3
Q. 何時間もかけないとたどり着けない場所で収録されるてテレビ番組って何?
A. トーク(遠く)番組
2017/10/29
タバコの煙が充満するいつもの居酒屋。そんな狭い店のカウンターで、ユウキと金崎、そして高岡は肩を寄せ合って安い酒に口をつけていた。
「新井崎は?」
「明日は朝から仕事だってさ。ほら、あいつ最近バイトから正社員に登用されただろ? だからそれだけ大変になったんだってさ」
だから、ここ最近バンド活動もあんまり身が入っていないよな。ユウキはそう続けようとしてぐっと言葉を飲み込んだ。高岡はそんなユウキの心を読んだかのようにちらりと彼の方を一瞥し、まあしょうがないよなと諦め口調で呟く。一番端に座っていた金崎はいつものように何も言わず、退屈そうに胸ポケットからタバコを取り出した。
ユウキは顔を上げて、壁に掛けられた手書きの看板メニューを見る。9月のおすすめメニューと書かれた看板の端っこには、少し前に流行したアニメのキャラクターが描かれていた。
「懐かしいなあのアニメ。ほら、去年あたり、美香ちゃんが嵌ってたよな。なんて名前だっけ、あのキャラクター」
ユウキの独り言に彼氏である金崎ではなく、隣りに座っていた高岡がぴくりと肩を震わし反応をした。なんだよ、その反応。ユウキが茶化すが、高岡は何もしゃべることなく、先程の反応をごまかすかのようにテーブルに置かれていたグラスに口をつけた。
「金崎。お前また、浮気したらしいな」
高岡がぽつりとつぶやいたのは、それから三十分ほど経ってからだった。
「何のことだよ」
「しらばっくれんなよ。美香から電話があったんだよ、泣きながらな。絶対にもう浮気はしないと言ってはそれを破って、またもうしないって約束して、それを破って……。それの繰り返しじゃねえか。お前は、あと何回美香を泣かせたら気が済むんだ」
高岡の言葉に熱がこもり始める。ああ、そういえば美香は高岡の従姉妹なんだっけ。ユウキはふとそのことを思い出した。高岡が従姉妹の美香ちゃんをライブに誘って、そこで金崎が作った音楽に感動した美香が高岡に金崎を紹介してもらってそれをきっかけに二人が付き合い出したのが三年前。交際なんて三ヶ月も持った試しがなかった金崎と、よくもまあ三年間も一緒に入られるな。酔いに任せて、どんどん口調を荒げていく高岡の横で、ユウキはそんな関係のないことを考えていた。
「自分で言うのも何なんだけどさ、本当にできた彼女だよ。なんで俺なんかと付き合ってんだろうなって思うくらいにはさ」
「で、お前はそんな天使のように優しい美香の優しさに漬け込んで、とっかえひっかえ女と遊んでるってわけかよ。いいご身分だな本当」
高岡が舌打ちをする。金崎は何も反応しない。俺もまた金崎をフォローすることもなくただ二人の口論を外から聞き続けた。お酒が回っているとはいえ、いつもは温厚な高岡がここまで感情を高ぶらせているのは珍しいことだった。
「おい、なんとか言えよ。金崎。いっつもそうだよな。自分の言いたいことだけ言って、こっちの話には耳を傾けようとしない。持論だけ展開してそれがだめなら、不貞腐れて黙りこくる。確かに、お前は音楽を作る天才かもしれないな。でもな、自分のわがままが全部許されるだけの圧倒的な天才ってわけじゃないだろ、お前は? バンドの仲間であろうと、ファンであろうと、曲だけじゃなくて、お前の人格は無視できないしさ、いつもお前が偉そうに言うように音楽だけを聴いてくれるような天使ばかりじゃないんだぜ。なんとか言ったらどうだよ、金崎」
「お前の言うとおりだよ。別に俺も自分がそんな天才だとは思っていないし、自分のクズさを全部受け入れてくれるとは思ってないよ。お前らにも、美香にも」
「だったら、なおのことたちが悪いな。自分のクズさを理解していて、それを治そうともしないんだから」
高岡が財布から五千円札一枚を取り出し、テーブルに叩きつける。気分悪いわ。高岡は吐き捨てるようにそうつぶやくと、そのまま席を立ち上がった。金崎もユウキも高岡を止めることはできなかった。乱暴に店の扉を開ける音が聞こえてきて、少しだけ間が空いた後で、夜の香りを含んだ空気が店の中に入り込んでくる。ユウキは金崎に視線を向けたが、言葉をかけることはできなかった。二人の間にできた一人分の空席が痛々しいほどに、気まずかった。




