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魔力ゼロの迷い人  作者: お茶
ルートⅠ
8/50

8話 囮 (1)

 どこからか、鳥のさえずりが聞こえてくる。

 果たしてそれが、本当に鳥なのかさえも怪しいところではあるが。


「……朝か」

 

 気づけば窓から光が差し込んでいた。

 こんな世界にも朝があるんだなと、少しばかり安堵する。

 僕は寝ぼけ眼のまま、大きく伸びをする。

 そして驚くべき事実に気がつく。


「……んん?」


 痛くないのだ。昨日あれだけ殴られた体がどこも。

 体のあちこちを触ってみるも、やっぱりどこも痛くない。


「そんな馬鹿な……」


 そうこうしていると、


「んん……」


 隣で眠っていた女性が目を覚ましたようだ。


「……おはようです」


「おはよう~。んんー」


 彼女はそう返すと、そのまま大きく伸びをした。

 そんな何気ない彼女の仕草に見とれ――じゃない。何をジッと見ているんだ僕は。

 すぐさま雑念を払うようにして、僕は頭を振った。


「あ、あの。早速なんですけど、今から帰る方法を探そうと思うんです」


「うん……でもどうやって?」


 当然の疑問だった。

 だが答えは既に用意しておいた。


「もう一度あの公園に戻って……何か手がかりを探そうかと」


 他に探すあてがない、というのが本音だが。


「……分かった。行こう、あの公園に」


 彼女は少しうつむきながらも、小さく頷いた。

 その様子はどこか陰鬱としていた。

 僕はそんな彼女に、どうしたのかと声をかけようかと迷ったが、


「……じゃあ行きますか」


 結局なんて言葉をかけたらいいのか分からず。

 そのまま僕らは廃墟ビルを後にした。



――――――



 僕らは今、昨晩の公園の入り口に立っていた。

 当然というべきか、あの金髪の男の姿はもうどこにもなかった。

 正直、待ち伏せでもしていたら、どうしようかと思っていたところだ。


「じゃあちょっと、一通り公園内を見てくるので、もしあれだったら座ってていいですよ」


 彼女はこくんと頷くと、素直に入口近くのベンチへと腰掛けた。


「さて、と……」


 こうして僕は手がかり探しを始めた――のだが、さてどうしたものか。


「うーん……」


 見渡せば見渡すほどに、何の変哲もない公園だ。

 どこかに分かりやすい目印とか無いのだろうか。

 世界を行き来できるゲートだとか、違う地点にワープできる謎の光とか……。


「流石にそんな漫画やゲームみたいな物はないか……」


 とは言っても、今僕らが実際に体験してる現象が、漫画やゲームのそれなんだけど……。


「なにもなし、か……」


 そこまで大きくない公園という事もあってか、ほんの数分で一周し終えてしまう。

 収穫の方はというと、当然何もなかった。


「はぁ、どうしよう」


 いよいよ何の手がかりも見つからなく、どうしようかと考えていた時だった。


「うわあああああああ!!」


 おだやかな早朝に鳴り響く、男性の野太い悲鳴。


「っ!?」


 何が起こったかは分からない。それでも嫌な予感しかしない。

 危険をいち早く察知した僕は、急いで彼女の元へと駆け寄り、


「なんかよく分かんないですけど隠れましょう!」


「う、うん!」


 僕は彼女の手を取り、入り口とは正反対に位置する、草陰へと走り出した。


「しばらくここに隠れましょう!」


「……うん」


 そうして僕らが草陰に身を潜めて、すぐの事だった。


「はぁ、はぁ、はぁっ……!」


 息を切らしながら公園へと駆け込んできたのは、スーツを着た小太りの中年男性だった。

 やがて男性は足を止めると、入口近くのベンチの下へとしゃがみ込んでしまった。


「うう……なんなんだよあいつらぁ……」


 頭を抱え、小刻みに震える中年男性。

 そんな男性を追うようにして、


「くっそー。逃げられたかー」


 今度は派手な服装の女が、公園へと駆け込んでくる。


「んー……」


 女はしばらくの間、気だるそうに園内を見渡していたが、やがて諦めたのか、


「チッ……ここにはいないか」


 そうして女が路地へと引き返そうとした――その時だった。


「ぐぇっ!」


 しゃがみこんでいたはずの男性が――なぜか大きく宙を舞っていた。


「え……?」


 僕は思わず目を見張った。

 一部始終をずっと見ていたはずなのに、今この瞬間、何が起こったのか全く理解できない。

 だってあの派手な女は引き返していったはず。

 じゃあ一体誰が――。


「!!」


 そこで僕はようやく気がつく。

 この場にいた、もう一人(・・・・)の存在に。


「――馬鹿者、よく探せ」


 気づけばそこには、まるで最初からいたかのようにして、黒装束の格好をした奴が立っていた。

 顔はフードに隠れてよく見えないが、おそらくは女性だろうか。

 ……いや、そんな事はどうだっていい。

 それよりも黒装束(あいつ)は――いつからそこにいたんだ?

 

「あっごっめーん助かるわー。まさかこんな近くにいたなんてねー。あ、これって報酬山分け?」


 派手な女が意気揚々と、公園内へ引き返してくる。

 中年男性の方はというと、さっきの一撃で気を失ったのか、倒れたままいっこうに動こうとしない。


「……それでいいから、さっさと運べ」


 派手な女とは対照的に、黒装束は淡々とした口調だった。

 フードで顔が隠れているせいもあってか、感情の起伏さえも見えてこない。


「えー。私がこんなオッサンを背負うのかよー」


「……ならいい。その代わり報酬はナシだ」


「あーあー。分かったよもー。ったく手間取らせやがって」


 観念したのか派手な女は面倒くさそうに、それでも軽々(・・)と男性を背負い込んだ。

 そうして二人の追手は、公園を後にした――はずだった。


「……ちょっと先に行っててくれ」


「えーなんでさー」


「野暮用だ」


 そう言うと黒装束は――。


「まーいーけどさ。早く戻ってきてよね」


 あろうことか――。


「分かっている」


 ――公園内へと引き返してきた。


「っ!!」


 心臓の鼓動が、一気に最高潮まで跳ね上がる。

 思い過ごしであってほしかった。ただの悪い予感で終わってほしかった。

 だがそんな願いもむなしく、黒装束は一直線に、僕らが身を潜める草陰の前まで来ると、


「おい、そこにいるのは分かっている。出てきたらどうだ」

 

 僕らへ、無慈悲なカウントダウンを告げた。

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