5話 vs異能力者 (1)
急展開すぎて思考が追いつかない。
まずは状況整理だ。
えーと。住宅街から突如、この見知らぬスラム街へと迷いこんで……。
そこで突然、女性が助けを求めてきて。そしたらなぜか、金髪の男まで付いてきた。
「……」
……考えるのはやめだ。この際ここがどこであろうと、目の前の男が誰であろうと僕には関係ない。
今はとにかく、この状況から脱する事が最優先だ。
「……あの、気がついたらここにいて、何も分からないんです。元の場所へ帰る方法とか……知りませんか?」
なるべく逆撫でしないよう、僕は金髪の男へ問いかける。
この男はおそらくこの世界の人間。だとしたら元の世界へ帰る手がかりを知っているかもしれない。
だがそんな期待もむなしく、男は軽く鼻で笑うと、
「はっ! 知る必要なんかねーよ。どうせお前らはここで死ぬんだからよ!」
「……」
予想はしていた。すんなり話に応じてくれない事ぐらいは。
ようするにこの金髪の男も同じなんだ。あの時の男と。
こちらの都合など知ったことではない、というわけだ。
「できればよー、女の方はそのまま連れて帰りたいんだわ。その方が報酬も高くなるしよ」
機嫌がいいのか男は聞いてもいない事をべらべらと喋り始める。
だがそんな語り口調のさなか、
「だからよ~お前らは俺のためにやられてくれよ、な!」
男は突然、僕の目の前で右手を横に振るうという不可解な行動をとった。
「……?」
唐突すぎる男の行動に僕が疑問符を浮かべた、その時だった。
「い"だっ!?」
突如、顔面に痛みが走った。
とっさに右手で頬を抑えると、ヒリヒリして痛い。
それは直接殴られたような、言うなれば本物の痛みだった。
「っ!? っ!?」
当然、僕は何が起こったか分からない。
「はっ! 何が起こったか分かんねーだろうな。まぁそのままくたばれ、や!」
混乱冷めやらぬ中、次に男が取った行動は地面を蹴り上げるというものだった。
またしても不可解な動作。そこにボールがあるわけでもないのに。
だが再び、それは痛みとなってやってきた。
「あがッ……!?」
今度は腹部に、猛烈な痛みが走る。
体の内からメリメリと嫌な音が聞こえてくる。
「ゲホッ、ゴホッ!」
痛みに耐え切れなくなった僕は膝を地面に落とし、その場でうずくまる。
「どうせこのままくたばるだろうし、種明かしでもしてやろーか?」
男は饒舌に語り始める。
「単純な話よ、こうやって!」
説明半ば、男はその場で地面を踏み鳴らした。
「ぐっぁ!」
その直後、見えない何かによって僕は地面へと叩きつけられる。
そこでようやく僕は理解する。今、何が起こっているのかを。
「遠隔、攻撃……」
男が不可解な動作を行った直後にやってくる痛み。
どういう原理かは到底理解できない。
でもどういうわけか、あの男は離れながらも、こうして相手を攻撃できる術を持っているらしい。
「お、やっと分かったか? そうそう、わざわざ触れなくとも相手をボコボコに出来るんだわ。最高の魔法だろ?」
「スキ……ル……?」
何気なく男の口から飛び出した、スキルという単語。
これはもう信じる信じないの次元じゃなかった。
今こうして実際に存在しているんだ。異世界、そして超能力の類が。
もはや信じざるを得なかった。
「それじゃあ、そろそろ殺しちまうかなぁ」
男がトドメを刺しにかかろうとした、その時。
「やめてください!」
この場を空気を壊すようにしてこだまする一筋の叫び声。
それはさっきまでベンチの下にうずくまっていた女性のものだった。
「どうして、どうしてこんな酷いことをするんですか……」
女性は涙ながらに訴える。
だが男の方は全く悪びれる様子もなく、
「あぁもう……マジめんどくせぇな。まぁ死なないかぎりいいか」
なんのためらいもなく右手を横に振るった。
「なっ……」
次の瞬間、女性がまるでスローモーションのようにして、僕の目の前でふっ飛ばされていた。
やがて女性は地面に倒れ伏し、何も言わなくなってしまった。
「はははは! よえー! 弱すぎんぜこいつら! だから狩りはやめられねぇよなぁ!?」
静寂に包まれた公園に、男の下衆な笑いが響き渡る。
その瞬間、僕の中である感情が一気に湧き上がった。
――なんだこの世界は。
――なんだこの理不尽は。
――僕らが何をしたっていうんだ。
僕は自分に問いかける。
――こんな奴らの食い物にされるために、今まで生きてきた人生なのか?
――こんなつまらない結末のために生きてきたのか?
――こんな一方的に終わらされる人生でいいのか?
……そうだ。いいはずがない。
だったら。
「……もう両方共壊れちまったか。もうちょっと痛めつけたかったんだがな」
男の不快で耳障りな声に僕は、
「……やってみろよ」
ボロボロになった体を引きずり上げながら吐き捨てる。
すると男はギロリと視線をこちらに向け、
「あ……? 今なんつった?」
痛々しいほどの殺気が伝わってくる。
それでも僕は再度言い放つ。
「……やってみろ。……そう言ったんだよ」