盗賊、スリをする
眠い
意識が暗転したと思ったら、浮遊する感覚がリーゼリットを襲う。……いや、落下といったほうが正しいだろう。
頭と足が上下反対、顔面に風が打つ。頑張って目を開けると、目の前に地面が迫っていた。
「なっ……!!」
今まさに頭から追突しようとしているのだと理解して、とっさに行動に移すまでにコンマ数秒もかからなかった。回転と身体強化。クルンと身体を回して足を下に戻し、魔力で限界まで一瞬の間に強化する。
ギリギリ間に合ったその体で、地面に着地した。両手両足で地面に激突。
ドォンッ、と鈍い音がしてそれに見合ったクレーターを形成する。
「あっぶないわね……」
慌てて全魔力を消費した代償として、虚脱に襲われる。怠さの残る体で立ち上がった。手を二回、膝も二回。ぱっぱと砂を払って上を見上げると、満点の星空が見えた。そして建物。なるほど私はこれの上から落ちたわけだ。
足元を見るとひび割れた地面の中に魔法陣が見える。とりあえず、この短時間で回復した少量の魔力で魔法陣を念写しておいた。
状況を整理しよう。
魔王と相打ちした。→死んだと思ったら地面から落ちてた。
……何が何だかさっぱりだ。
ここは?この建物は?この魔法陣は?そして──
「この身体もね」
そう、立ち上がった時から目線の高さに違和感を感じていた。いつもより高い気がする。そしてこの服。
これは確か「袴」だったか?東方由来の品だったはずだ。しかし店で見たものより短い気がするのは自分の記憶違いだろうか?もちろん、こんな服を着た覚えは微塵もない。
……ひとまず、この敷地内から出るとしよう。
「なによこれ……」
少し歩くと、あたりは光で埋め尽くされていた。目が慣れるのに時間がかかるほどだ。先ほどはあれだけ見えていた星の光も心なしか減っているように見える。馬もいないのに低く唸る艶のある馬車。そこかしこにある光る物体には火の精霊はおらず、光の精霊がちらほらいるだけ。常識では考えられない光景だった。
本当にここはどこなのだろう。もしかして死後の世界か何かだろうか?
……そんな冗談を言ってる場合ではない。現世であることは確かだし、ここは未知の地であることも確かだ。だが言葉はある程度わかり文字もある程度読める(言葉の意味はわからないことだらけだが)のが幸いといったところだ。
歩いたり店らしき建物に入って見て、わかったことがある。金についてだ。この地では硬貨が大きければ高く、紙が一番高価らしい。紙を渡して硬貨を受け取っていたときは目を疑ったほどだ。
そんなことを考えていると、前から酔っ払いがやってきた。見た目は見るからに血気盛んな若者、と言った感じだ。こいつが冒険者になったら日の稼ぎを全て飲み代に溶かしそうな、そんな印象。
「おっと……」
ドン、と肩がぶつかる。いや、ぶつける。
「はー、思ったけど歩いてる人たち本当無防備ね。酔っ払い狙わなくてもいいくらいだわ」
その手には財布があった。もちろんリーゼリットのものではない。この服のポケットにもそれらしきものはなかった。つまり、盗んだのだ。
魔王とタイマンで張り合うほどの戦闘力を有しているが彼女の職業は盗賊だ。こっちの方が本職である。
誤解しないでほしいが彼女も好んで盗みをやるわけではない。金があったら払うし、なければクエストで稼ぐ。しかし今は非常事態なので、というわけだ。
「1.2.3.4.5.6。なんだ、結構あるじゃん」
もっと散財してるかと思った、と盗んでおきながらものすごく失礼なことをいう。長財布を袴カッコカリのポケットに押し込んだ。
金があれば百人力だ。とりあえず、腹ごしらえをしようと、いい匂いのする建物に入った。
短い