41話 ルート:トゥルーエンド (1)
――この黒の世界にやってきて、一週間が経った。
なぜそんな事が分かるのかと問われれば、簡単な事だった。
なぜなら、この世界における時間の経過は、元いた世界となんら変わりなかったからだ。
日が出てくれば朝。日が沈めば夜。そんな常識さえも一緒だった。
元いた世界と何が違うか。そう問われれば答えは一つである。
それは――魔法と呼ばれる異能の力が存在しているという事だ。
「いてて……」
朝。ここはメディンの家。そして僕一人に与えられた小さな一室。
僕はボロボロになった体を無理やり、ベッドから引き起こす。
連日、メディンとの組み手練習、そして組織としての依頼等々、僕の体は限界を迎えていた。
当然だ。この世界に来るまでの僕は、いわゆる"引きこもり"という生物だったのだから。
「せめて連絡が取れればなぁ……」
何も言わなくなったスマートフォンを手に取り、僕はため息をつく。
この世界に来てからうんともすんとも言わない。まさに文鎮そのものだった。
まぁ仮に連絡が取れるようになったとしても、根本的な解決にはならないだろう。
まぁいいさ。どうせ誰かが心配しているわけでもないだろうし。
『どうせまた引きこもってる』。僕をよく知る知人達は、そう思うに決まっていた。
「白崎守! 朝食の時間だぞ!」
ぶっきらぼうな声が飛び込んでくる。
言うまでもない。メディンの声だ。
なんだかんだで一週間を共に過ごしたわけだが、なんというか、まだ打ち解けた感がない。
まぁ僕自身、人付き合いが苦手というのもあった。
「今いきますよーっと……」
僕はぼやき、寝室を後にする。
居間へ移動すると、そこには、机に広げられた朝食が用意されていた。
なんら代わり映えのない朝食――つまりは、元の世界にいた時と同じような朝食だ。
焼き魚もあれば卵焼きまでもある。これだけ見れば、ここが異世界だとは思えなかった。
「おはよー守お兄ちゃん」
そう僕に挨拶するのは、メディンの妹、アイリスだ。
似ても似つかぬ、姉妹とは思えないほどに、アイリスは穏やかでおとなしめな女の子だ。
そんなアイリスは、どうやら先に朝食を終えたらしい。
「よいしょ、と……」
僕は遅れてテーブルへと着き、一人で朝食を頂くことにした。
後ろの台所のような場所では、メディンが皿を洗っている最中だった。
「ふわぁ……」
僕はあくびを噛み殺せずに、黙々と朝食にありつく。
そういえば今日はなんでも、あの幼女がこのメディンの家を訪ねに来るらしい。
理由は分からないが、おそらくは組織絡み、もしくはそれに準ずる依頼絡みだろう。
もしかしたら助っ人として僕も駆り出されるかもしれない。そう考えると若干鬱だった。
「はぁ……」
この一週間で何回かメディンの依頼に同行した。
その中でも危険だといえた依頼は、一番最初のあの双子が現れた時だけだった。
あれ以来、危険な依頼はない。だが、またいつ同じようにして危険が降りかかるか、分かったものじゃない。
そう考えると、やはり不安だった。
「ごちそうさま、と」
僕は朝食を終え、食器やらを台所へと運ぶ。
「そこへ置いといてくれ」
洗い物中のメディンが僕へと言う。
僕は言われたとおり、食器を置いた。
そして、とくにすることもないので、再び席へと着いた。
「……そろそろか」
時計を見ると、時刻は9時になろうかというところ。
あの幼女は9時に来るような事を言っていたので、そろそろ来てもおかしくはない――そう思いかけた時だった。
トントン――と、玄関の方から小気味のいいノック音が聞こえてきた。
「るーちゃん来たかな!?」
「来たみたいだ」
ちょうど洗い物が終わったのか、メディンはそう言うと、玄関の方へと小走りで向かった。
ガチャリという扉を開ける音と共に、
「やぁやぁ、朝早くにすまないね」
あの幼女の声が飛び込んできた。
やがてその声の主は僕の前へと姿を現し、
「やぁアイリス」
アイリスへと軽く会釈をし、
「やぁおはよう、白崎守君。調子の方はどうだね?」
やぶからぼうな質問に、僕は少し戸惑いつつも、
