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Q. 南の国の人達が棒を二本なくしてしまった。さあ、どうなった?
A. 幸せになった。南という文字から二本の直線を取ったら幸せという字になるから
2015/12/18
「どうしたの、金崎くん」
「ちょっと、熱があるかもな。頭がぼーっとする」
「ここ最近よく眠れてないからじゃない。ほら、深夜もよくベッドから一人で起き上がって、ベランダでタバコを吸ってるじゃん」
「寝れないんだよ。なんだか不安で不安でさ」
「りんごをすりおろしたやつでも食べる?」
「いや、別にいらない。ただ……手を握っててくれ。そう……ありがとう。美香の手は小さくて、柔らかいな。本当に。強く握ったら潰してしまいそうになる」
「最近、眠れないの?」
「不安で不安でどうしようもないんだ。美香とこうして手をつないで微笑み合っているだけでもさ」
「……」
「怖いんだよ。幸せすぎて。今まで心の奥底で抱え込んで、それのせいで人生を滅茶苦茶にされてきたと言っても過言じゃないものが、美香みたいな俺にはもったいないくらいに最高の女とこうしてるだけで、なんだかすべてが許されてしまうような気がして。今までの恨みつらみなんてもんは取るに足りないものなんだって、昔の自分は馬鹿なことをやってたに過ぎなかったって、よくあるメロドラマみたいに結局、俺に必要だったのはこんなささやかな愛だって結論付けられてしまうことが、怖い。別にそれが間違いだとは思わないし、多分間違っているのは俺の方だ。いつまでもくだらないものにしがみついている自分の方がさ。でもな、それじゃ駄目なんだよ。幸せになれなくても、みんなから認められなくても、無能だとか馬鹿だとかって罵られても、しがみついてきたものを否定されたら、それはもう自分のすべてを否定されてししまうことと一緒なんだよ」
「よくわかんなんよ。もっと……もっと私にもわかるように説明して」
「ごめんな、それはできない。いや、したくないんだ。俺が今までのすべてを美香にぶちまけたら、多分、全てを受け入れてくれるんだろうな。美香はそういう女だからさ。言葉にはできないくらいに幸せなことなんだろうな。自分のすべてを誰かが受け入れてくれるってことは。でも、俺は絶対にそうはなりたくない。わかんないよな。こんな意味のわかんないこと」
「いいよ。ちゃんと聞いてるから」
「よくバンドの仲間に大口叩いてるけど。結局は今にも挫けそうな自分をなんとか奮い立たせるためにカッコつけてるだけなんだよ。俺はいつだって、自分は天才なんかじゃないって事実に気付かされるのが怖くて仕方ないんだ。美香とこんなふうに手を取り合ってほほえみ合ってるだけで幸せだよ。でも、その幸せに満足してしまった瞬間、俺は結局、いつも俺が馬鹿にしているような凡人だってことに気がついてしまうんじゃないかって。俺が天才じゃなかったら、色んなものを犠牲にしてでも、差し伸べられてきた手を追い払ってでも、音楽にしがみついてきた俺はどうなってしまうんだろうな。何の才能もない人間が時間を無駄にして、たくさんの人に迷惑をかけて、大勢の人間に嫌われただけってことになるんだろうな。俺は何よりも、そうなってしまうことが、俺が今まで積み重ねてきたものが、いやしがみついてきたものが、結局はボロ雑巾だったってことになってしまうこと。それが、どうしようもなく怖いんだ」
「こうして身体をくっつけてるのも嫌?」
「嫌じゃないんだ。最高だよ。ただ……いや、言葉が思いつかないな。やっぱり身体の調子が悪い気がする。身体が熱いし、視界がなんだかぼやけてるような気がする」
「手をつないであげてるからさ。このまま寝ちゃいなよ」
「そうだな……。そうするよ、ありがとう」
「何かして欲しいことある?」
「なぞなぞ……。いつもみたいにさ、なぞなぞを出してくれよ。できるだけ難しくて、答えがわかるのにすごい時間がかかって、だけど答えを聞いた瞬間にくだらないなって笑えるようなやつをさ」
「また? もうネタもないよ」
「適当なやつでいい。こうやって美香の手を握って、自分の将来とか、音楽のことなんか忘れることができたらいいんだよ。そうしている間だけは、なぞなぞの答えを思いつくまでの間は、なんだか自分の惨めさを感じずに済む時間なんだ」
「うーん。じゃあ、子供の頃に読んだ本に書いてあったやつ。『南の国の人達がある日棒を二本なくしてしまいました。さて、その国の人達はいったいどうなったでしょう?』。どう、わかる?」
「わからないな。なんだか頭がボーッとしてうまく考えられない」
「別にゆっくりでいいんだよ。時間制限なんてないからさ。あとさ、そろそろ手を離していい?」
「いや、もう少しだけこのままでいてくれないか」
「いつまで?」
「さっきのなぞなぞの答えがわかるまで」
「甘えん坊だなぁ、本当に。ステージではあんなにかっこいいのに」
「惚れ直したのかよ?」
「これで浮気はしなかったら完璧なんだけどな」
「もうしないよ、絶対に」
「本当?」
「絶対。約束する」
「ありがと」
「そろそろ寝るよ。美香が出してくれたなぞなぞの答えを考えながらさ」
「うん、おやすみ。なぞなぞの答えがわかるといいね」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」