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Q. 季節が「秋→夏→春→冬」となるところとは、一体どこ?
A. 辞書
2016/12/22
「美香ちゃんと別れたんだってな?」
薄暗いライブハウスの倉庫。ギターのチューニングを行っている金崎に、ユウキが尋ねた。金崎がギターから顔を上げる。ユウキはポケットからタバコを取り出し、そのうちの一本を金崎に手渡した。
「何ヶ月前の話してんだよ」
「今度こそはと思ってたんだけどな。正直、あの天使みたいな子が見放すとなると、もう誰も無理なんじゃねえのか」
金崎は無表情のままタバコに火をつけようとするが、手が震えているせいでなかなかうまくいかない。ユウキが自分のライターを取り出し、金崎のタバコに火をつけてやる。赤く点滅するタバコの先端からは白い煙が立ち上り、空気中に漂う塵とホコリとに混ざりあって消えていった。
「今日はレコード会社の人間が来るんだってな」
「ああ」
「調子はよさそうか」
「調子なんてへったくれもないだろ。ただ俺達の演奏をやるだけだから」
ユウキが顔をしかめた。金崎が顔をあげる。ユウキの視界が一瞬チカチカとした光に包まれる。
「そういうのそろそろやめようぜ」
ユウキの言葉に金崎は何のリアクションも取らない。右手に持ったタバコの先からひとかけらの灰がほろりとコンクリートの地面に落っこちていく。
「お前の才能を信用した俺達がバンドを組んだのが三年前の師走。ちょうど今頃だよ。俺たちが作る音楽とか演奏とかは自分でもそこらへんのプロに引けを取らないと思ってる。でもよ。音楽の世界ってそう簡単なもんじゃないだろ。もっと他のアマチュアバンドとかプロのバンドとか音楽関係者と繋がって、色んな所に顔を出して、それで初めて俺たちの音楽を聞いてもらえるんだろ? どんなにいい音楽を作ってても、聞いてもらえなかったらそれはもう存在しないのと一緒だ。別にそうやって突っぱねることも格好良いと思ってたよ、始めの頃はな。でもさそろそろ、俺たちも方向性とか考え直さないか?」
「考え直さないね」
金崎が間髪入れずに応える。即答。いつもと変わらないその言葉にユウキはため息をつく。金崎がタバコを地面に捨て、ボロボロになったスニーカーのかかとで火を消した。倉庫の入り口の向こうからは、他のバンドが演奏する音楽が聞こえてくるような気がした。
「なあ、別に有名になってどうなるんだ。売れて、たくさんの人が俺たちの音楽を聴いてそれで高い飯が食えて、みんなが天才だねって褒めてくれて、で、その後は? 俺たちをバカにしてきた人間を見返してやりたいのか? 有名になりたいのか? 幸せになりたいのか? そのどれにしたって、音楽でそれをやろうとするなら、これほどコスパの悪いものはないぜ。毎日毎日指にタコができるくらいに練習する暇があったら、資格の勉強でもしたほうがずっと有意義だ。幸せになりたいだけの人間は音楽なんてやるもんじゃない」
「そうやって突っ張るのがかっこいいと思ってんのはお前だけだぞ。高岡とか新井崎もお前のそんな態度に正直飽き飽きしてんだよ。バンドはお前一人でやってんじゃない。このままバンドが解散したらどうするつもりなんだよ」
「そんときはそんときだ」
ユウキは苛立ちを抑え込みながら吐き捨てる。
「美香ちゃんにもそんな風に言ってたのか?」
「……」
金崎が押し黙る。口では一丁前のことを言っても、自分の都合の悪いことになるとこうして黙りこくってしまう。金崎の悪い癖だった。
ユウキは何も言わず金崎に背を向けて歩き出した。ユウキの背中越しに金崎がチューニングを再開する音が聞こえてきた。自分や他のメンバーのことなんてお構いなしに、あいつは自分の音楽のことしか考えない。昔は畏敬の念さえ覚えていていたそんな金崎の姿勢も、今のユウキにとってはただただ腹立たしいだけだった。倉庫の扉を開け、ライブハウスの廊下に戻る。廊下ではバンドメンバーの高岡と新井崎が壁に持たれながら何かを話し込んでいた。二人が倉庫から出てきたユウキに気がつく。そのいつになく真剣な表情に、ユウキの胸がざわつく。
「ユウキ、ちょっといいか。今後のバンドについて相談したいことがあるんだ」
「……なんだよ」
タバコの煙とホコリの臭いが染み付いた狭い廊下で新井崎が重い口を開いた。