1.サンチェスの初仕事
サンチェスの初仕事
「なぜ私が、そこらのコソ泥と同じにされるのか。」
そう言って考え込むこの紳士は、サンチェスと言ってスペインに生を受け、スペインで活動する泥棒である。サンチェスは昔からアルセーヌ・ルパンに憧れていた。
そのため、ルパンのように怪盗紳士と言われることが夢だった。
サンチェスは数週間ごとに盗みを働いては、孤児院や様々な施設などに寄付をしていた。
しかし、盗んでいることにばかり注目が行くため、盗んだものを寄付しても何の名声も得られなかった。それどころか、サンチェスは今まで捕まったこともないものの、新聞でも小さい記事に乗るくらいのものだった。
それで、サンチェスは毎日のようにどうすれば皆に注目されるのかを考えているのだ。いくつか方法を試したが、あまり効果を発揮しない。
それで、最終手段に出た。
スペイン国家警察にて
「エクトル警部、お疲れ様です。」
ある警部が廊下を歩くと周りの刑事たちが軽く礼をする。
この警部はエクトル警部。窃盗犯担当の警部で、今までの窃盗事件では犯人を逃がしたことがなかった。しかし、エクトル警部はかなりベテランの警部だったので、窃盗にあった大金持ちや有名人がいつものように名指しで担当刑事を要求してくる。
一般人ならあり得ないのだが、指名してくるのは大金持ちや権力者だ。
国家警察といえど逆らうことが難しいときもある。
そのようにいつものようにお偉いさん方から依頼があるエクトル警部は、その頃あまり意識されていなかったサンチェスの担当はしたことがなかった。
いつもほかの刑事が担当しては逃がしてしまっているのだ。しかし、今回は違う。
「エクトル警部!また盗みだそうです。」
エクトル警部が窃盗犯担当部署の自分の席に着いたころに警官が叫びながら窃盗犯担当部署の部屋に入ってきた。
エクトル警部は、いつも通りにどこで起きた盗みか、現場の様子はどうなっているのか、素早く警官に尋ねた。
すると、いつもなら警官は素早い質問にも慣れているのですぐに答えられるのだが、今回は少しおどおどするようなそぶりを見せてから答えた。
「それが…まだ起きていないんです。」
警官の予想外すぎる答えにエクトル警部を含む警官らは一瞬で沈黙した。
誰よりも早く状況を理解したエクトル警部は警官に尋ねた。
「予告状が来たんです。」
少しおどおどして警官は答えた。エクトル警部は長くため息をつき、どんな予告状なのか予告状の詳細について尋ねだした。
予告状の内容
私はオヌクール氏の所有するムーン・サファイヤを気に入っております。それで、7月20日に頂きに参ります。しかし、頂いたものは私のものにするつもりはありません。孤児院に送らせていただきます。では、是非丁重にお迎えください。
サンチェス
その通り、サンチェスの最終手段というのは、予告状を出すことだった。
予告状を出せば国家警察はいやでもサンチェスに注目する。
そうすれば、少しはベテランの刑事が担当することになり、そのような刑事を出し抜けば、自分の力量も明らかとなり、またより優秀な刑事が相手となる。
その繰り返しのはずだ。しかし、予告状を出すことで捕まるリスクは高まる。
それで、今までサンチェスは予告状を出すことを避けてきた。が、そのほかに思いついた方法はあまりうまくいかなかったので、ついに、予告状を出す決意を固めたのだ。
今まで避けてきたものの、サンチェスには予告状を出して捕まるリスクが高まろうとも、国家警察を出し抜く自信があった。一つだけの気がかりなことを抜いて。
予告日一週間前 オヌクール氏の邸宅にて
オヌクール氏は大金持ちだ。エクトル警部はいつも大金持ちとは接してきている。
しかし、やはり何度会って話しても慣れない。
表情は冷静そのものだが、心の中は緊張が大半を占めていた。
今回狙われたオヌクール氏は、今までエクトル警部が担当してきた事件の被害者よりかは少し規模が小さかった。
しかし、それでも大金持ちだ。
スペイン市民の多くは彼のような人物になりたいと少しは思うだろう。
が、エクトル警部はそうは思わない。オヌクール氏の金は正しい金とは言えないかもしれないからだ。
オヌクール氏は建築家で、主に庶民の家をリフォームしたりするときの設計を行っていた。
しかし、オヌクール氏が設計を担当した家は必ず数か月以内に盗みにあう。
初めはその一連の盗みに関連性も感じられていなかったが、その盗みは毎回毎回同じ手口で行われている。が、実行犯はそこまで盗みのやり手ではなく、そこそこの刑事でなら逮捕できていた。
それらの泥棒は抜け道を使って盗みに入るのだが、盗まれた金品のうち、少しだけが犯人の家や周辺にあり、明らかに足りなかった。犯人の供述によると隠し場所は全部隠さずに伝えたらしい。
