48話 疑念
「……?」
何か様子がおかしい。
そう思ったのは、幼女がいるはずのアジトに戻ってきてすぐのことだった。
「ボス……?」
暗がりの建物をメディンはどこか心細さを感じさせながら、前へと進んでいく。
返事はない。
いないのだろうか。
やがて奥で、一つの明かりを見つける。
どうやらそこに幼女はいるようだった。
「……ただいま戻りました」
「うむ」
幼女はこくんと頷いた。
そして、
「して、どうだった?」
何やら意味を含ませたような物言いだった。
「実は――」
そしてメディンは報告する。
ガウントで何があったのかを。
やはり罠だったこと。大男が立ちふさがったこと。大男を倒し、無事帰還できたこと。
すべてを――。
「……ふむ」
幼女は一呼吸置いて、
「そうか」
短く、そう告げた。
それはまるで、突き放すかのような物言いだった。
だってそうだろう。
僕らは依頼を成し遂げたんだ。
もうちょっとねぎらいの言葉があってもいいのでは、僕はそう思ったんだ。
だが、そんな甘い言葉を期待していた僕、いや、僕らに対し幼女は、
「まぁ――」
耳を疑った。
いや、幼女から発せられたその言葉が、よく聞こえなかったのかもしれない。
「え……?」
だけど僕は一瞬、目の前の相手が何を言っているのか理解できなかった。
「今、なんて――」
黙っていた僕の代わりに、メディンが聞き返そうとした、その時だった。
「へ……?」
体全体に得体の知れない重力がのしかかった。
まるで見えないなにかに抑えつけられるようにして、僕は気づけば、地面へとうつ伏せで倒れ伏していた。
しかし驚きはそれだけじゃなかった。
なんと、隣を見ると――。
「ぐ……」
メディンも僕と同じ体勢で倒れ伏していたのだ。
なんだ。一体何が起こったんだ。
顔を上げるとそこには、
「……」
手のひらを前に突き出し、無言で僕らを見下す幼女の姿があった。
まさか。
「ボ、ボス……? 一体これは――」
メディンの投げかけを聞き終える間もなく、
「聞こえなかったか? 『まぁ君達の事なんかどうだっていいんだがな』。そう言ったんだ」
「な……」
「あとは頼んだ」
幼女がそう言うと、奥の暗闇から、全身真っ黒の格好をした、得体の知れない男たちが姿を表した。
1、2……ざっと6人はいる。
男たちは僕らの手と足を乱暴に掴むと、そこへ輪っかの手錠のようなものを取り付けた。
僕は必死に抵抗しようとしたが、未だ上から重力が抑えつけているせいで動けず、されるがまま、拘束されることとなった。
そして男達は僕らを乱雑に抱え込んだ。
「や、やめろ!」
そしてそれは、メディンも例外ではなかった。
同じようにして手足を拘束され、そして男二人に抱え込まれてしまう。
「ま、まって! どうしてこんな――!!」
僕はたまらず、幼女へと抗議する。
すると幼女は無表情で、
「それを君達に説明する義務が、私にあるとでも?」
「な……」
開いた口が塞がらない。
メディンはというと、酷く混乱しているのか一切口を開かなくなってしまった。
「彼らにアレを――」
「だ、だってこんな事ってないじゃないか!!」
幼女の言葉を遮って、僕は悔しさを隠しきれず猛抗議する。
「はぁ……」
幼女は深い溜息をついた。
「そっちの置物はともかく、君は少し甘すぎるんじゃないか?」
「えっ……」
その言葉の意味が分からなかった。
「知らない世界に来て、見ず知らずの人間にかくまってもらう。そんな都合のいい話が本当にあると思ったのかい?」
「……」
「微塵も疑わなかったのかい? 自分が今まさに、食い物にされているという可能性を」
「う……」
「君は自分の命を粗末に扱った。結果こうなった」
気づけば僕は、何一つ言い返せなくなっていた。
「これで最後だ。彼らを眠らせたまえ」
黒服の男たちは小さくうなずくと、ポケットから何やら注射器のようなものを取り出し――。
「あ――」
何か言わなきゃ、そう思ったときにはもう全てが手遅れだった。
小さな痛みと共に、強烈な眠気が襲いかかる。
抗いきれない。
だめだ。
このままじゃ……。
「う……」
意識が遠のく中、僕はどうしても腑に落ちない点があった。
僕はともかく、どうしてメディンまでこんな目に合わなきゃいけないんだ?
彼女はこの組織の団員だったはずだった。
それなのにどうして。
錯綜する思考の中、僕は落ちていく。
深い、深い深淵へと。
決して戻ることのできない、回廊へと。
そうしてまた、一つの世界が終わりを告げる。
だがこれまでの事は、全て序章に過ぎなかった。
そう、本番はこれからだった。
今始まろうとしていた。
2つの世界を股にかけた、魔力ゼロの青年の英雄譚が――。




