晩餐の後に……
書いてしまった……
本日、旧約に代わる、希求された新たなる救いの契約が布告された。
しかし、人びとの表情は暗い。
晩餐にて、裏切りが御子の口から告げられたからだ。そして、その裏切りによって人は神の子失うことになるのである。
誰もが、救いをもたらした御子を失うことに、恐怖を覚え、人の愚かさを憎み、怒り、打ちひしがれ……罪の意識に苛まれていた。
特に、その三十枚の銀貨に象徴される罪を負うユダは。
最後の晩餐も終わり、残るのはゴルゴタへの道のりのみとなった。弟子達は、皆、同じ思いを抱いて自室へと戻った。
ユダはただただ泣いていた。己の罪を悔やみながら。涙は、次々と溢れ、とどまることを知らなかった。
何もユダを救うことはないのだ。イエスを売った、その罪は魂の深くに刻まれ、死してなお、解放されることはないのである。
静かにユダを照らしていた蝋燭が消えても、ユダは泣いていた。
草木も眠る頃、ユダの部屋に来客があった。
ノックもなく開いた古びた木のドアが、その軋む音で来客をユダに知らせた。
顔も上げないユダの隣に、何者かが座った。
「ユダ、ユダよ。顔を上げなさい。あなたはうつむく必要などないのです」
静かに語りかける声にも、ユダは顔をあげない。
「どうして私が、貴方に合わせる顔がございましょうか。私は貴方を売ったというのに……」
強い自責がこもった声にも、イエスは優しく返す。
「私は天へと帰るのです。これは天命なのですよ。貴方が責められることではないのです」
「しかし、私は貴方をローマ売り、私のせいで、貴方が処刑されるのです!私は、大恩に対して、これ以上とない仇で返したのです!」
ユダの叫びが、未だ枯れず、なお勢いづく涙と共に吐き出された。
「ユダ、私は貴方を赦しています。私は、貴方を愛しているのです。その程度のことなど気にする必要はないのです」
「しかし!」
なおも、自分を赦すことのできないユダの言葉は最後まで紡がれることはなかった。
ユダが思わずあげた顔を、その唇をイエスが強引に塞いだからである。
驚きに言葉を失うユダにイエスは、語りかける。
「私の教えを忘れたのですか?それとも、形に示さないとダメなのですか?」
と、再びユダの唇を塞ぐ。
ユダは抵抗しようとするも、イエスを振り払うことはできなかった。
イエスとの魂と、己の魂が溶け合う感覚にあらがうことができなかったのだ。
次第に激しく、深く溶け合う感覚に、ユダが完全に身をゆだねた頃、ようやくイエスはユダを解放した。
「イエス様……」
未だ恍惚のなかにあるユダに、イエスはまだ続ける。
その髪を、顔をなでていた手は次第に場所を変えていった。
「いけません、イエス様!この身は穢れております」
ようやく恍惚から抜け出したユダは、再び抵抗を示す。
「その罪を禊ぐために私はいるというのに」
イエスは、ユダの抵抗を意に介さない。
おもむろに顔をユダの罪の象徴へと近づけた。そして禊ぎを始めた。
己の罪が濯がれる、その感触にユダは今まで以上の恍惚と、快感を覚えた。
ユダも、救われたいのだろう、もう抵抗はやんでいた。
禊ぎは激しくなっていく。
イエスが、己の罪を禊ぐその快感にユダは、身を捩り、声を漏らした。
そして、ついにユダの罪があふれ出した。
イエスは、その罪の一滴も残らず丁寧にぬぐい取った。そして、ユダの体をかえした。
ユダは抵抗しない、イエスに救われるのを待っている。
イエスも何も言葉にしない。
言葉の世界は過ぎ、ユダを救うにはただ行動のみが求められていた。
ユダは、自分の中に、イエスの救いが入ってくるのを感じた。とても熱いそれは、自分を全てから解放することを理解していた。
イエスは、ユダの中に救いを送り始めた。ユダが壊れてしまわないように優しく。
ユダは、これまでにない快感を覚えた。
イエスと魂が溶け合うのを激しく感じていた。イエスの愛を、救いを、光を、魂を、その全てを一時に感じていた。
ユダに送り込まれていく救いは増えていった。
救いのその律動に、ユダは涙した。
その涙は、もはや懺悔によるものではなく、歓びによるものだった。
自分は救われているのだと深く感じた。
イエスの救いは、ユダ奥深くまで届き、熱くその存在示した。
救いもついに佳境を迎える。
これまでにない激しさでイエスはユダを救おうとしていた。
その情熱を一身に受けながら、ユダは己の魂がイエスのそれと溶け合うのを、罪が禊がれ、救われていくのを感じた。
ユダのなかに、イエスの救いがあふれ出した。
ユダは救われたのだった。
大切なねじが外れていく感覚