
レオパルドの問いかけに、サンチェスは頷きだけを返す。
セフェリノ警部も合流し、今、万感の思いを抱えた三人が、この場に集った。
「二人共、爆弾物所持、および使用の現行犯で―――逮捕する」
セフェリノ警部が、ヴェンガンザとエネミーゴに手錠をかけ、周りの警官に連行を命じた。
セフェリノ警部やレオパルド、そしてサンチェスが長く溜息をつく。
やっと、今まで背負ってきた重荷が肩から降ろされた。その安堵だった。
◇
「じゃあ改めて、今どういう状況なのか、教えてもらえるかな、サンチェス?」
「そうだね、自分語りというのは少々気恥ずかしいものだが、この際は致し方ない。話そうじゃあないか」
ヴェンガンザとエネミーゴは、完全な無抵抗のままに拘置所へと連行されたらしい、との報告を受け、改めて全員が一仕事を終えたという実感を得た頃―――。
すべてを知る人たるサンチェスを、レオパルドやセフェリノ警部、エクトル警部、トランキーロ長官が囲んでいた。
「全ては、アレキサンドラ社壊滅に遡る」
「……!? 待ってくれ、そんな前から!!?」
「その通りだよ、レオパルド。大まかなことは全て予想していた。だから、予防線を張っておいたんだよ」
サンチェスの語ろうとする、気の遠くなるような計画を前に、レオパルドたちも驚きを隠せないでいた。既にその話を聞いたトランキーロ長官だけが、平静を保っている。
「アレキサンドラ社壊滅の時、今後アレキサンドラが何らかの形で復讐してくる可能性を考えた。そして同時に、その時には死んだふりでもしておこうかと」
「それだよ、何故そんなことを―――」
「怪盗サンチェスがこの世界にいると厄介だったから、かな」
サンチェスの返答を、レオパルドは簡単に理解できなかった。しかし、少し考えてみればよく分かる。
確かに、今回のことに怪盗サンチェスがいれば、何らかの歪が起こっていた。
「なるほど、脱獄したアレキサンドラを追うべきタイミングでサンチェスが〝怪盗サンチェス〟として行動すれば、国家警察はそのどちらをも追う必要に駆られ、人員を分断することになった」
「流石エクトル警部、そのとおりです。だから、私は怪盗としての自分を殺し、水面下で動くことを強いられたわけです。勿論、私一人で全てを成し遂げる、という選択肢もありましたが、それは不可能だったでしょう。今回の結果から見ても一目瞭然ですし」
確かに、サンチェスに加えて国家警察の二部署を総動員しても完全な捕縛には至らなかったのだ。
サンチェス一人では、今回だけでの捕縛は不可能であっただろう。
「しかし……我々だけにでも知らせることはできなかったのですか。トランキーロ長官のお力添えがなければ、あの手紙はいたずらとして処理された可能性だって……」
「セフェリノ警部のご指摘はご尤も―――ですが、それはできなかったのです。二人は私と同じく命を狙われる立場。先々から計画を知らせ、そちらにかまけて身の守りを疎かにされては……元も子もありませんから」
サンチェスの言葉に、セフェリノ警部とレオパルドは閉口する。
実際に、自分たちは命を狙われたという事実を持つ。それがどれだけ大きなことなのか、それくらいは二人もわかっていた。
「そして、手紙がいたずらとして処理された可能性、というのも大丈夫ですよ」
そう言いながら、サンチェスはトランキーロ長官に視線を向ける。
同時に、全員の視線がトランキーロ長官のもとへと集中した。
「事前に、私は彼からの手紙を受け取り、実際に対面して話をしていた」
「―――!!?」
「そこで本人と対話し、信用に値すると考えたから君たちには手紙を信用する許可を与えたのだ」
「僕の保険が効力を発揮し始めたのは、その辺りからだ。じゃあまず、アレキサンドラ社壊滅のときに張っておいた予防線の話をしようか」
サンチェスの舞台―――解決編へと、駆ける。
完結まで、あと3話……!!
いいね、ブックマーク、感想など、リアルタイムで出来るのはあと数週間です、是非今のうちに!!
勿論完結した後にしていただいても構いません、というかして下さい、お願いします!!
次回「サンチェスと計画」
5月25日投稿予定!!