その供述と事実の矛盾が国家警察の捜査を混乱させたのだ。
それで、何度かその一連の事件を担当したことのあるエクトル警部は毎回、
「トカゲのしっぽか。」
と言っていた。トカゲは自分が天敵に狙われて死にかけたとき、尻尾を切って置いておいて逃げる。
しかし、トカゲのしっぽはまた復活する。
エクトル警部はそれと同じようにこれら一連の事件の犯人をまとめる大ボスがいると思っているのだ。
エクトル警部はオヌクール氏がその大ボスだと思っている。
しかし、証拠が足りないため、逮捕どころか令状さえも取れていなかった。
そんな時にサンチェスの予告状が来たのだ。エクトル警部はそれを機にオヌクール氏の邸宅の捜索をしていた。
そして、サンチェス対策のために警官の配置も始めた。すると、
「警察の方々は今日からずっといらっしゃるんですか?」
と、オヌクール氏が尋ねた。
「何か不都合な点でも?」
エクトル警部がそう聞くと、少しおどおどした様子で
「いいえ、そういうわけではありませんが。」
と言ってどこかに行ってしまった。その問答がオヌクール氏の疑いをさらに濃くした。
一週間後
ついに訪れたサンチェスの予告日。
オヌクール氏の邸宅には緊張が張り詰めていた。
エクトル警部もどれだけの力量がある泥棒なのかわからないため、少し緊張していた。
すると、邸宅の電気が落ちた。その場の警官らは騒然となった。
「何が起こった!?」
「例の泥棒か?!」
「非常電源をつけろ!」
などと叫び声が聞こえる中、すぐに電気が復旧した。そして、
「何やら怪しいカードが見つかりました。例の泥棒のものと思われます。」
と、エクトル警部に報告があった。
その文を読んだエクトル警部はすぐにオヌクール氏に知らせ、オヌクール氏はすぐに電話で鑑定士を呼んだ。サンチェスのカードには、宝石を偽物とすり替えたと記されていたのだ。
しかし、その時に配備されている警官の中には宝石の鑑定に詳しいものはおらず、オヌクール氏も正確な鑑定は難しいとのことだった。
それで、近くの鑑定士に電話をした。
すると、一人だけ鑑定士が見つかった。その鑑定士は三十分もあれば着けるとのことだった。
三十分後 鑑定士到着
オヌクール氏は鑑定士が到着するとすぐに鑑定を依頼した。
そして、少し待つと鑑定士から結果が知らされた。
皆が緊張しながら鑑定士を見つめていると、鑑定士の口から出された鑑定結果は、
「この宝石は、偽物です。」
とのことだった。
そして、オヌクール氏が鑑定士に礼をすると、鑑定士は帰ろうとした。すると、
「種明かしと行きましょうか。」
大きく響くような声が邸宅内に木霊した。
エクトル警部らが声のした方を見ると、さっきまで邸宅内にいた鑑定士が車に乗って帰ろうとしているところだった。
エクトル警部らが鑑定士の言動に首をかしげている中、鑑定士は構わず話続けた。
「まず、私の友人に電気を切ってもらいます。すると、そこにいた警官らは騒然となるでしょう。そして、私がカードを見つけたふりをして、カードを渡します。」
鑑定士がそこまで言うと、エクトル警部が驚いた顔をした。
鑑定士はそのことを見ていなかったのか、見たのに放っておいたのか、何もなかったのかのように話を続ける。
「そして、宝石が本物なのか鑑定するために鑑定士を呼ぶことになります。しかし、この近くの鑑定士は大体、私が時間のかかる仕事を依頼しておいたので来ることは出来ません。それで、私が呼ばれるわけです。そして、宝石を偽物だと宣言して、帰ってしまえば誰も私が怪しいとは思わないでしょう。」
そう言って笑う鑑定士を見てエクトル警部は呆然としていた。
今まで多くの窃盗犯を相手にしてきたが、目の前で自分の使った手口を話す窃盗犯なんて見たことがなかった。
しかし、今はそのチャンスを逃すわけにはいかない。
エクトル警部は鑑定士のもとに走り寄って行った。しかし、途中で足を止めた。周りに銃を構えた男たちが見えたからだ。
今は夜で周りは暗かったので顔や服装などは見えなかったが、明らかに包囲されている。
エクトル警部はその場から動かなかった。すると、鑑定士は、
「周りの人影は木でできた人形です。」
と言いながら車に乗って逃亡した。
それで、サンチェスを逃したエクトル警部は落ち込みながら事後処理を始めた。
すると、サンチェスがいなくなった場所あたりからオヌクール氏の犯罪の証拠が出てきた。
抜け道も書かれた設計図である。
筆跡もオヌクール氏と一致したので、オヌクール氏は逮捕された。
そして、エクトル警部はオヌクール氏を逮捕したのち、サンチェスが去っていった方向を見つめ続けた。
この事件がのちに大怪盗サンチェスと呼ばれたサンチェスの初仕事だった。