「えぇまぁ、ぼちぼち……」
それにしても、未だにこの光景に慣れない。見た目はどこからどう見ても幼女なのに、変に貫禄があるというか……。
「食事中のところすまない、話を始めさせてもらう」
そう言って幼女は、僕の対面へと、ちょこんと腰掛けた。
遅れてメディンも席へと着く。
「アイリス。お姉ちゃん達は少しお話をするから、お部屋に行ってなさい」
「はーい……」
どこか残念そうにも、それでもアイリスは言うことを聞き、部屋へと戻っていった。
「さて、話というのは他でもない。依頼の話だ」
やっぱり。
だけど何やら、雲行きが怪しかった。
「何か問題でも……?」
僕の言葉を代弁するようにして、メディンがおそるおそる聞く。
「いや、ただの運搬の依頼だ」
「なら何も問題ないのでは……」
「だがそれは、あくまでも表向きの話だ」
「え……」
「実はな、その届け先というのが、あのガウントなんだ」
ガウント、それは忘れもしない、あの瓦礫で埋め尽くされた場所。
そして、あの双子に突如襲われた場所だった。
「それは、その……。記載間違いとかではなくて?」
「ああ、確かにガウントと記載されているよ」
メディンは一息おいて、
「……罠って事ですか?」
「可能性は高いな」
会話半ば、朝食を食べ終えた僕は、
「だったらその依頼、断ればいいのでは?」
すると、隣に座っていたメディンが呆れたように、
「……これは、そんなに簡単な問題じゃない」
メディンの言葉を補足するように幼女が、
「その通り。これは組織の信頼関係に、影響する問題だ」
「それってどういうこと……?」
言っている意味が分からず、僕は質問する。
「そもそも、最下層に住まう我々に、選りすぐりできる権利はないのだ。我々が断れば、依頼は他の組織に回されるだけの話。そうして行き着く先は――白崎守君、分かるね?」
「……なるほど」
ようするに、依頼を断れば、組織全体の信用が下がり、いずれ依頼は回されなくなり、みなが路頭に迷うということか。
「……分かりました、受けましょう」
メディンは覚悟したように受諾する。
だが僕には一つ、素朴な疑問があった。
「その依頼は、メディンが受けないとだめなの?」
罠だと分かっているなら、メディンじゃなく、もっと組織の中でも屈強な人とかが行けばいいのでは。
「そこが最もきな臭い点。なぜか依頼主はメディンを名指しで指名しているのだ」
「え……」
僕は思わず、隣のメディンを見やる。
すると、当の本人はある程度察していたのか、
「……というわけだ」
と、ただ一言。
「さて、白崎守君。通常の依頼であれば、いつも通りメディンに、同行してもらうはずだったのだが……」
言葉半ば、幼女はどこかバツが悪そうに、
「今回、君は無理に同行しなくてもいい。なにせ、何が起こるかは私にも予想がつかない」
「え……」
正直、僕は内心ホッとしていた。
なぜなら、そんな物騒な話、誰だって首を突っ込みたくはないからだ。
そう、そのはずだったんだ。
だが隣に座るメディンに視線を移し、僕は後悔する事となった。
「……」
なぜならそこには、どこか悲しげにうつむく、メディンの姿があったからだ。
あれだけ普段は強気の彼女が、初めて見せる、弱々しい部分。
そんな彼女の姿を見てしまった僕に、もはや『行かない』というルートは存在せず、半ば強制イベントのごとく、選択肢は決定されてしまった。
「その依頼……僕も行きます」
僕は観念したように言う。
……だがなんだろう、この悪寒は。
理由は分からない。でもこのままじゃいけない気がする。分からない、分からないけど、このままじゃ取り返しがつかない事になりそうな気がする。
じゃあどうする。どうすればいい。
この悪寒を回避するには。考えろ。考えるんだ。
目まぐるしく思考が駆け巡る。
だけどだめだ。どれだけ考えても最良の方法なんて思い浮かばない。
ああ、もう、こうなったら――。
次の瞬間、僕は突拍子もない言葉を繰り出す事となった。
「……その依頼、代わりに僕が行くことってできますか?」