8話 囮 (1)
どこからか、鳥のさえずりが聞こえてくる。
果たしてそれが、本当に鳥なのかさえも怪しいところではあるが。
「……朝か」
気づけば窓から光が差し込んでいた。
こんな世界にも朝があるんだなと、少しばかり安堵する。
僕は寝ぼけ眼のまま、大きく伸びをする。
そして驚くべき事実に気がつく。
「……んん?」
痛くないのだ。昨日あれだけ殴られた体がどこも。
体のあちこちを触ってみるも、やっぱりどこも痛くない。
「そんな馬鹿な……」
そうこうしていると、
「んん……」
隣で眠っていた女性が目を覚ましたようだ。
「……おはようです」
「おはよう~。んんー」
彼女はそう返すと、そのまま大きく伸びをした。
そんな何気ない彼女の仕草に見とれ――じゃない。何をジッと見ているんだ僕は。
すぐさま雑念を払うようにして、僕は頭を振った。
「あ、あの。早速なんですけど、今から帰る方法を探そうと思うんです」
「うん……でもどうやって?」
当然の疑問だった。
だが答えは既に用意しておいた。
「もう一度あの公園に戻って……何か手がかりを探そうかと」
他に探すあてがない、というのが本音だが。
「……分かった。行こう、あの公園に」
彼女は少しうつむきながらも、小さく頷いた。
その様子はどこか陰鬱としていた。
僕はそんな彼女に、どうしたのかと声をかけようかと迷ったが、
「……じゃあ行きますか」
結局なんて言葉をかけたらいいのか分からず。
そのまま僕らは廃墟ビルを後にした。
――――――
僕らは今、昨晩の公園の入り口に立っていた。
当然というべきか、あの金髪の男の姿はもうどこにもなかった。
正直、待ち伏せでもしていたら、どうしようかと思っていたところだ。
「じゃあちょっと、一通り公園内を見てくるので、もしあれだったら座ってていいですよ」
彼女はこくんと頷くと、素直に入口近くのベンチへと腰掛けた。
「さて、と……」
こうして僕は手がかり探しを始めた――のだが、さてどうしたものか。
「うーん……」
見渡せば見渡すほどに、何の変哲もない公園だ。
どこかに分かりやすい目印とか無いのだろうか。
世界を行き来できるゲートだとか、違う地点にワープできる謎の光とか……。
「流石にそんな漫画やゲームみたいな物はないか……」
とは言っても、今僕らが実際に体験してる現象が、漫画やゲームのそれなんだけど……。
「なにもなし、か……」
そこまで大きくない公園という事もあってか、ほんの数分で一周し終えてしまう。
収穫の方はというと、当然何もなかった。
「はぁ、どうしよう」
いよいよ何の手がかりも見つからなく、どうしようかと考えていた時だった。
「うわあああああああ!!」
おだやかな早朝に鳴り響く、男性の野太い悲鳴。
「っ!?」
何が起こったかは分からない。それでも嫌な予感しかしない。
危険をいち早く察知した僕は、急いで彼女の元へと駆け寄り、
「なんかよく分かんないですけど隠れましょう!」
「う、うん!」
僕は彼女の手を取り、入り口とは正反対に位置する、草陰へと走り出した。
「しばらくここに隠れましょう!」
「……うん」
そうして僕らが草陰に身を潜めて、すぐの事だった。
「はぁ、はぁ、はぁっ……!」
息を切らしながら公園へと駆け込んできたのは、スーツを着た小太りの中年男性だった。
やがて男性は足を止めると、入口近くのベンチの下へとしゃがみ込んでしまった。
「うう……なんなんだよあいつらぁ……」
頭を抱え、小刻みに震える中年男性。
そんな男性を追うようにして、
「くっそー。逃げられたかー」
今度は派手な服装の女が、公園へと駆け込んでくる。
「んー……」
女はしばらくの間、気だるそうに園内を見渡していたが、やがて諦めたのか、
「チッ……ここにはいないか」
そうして女が路地へと引き返そうとした――その時だった。
「ぐぇっ!」
しゃがみこんでいたはずの男性が――なぜか大きく宙を舞っていた。
「え……?」
僕は思わず目を見張った。
一部始終をずっと見ていたはずなのに、今この瞬間、何が起こったのか全く理解できない。
だってあの派手な女は引き返していったはず。
じゃあ一体誰が――。
「!!」
そこで僕はようやく気がつく。
この場にいた、もう一人の存在に。
「――馬鹿者、よく探せ」
気づけばそこには、まるで最初からいたかのようにして、黒装束の格好をした奴が立っていた。
顔はフードに隠れてよく見えないが、おそらくは女性だろうか。
……いや、そんな事はどうだっていい。
それよりも黒装束は――いつからそこにいたんだ?
「あっごっめーん助かるわー。まさかこんな近くにいたなんてねー。あ、これって報酬山分け?」
派手な女が意気揚々と、公園内へ引き返してくる。
中年男性の方はというと、さっきの一撃で気を失ったのか、倒れたままいっこうに動こうとしない。
「……それでいいから、さっさと運べ」
派手な女とは対照的に、黒装束は淡々とした口調だった。
フードで顔が隠れているせいもあってか、感情の起伏さえも見えてこない。
「えー。私がこんなオッサンを背負うのかよー」
「……ならいい。その代わり報酬はナシだ」
「あーあー。分かったよもー。ったく手間取らせやがって」
観念したのか派手な女は面倒くさそうに、それでも軽々と男性を背負い込んだ。
そうして二人の追手は、公園を後にした――はずだった。
「……ちょっと先に行っててくれ」
「えーなんでさー」
「野暮用だ」
そう言うと黒装束は――。
「まーいーけどさ。早く戻ってきてよね」
あろうことか――。
「分かっている」
――公園内へと引き返してきた。
「っ!!」
心臓の鼓動が、一気に最高潮まで跳ね上がる。
思い過ごしであってほしかった。ただの悪い予感で終わってほしかった。
だがそんな願いもむなしく、黒装束は一直線に、僕らが身を潜める草陰の前まで来ると、
「おい、そこにいるのは分かっている。出てきたらどうだ」
僕らへ、無慈悲なカウントダウンを告げた。