02 旅立ちの前に
母さんのにっこりとした満面の笑み。それは美しく、不思議な輝きに満ちていた。息子の俺でさえ美しいと思ってしまう。
正直、これにはどんな屈強な男も一撃で仕留めるほどの破壊力があるだろう。
うーん、どう見ても二十代前半にしか見えない。金髪碧瞳、女神を思わせる整った顔、しかも童顔。さらにスタイルは抜群のプロポーションだ。
これで一児の母と誰が信じるだろうか。今だって飾り気のないドレスを着ているがそれだけでも一国の王女のように見える。
そんな母さんが今、なんと言ったんだ? 頭が真っ白になってよくわからない。
「か、母さん、今なんて?」
「ふふっ、この装備は全部が本物だって言ったの。驚いたでしょう? この勇者の服は母お手製なのよ」
「……いや、その、そっちも驚いたけど、もう一つ何か言ったよな?」
「ん? この勇者の服は母が夜なべして作ったの」
「それじゃなくて! その前、もっともっと前に!母さんがなんだって!?」
「あら? 母もアイスと一緒に冒険に行くって言ったのよ。アイスの冒険に付き添うわね」
あっ、やっぱり。最悪の展開きたこれ。
「なっ、ちょっと何言ってんの? 母さんと魔王を倒しに旅立つ勇者なんているわけないだろ!」
「なんで? いるでしょ、ここに」
「恥ずかしだろっ、皆にバカにされるだろ! 母親と冒険するなんて聞いたことねーよ!」
「……」
あっ、やべぇ。母さんお得意の泣き落とし作戦がくるぞ。
「そう、わかったわ。アイスは母が魔物に食べられてもいいのね? 世界は救えるけど母は救えないのね?」
「……なんでそうなる?」
「いいのね? 母が魔物に食べられても!」
「いや、駄目だけど――」
「ほら、決まりね。母はアイスに守ってもらうわ」
「そ、そうくるか……」
だ、駄目だ。母さんの方が何枚も上手だぞ。くそっ、どうする? なんとか時間を稼いで作戦を立てないと。
「そ、それはそうと魔法の盾って、あのおとぎ話に出てくる魔法の盾のことだろ? 図鑑にさえ載ってない幻の盾がなんでウチにあるんだよ?」
「そう、知りたいのね? 伝説とまで言われている勇者の装備が何故ウチにあるのかを、知りたいのね?」
なんかめちゃくちゃ得意気な顔だ。悔しいが仕方ない。
「ああ。知りたい、教えてくれ、母さん」
「だーめ、教えませんー。王様に会ってから教えます~」
「なっにー! 母さん、ふざけんの止めてくれよっ」
母さんはにっこり笑って黙りこんだ。
あ、これはふざけてないパターンだ。もう何言っても聞いてくれないぞ。
「おー~い、ルビーちゃーん、アタシの出番まだ~?」
すると、一階から幼馴染みのミントの声が聞こえた。ちっ、やはりアイツも一枚噛んでたか。
まぁ、知ってたけどね。
「今いくからね~。――さぁ、行きますよアイス。ミントちゃんも貴方が勇者として旅立つのを今か今かと待ってるんですからね」
「まさか、アイツも行くとか言わないよな?」
「アイスがミントちゃんをパーティーメンバーに入れるならそうなるわね」
うわー、なんてしてやったりな顔してんだよ母さん。これはもう全てが計画的犯行だろ。絶対に連れてくように仕組まれてるし……。
ミント=ラブベリー。俺の幼馴染みで同い年の女の子だ。ミントも昔から俺が勇者だと信じて疑わない。
これって、母さんに洗脳されてるんじゃないのか?
「アイス、母は下でミントちゃんと待っていますからね。その勇者の装備に着替えたら直ぐに降りてきなさい」
「……」
「あら、返事は? 王様に会いに行くって言ったわね、アイス?」
「ああ、わかったよ。……着替えるから待っててくれ」
駄目だ、ここまで用意周到に仕組まれているとは――。こうなれば王様に会って俺が勇者じゃないってことをわかってもらうしかない。
そうなれば流石の母さんも諦めるだろう。
勇者とはいえ王様の許可なく勝手な活動は出来ないからな。
それこそ自称勇者は山程いる。ただ勝手に勇者を名乗るのは許されていないから王様に認められなかったらそれで終わりだ。
先ずは着替えてからミントに文句の一つでも言ってやるか。
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