7話 休息
男は山なりに飛んでいくと、やがて転げ回るようにして、乱雑に砂場へと着地をした。
しばらく様子をうかがってみるが、気を失っているのか立ち上がってくる気配はなさそうだ。
「ふぅ……」
……色々と突っ込みどころはある。だがそんな事をこの世界で言い出したらキリが無い。
今は細かい考え事は後回しだ。
「あの……大丈夫ですか?」
僕は倒れる女性へと手を差し伸べる。
女性は僕の手を掴みながら、
「……それよりも君は大丈夫なの?」
正直、今でも全身が痛い。
しかし、ここで弱音を吐いても仕方ないと思った僕は、
「だ、大丈夫ですよ」
がらにもなく強がってみた。
「大丈夫そうに見えないけど……」
二秒で見抜かれた。
「そ、それよりも! アレが目を覚ます前に、どこかに移動しましょう!」
アレというのは、今も砂場でのびてる、金髪の男の事だ。
「そうだね……じゃあ行こっか」
女性はすんなりと了承する。
とにもかくにも、こうして僕らは逃げるようにして、公園を後にした。
――――――――
公園を後にした僕らは、暗闇に染まる路地をひたすらに歩き続けていた。
数分ほどだが、この辺りを探索してみて分かったことがある。
それは、この辺り一帯全てがスラム街という事だ。
街灯こそあれど、人の気配は全くない。
ずっと同じ道を歩き続けているんじゃないかと錯覚するほどに、代わり映えのない景観。
このままじゃらちがあかない。そう思った僕は、隣を歩く女性に一つの提案をする。
「……えーと、とりあえず朝まで、どこかで休みませんか?」
探索するにしても、この暗闇の中では危険すぎる。
それこそ、さっきみたいな異能力者に遭遇したら、今度こそ終わりだ。
「そうね……でもどこで?」
女性の不安そうな問いかけに、僕は辺りを見渡しながら、
「そこのビルはどうでしょう」
今にも朽ち果てそうな廃墟ビルを指差す。
「うん。じゃあいこっか」
女性はあっさりと了承する。
そんな軽いノリに僕は若干の不安を覚えた。
「……今更ですけどいいんですか? その……僕の意見なんかに従って……」
心配というよりは、他人の命の保証までしたくないというのが本音だった。
「えっ? あ、うん。まぁ一人じゃ心細いってのもあるし、さっきも助けてくれたし、それに――」
言葉半ば、女性はこちらへと振り返り、
「あんなのをやっつけちゃうなんて凄いことだよ。もっと自分に自信を持っていいと思うよ。君はじゅーぶん凄い!」
「あれは……」
そんな尊敬に値するものではない。
なぜなら、あの金髪の男を倒せたのは、まぐれだからだ。
つまり善意で助けたわけじゃない。
「……えーと。じゃあ行きますか」
……なんて言えるはずもなく。
僕は少しの罪悪感にさいなまれつつ、ビルの敷地内に足を踏み入れていった。
――――――
ビル内部。
正面玄関らしき入り口をくぐると、まず視界に飛び込んできたのは、上の階へと続く階段だった。
とりあえず最上階を目指す事にした僕らは、注意深く階段を登っていく。
そうして上り始めて、ほどなくして最上階である3階へとたどり着く。
「あ、そこに部屋が!」
僕の前を歩いていた女性が、真っ先に部屋を見つける。
階段を上がってすぐ左に位置するそれは、何の変哲もない角部屋だった。
「誰も居ないよな……?」
おそるおそる部屋の中を覗いてみる。
そこは人どころか物一つ置かれていない、殺風景な空間だった。
「大丈夫みたいです。とりあえず今日はここでしのぎますか」
コンクリート打ちっぱなしの部屋という事を除けば、休息場所としてはまずまずだろうか。
「はぁ……疲れた」
僕は壁になだれながら腰を下ろし、足をゆっくり伸ばしていく。
これで地面が固くなかったらなお良かったのになぁ、なんて要望を心の中で吐き捨てる。
「よい、しょっと」
すぐ隣に女性がちょこんと腰掛ける。
これだけ広いのだから、もうちょっと離れて座ればいいのに。
そんなどうでもいい事を考えているさなか、僕は抗いようのない眠気に襲われていた。
そして薄れゆく意識の中、ぼんやりと考える。
……僕らが今いるここは、一体どこなんだろうか。
日本だと言われれば、ある程度は信じてしまうほどに、現代と代わり映えしない景観ではあるが、それは違うとすぐに分かった。
なぜなら、誰一人住んでいないような区域が、現代の日本にあるとは信じ難いからだ。
そもそも現代にあんな――魔法なんてものは存在しない。
「……じゃあ、この世界は…………」
結局答えの出ぬまま、僕は眠りにおちていった。
ここが異世界である事も忘れて――。