プロローグ
また新しいのか……
「はぁ……はぁ……」
「まさか、盗賊ごときに、遅れをとるとはな……」
場所は魔王城謁見の間。
最終決戦といったところか。魔王に対峙するのはただ一人。
彼女は賢者でもなく聖女でもない。騎士でもなければ戦士ですらなく、ましてや弓兵でもない。なれば勇者かと思えば、実態はただの盗賊であった。自慢の銀髪を泥で汚し、綺麗な皮膚も所々傷ついていた。装備はボロボロで、武器も刃こぼれしてクソの役にも立たないほどになっている。
対する魔王は少女といっても差し支えないほど背が小さく、顔もあどけなさが残る。その象徴的な金色の髪を携えて、堂々と君臨している魔王。彼女も体力の消耗が激しいらしく、さほど息は乱していないが、肩で息をしていた。
「一番最後に雑魚そうな者を残しておいたのだがな……誤算だったな」
「……、はぁ、はぁ……まぁ?実際?雑魚な訳だし?」
「……戯け。貴様、強さで言えば、先ほど倒した戦士と同等であろうが。」
「そりゃ、どうも。仮にも、勇者パーティの一員な訳だし?ある程度強くないとおかしいでしょ?」
魔王はまず魔法防御の要の賢者を一点集中で倒し、ついでに聖女を狙った。三番目に勇者を倒し、騎士、戦士の順で倒した。最後に残った弓兵と盗賊をさっさと倒そうとし、流れで弓兵を倒し盗賊を残したはいいが、この盗賊がなかなかに倒れなかった。
「ちなみに、倒された仲間たちは転移のオーブで脱出済み。数時間もしたら全快で襲ってくるわ」
「……厄介だな。なにか?貴様も逃げると?それとも仲間が来るまでに我を回復させぬよう時間稼ぎか?」
「……私はね、勇者候補だったの。……来て」
突如、盗賊の眼の前に現れる光輝く剣。それは、誰がどう見ても聖剣であった。
「会話を始めてくれて、どうもありがとう。おかげですっかり息整ったわ」
「貴様……それは、勇者しか使えぬはずでは……」
「歴代最強と謳われてる魔王様に一人で戦ってるのよ?それはもう勇者でしょ?」
「……ちっ。しかし、所詮勇者候補であろう。その勇者候補がなんなのかは知らんが、言葉からするに先ほどの勇者より貴様は劣るわけだ」
「そりゃね」
「そして、息が整ったのは私もだ」
魔王からオーラが吹き出た。地面を揺るがすほどの魔力放出。盗賊はごくりとツバを飲んだ。数秒続き、それがピタリと止む。バサリと背中から翼が生え、宙に浮かんだ。
「よおくわかった。貴様らは転移の隙を与えずに確実に殺す。心の臓を停止させ、頭を潰す。古代魔法で復活させられても厄介だ、そのあと魂ごと消滅させてやろう」
「その点、私はあなたの心臓をこれで突き刺すだけだし、こっちの方が有利ね?」
「ほざけ!!!」
こうして、魔王と盗賊のタイマン第二ラウンドが始まった。
「相打ち……か……」
「そう……だな」
数十分後、決着がついた。魔王の胸には聖剣が深々と刺さり、盗賊の胸には魔力で硬質化された腕が心の臓を穿っていた。
「これでは……頭を潰せぬな……」
「私も……転移、できないね……」
剣を、腕を、引き抜く力さえないのか、そのままの姿勢でお互い寄りかかるように、息絶え絶えに言葉を紡いでいく。彼女らの心中は、憎しみなどなく、お互いに健闘をたたえあい、清々しい気分であった。
「ふ、……死に逝く者に……いってもなんだが、我は人間に……魔物をけしかけたりなんぞ、しておらぬぞ」
「……知ってる」
「ぬ?」
「でも、王命、だしね……」
「さようか……」
終わりが近い。もうすぐ両方の生命活動が停止する。
「娘」
「かふっ……何?」
「名は何という」
「……リーゼリット」
「覚えておこう……我が名は」
「ドラゴニア、でしょ。有名だよ」
「ふふ、そうであったな。……さらばだ、真の勇者、リーゼリットよ」
「……ありがとう、ドラゴニア」
そして、どちらからかわからないが、姿勢が崩れた。
ぐらりと傾き、ばたりと二人の胴体が地に触れる。
パリン、と。
謁見の間に響き渡ったのは、転移のオーブが割れた音であった。